EVEN, if... <「彼」の手記Ⅰ>④
二日目、三日目と時間は過ぎていったが、班活動でしか男女間の交流がなく、自由時間に別の部屋に行くことが許されていなかったため、結局彼女との会話はできなかった。そのため、恋しさ故に彼女を見かけるとついつい凝視してしまい、カレーを作っていた時などはかき混ぜる手を止めてしまって危うく焦がしてしまうところだった。
二日目は様々な活動があり、どれもこれも楽しかった記憶がある。小さな池に入って、中を泳いでいる魚を素手で捕まえるようなアクティビティがあったような気がする。運動が得意な子たちはさっさと魚を捕まえて、少し山を下ったところにいる先生に渡しに行っていた。そこで捕まえた魚を焼いてくれるのだ。一方の僕は彼女の方を見ていたが故に池に入るのが遅れ、大分最後の方に捕まえたのだった。こんがりと焼けた魚に軽く塩を振りかけ、かぶりつく。小さな骨が気になったが、構わず呑み込んだ。彼女の方に目をやると、もう食べ終わっていたのか、楽しそうに友人たちと話していた。笑っている彼女を横目に、再び魚にかぶりついた。
その後にもいくつかアクティビティはあったのだが、一番記憶に残っているのは夜に行ったナイトハイクと呼ばれるものだ。夜、星が空を飾り上げる頃に、森の中を星のよく見える広場まで歩いてゆく、というものだ。木々は黒く染められ、森はより鬱蒼とした雰囲気に包まれていた。木々の間から時々見える紺碧の空には点々と星が輝いている様子が見えた。ふと、後ろを振り返って彼女の方を向いた。彼女はその空を仰ぎ、笑っていた。それはいつもの無邪気な微笑みとは違った雰囲気があった。あの時の彼女の笑みは、なんとも不思議だった。その空に興奮している訳でもなく、かといって呆れた嘲笑でもなかった。その微笑みには何とも言えない安心感、優しさがあり、彼女との関わりが少なく、歯痒い思いをしていた僕を落ち着かせるには十分だった。結局、彼女とは距離があったため話すことはできなかったのだが。
この日も僕は彼女と話すことはできなかったが、あの時、ナイトハイクの時に見た、満天の星空を背に立つ彼女の姿には圧巻された。この時の姿はキャンプファイアーの時と同じように、僕の記憶のアルバムに綴じられている。
三日目は午前しか活動時間がなく、また大したことも出来なかったため、あまり記憶に残っていない。三日間の疲れがたまっていた生徒たちは帰りのバスの揺れで眠りに誘われ、起きている生徒は片手で数えられるほどになった。その時も、僕は夕方の空を眺めながら彼女のことを思い浮かべていた。(結局、これと言って会話はできなかったな)、そんなことを考えながら、ここ三日間の彼女の姿を思い返す。おもむろにため息をつき、目を閉じた。バスに揺られるがまま、私は深い深い眠りについた。
この時から僕は自ら行動を起こす度胸がなかったことに、これらの文章を書いている時に気が付いた。ナイトハイクの時も、少し後ろに下がれば会話はできたのではなかろうか。結局、今までも、今も、そしてこれからも、僕という人間は受身で生きているのだ。自分からは決して行動せず、何かほかの力に任せ、生きてきた。都合のいいことが起こらなければ何かほかの、環境や人間のせいにして、自分を守ってきた。自分は悪くない、今の自分の境遇は、全て他のもののせいなのだ、と。この性格が後々どれほどの悩みになるとは知りもせずに!呑気にされるがままに生き、最後には己の非力さを嘆くほどになるというのに!何と愚かなのだろうか。
俺は考えた。俺という人間は結局、何もかも神様やら現実のせいにして、自分は楽をしたいだけの、クズだということを。当たり前だ。自分に自信がなく、だが一方で自尊心は無駄に大きいバカは何かほかのせいにしたがるのだ。そうやって自分を守って、他人を傷つける。なんて馬鹿馬鹿しいんだろう!そんなどうしようもない人間が、万物を統べる女王にお近づきになろうだと?なんとおめでたい人間なのだろうか!そんな愚か者は、馬鹿は、間抜けで愚鈍で、自分のことしか考えない屑は、一生そのくだらない思想に囚われてゴミ箱の中で自分を蔑み続けるのがお似合いだ。俺のような、どうしようもないクズは。