キ上の空論#14「PINKの川でぬるい息」感想
先日、キ上の空論#14「PINKの川でぬるい息」を観劇してきました。それについての感想です。
※この記事はネタバレを含みます。
「まっさらな状態で観たい!」という方
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それでは、あらすじから。以下ネタバレを含みます。
全体の感想
普通って何? 異常って何? そんなことを考えさせられました。赤でも白でもない、ピンクという幸福。無理にどちらかになろうとしなくていい、柔らかなピンクにくるまってつくぬるい息こそ、幸福なのではないかと思いました。
最後にみんなは引っ越すことになるけれど、もしもみんなが手をつないで高いところから落ちて体が「バッシャーン」したとしても、そこから流れ出す液体はきっとグロテスクな赤ではなくて、イチゴミルクのようなピンクだろうなと思えました。そう思えるほど、温かさを感じられる舞台でした。終わった後に、それこそ心の中にピンクの川が流れ込んでいるような。
あのピンクの空間は、解放された女たち(それは獲得であって決して弾き出されたのではない)の楽園であり、幸福なのだなと思います。異常でも普通でもない。みんな同じ、ピンクにいる。
ピンクと一口に言っても、ビビッドなものからくすんだピンク、白に近い淡いピンク、オレンジがかったサーモンピンク、青みの強いローズピンクと沢山あって。それら全てを丸ごとくるむような優しさがそこにある、観劇後はそんな心地よい感覚を抱きました。
以下、キーワード毎に感想を書き連ねます。
ユキ
ユキが、自分が普通なのか変わっているのか分からずに覚える怒りが印象的でした。
普通だよと言われれば「本当はそう思ってないんじゃないの」と苛立ち、でも「ヘンだよ」「変わっているよ」と言われたいわけでもない。周りが変わっているって言うだけ、というセリフを言っていましたが、ユキ自身も自分が何なのか、多分よく分からない。
結局、私たちは赤でも白でもないピンクのグラデーションに、星のように点在するだけなのではないでしょうか。自分を見つめ直して変化していくユキから、そんなことを思いました。
神崎くん/カンザキ
母親と性的な関係をもっていた、体を売っていたと明かされる場面で、「(デリヘルをしている)ユキと似ているなあ」と思ったので、ミーナの「神崎くんになろうとしなくていいんだよ」という言葉がものすごくしっくりきました。
神崎くんは自分を「異常者」だと思っていたし、確かに「普通」ではなかったかもしれない。でも、ユキに遺書で自分がどう見えていたか問うあたり、自分が本当は何なのか分かっていなかった、決められていなかった気がします。
そしてやっぱり、飛び降りても死ねなかったし、家も燃やせなかった。「生きていて良かった」と思った。神崎くんは、どんなに苦しんでも「異常者」への境界は超えていなかったと思います。そこにもっと早く気付いてほしかった。
神崎くんは飛び降りて、赤い血と白い牛乳が混ざり合ってピンクの川を流れさせる予定だったのかなとも思ったり。
猫のカンザキは、ユキの心の代弁者であり、時にユキを傍観している観察者でもあり、自在に動くその距離感が良かったです。
ミーナ
初登場時はキリッとした女性という印象だったのですが(身長が高く見えたせいかもしれないです――ヒールの効果もあるかもしれませんが)、実はロマンチストというのがかわいらしかったです。
ユキを救っていたという印象が強くて、作中ではあまり変化しなかった女性のようにも見えました。仕事も謎のままですし……。ただ、大好きな存在(ユキ)と一緒に暮らせることになったので、それは良かったです。
あと「猫ちゃん」呼びはかわいい。私も好きです。
ネオンちゃん
ユキの次に変化した子。それまで何の疑問もなく、これが「普通」と思って過ごしていたけれど、他人(真壁)に強い不快感を持って、恋してフラれて火つけしてと大忙しだった。でも、これまで自分の話を聞いてもらえる機会が無かったら、初めてちゃんと話を聞いてくれる人を好きになっちゃうの分かる。
ユキが「バカなのがかわいい」と評したように、それまでは良くも悪くも「ただニコニコしている女の子」だったのが、母親との電話であそこまで怒りを露わにできたのは成長だと思います。怒りたい時は怒っていい、嫌なことは嫌って言っていい。ある種の逞しさを手に入れられた。これまでも自分を幸せだと思っていたでしょうけれど、これからはもっといい意味で我が儘になって、もっと幸せになれる予感がします。
でも付け火はダメですよ……(まああれは真壁のせいってことで)。
アイラとベンジャミン
トラブルメイカーのような存在。二人が出てくると、賑やかで愉快でヘンテコな何かが起こりそうな空気になるのが素敵でした。
アイラはユキの妹だけれど、ユキみたいに空回ってはいない。学校に友達も多そう。家出しているけれど、姉の家に泊まると決めているし、実際に泊めてもらえるだろうという算段もある。そういう意味では、ユキよりも冷めていると言うか、冷静なようにも見えました。
でも、その冷静さを感じさせないほど、元気で今っぽくて。「ちょいマックしてきた……」としょんぼりした様子はかわいかったです。
ベンジャミンは「変わった人」ではあるけれど、時に常識人っぽく見えるのが面白かったです。ユキの誕生日にプレゼントをあげようとしたり、神崎くんのロッカーの鍵を「お宝」だと言っていたり。実際にユキの記憶の鍵でもあったので、いいとこ突いているなあと思いました。
クレイジーな役柄に見えて、そういった「マトモ感」を持っているのが印象深く、バランスが良かったです。ミーナがちょっと邪険にしつつも縁を切れない、憎めなさも伝わってきて魅力的でした。
武田健一/健二
パンフレットを買って、「役名そうだったっけ?」と思いました(店長とマスターくらいの認識だった)。顔のよく似た店長ズ。名前も似ていた。
コミカルなシーンが多かったですが、登場人物のなかで一番大人で、「他人と深く関わらないこと」が上手いんだろうなあという印象を受けました。多分、深入りしないとお互いの中にある核や人生には関われない。でも深入りするのはトラブルの原因でもあるから、つかず離れずの距離を保つ。
だからといって冷たく見えるかと言うとそうではなく、出てくるとどこか安心感を抱ける存在でもありました。
真壁
嫌な奴でした(笑)。分かりやすくキャラクタライズされた「嫌な奴」ではなくて、本当にいる温度感の「嫌な奴」。
言動が一致しない。「頑張る」とは言うけれど、口癖みたいなもので、特に何も変わらない毎日を過ごしている。誰かのせいで、時代のせいで、社会のせいで、自分のせいじゃないと思っている。そのくせ、自分だけが被害者だと思っている。自分ばかり損している、あいつらはズルい、俺だって上手くやってやるんだから、やる時はやるんだからなと思っている。でも結局何も出来ない。
だからこそ、ネオンちゃんが火をつけた時に「こっち(ネオンちゃん)のが断然かっこいいじゃん!」と、より輝きに気付きました。「嫌な奴」の演技も大切なんだなあ。
坂口さんと沼袋くん
坂口さんは、いい人のような、根本的には他の人と大差ないような。ものすごく割り切っていて、決めたものにはキッチリしている人だなと思います。ネオンちゃんに変化を与えたキーパーソンでもあったなと。
キ上の空論さんの舞台は観ていても、作・演出をされている中島さんを見たのは初めてだったので、「こういう人なのか~」とも思いました。
沼袋くんは、前説でもあり、BGMでもあり、効果音でもあり、ストリートミュージシャンという役でもあるのが新鮮で面白かったです。舞台上で行われているのをずっと見ているので、観客でもあるんですかね。舞台から少し浮いた空中にいるような、不思議だけれどそれが気にならないような存在でした。
風俗の女の子
「風俗をやっている女の子を見下す視線」が生々しくて良かったなあと思いました。真壁は言わずもがな、坂口さんは優しいけれど、あくまでも客として好きなのであって「付き合えない」。店長は気を遣っているけれど、それも突き詰めると「商品」だから、という気がします。
残酷なほどに冷たいその視線が、寧ろリアルに思えてしまいました。沼袋くんはユキやネオンちゃんとも普通に話していたけれど、どうなんだろうなあ……。
「あなたとだから、運命にしたいと思った」
心に残ったセリフそのいち。運命なんて最初から決められているんじゃなくて、後から「あれは運命でした」って言ったもん勝ち! そしてそれを決めるのは、起こった出来事ではなくて「相手が誰だったか」。
そう思うと、周囲が運命の出会いに溢れていてとっても素敵な気がしました。好きな人との出会いも偶然も、全部運命ってことにしちゃいたいし、してもいいよって言われているようで好きなセリフでした。
「きんっっっっっも! 全体的に」
心に残ったセリフそのに。風俗で働いている女の子とは付き合えないと言う坂口さんに対してなのか(或いは坂口さん以外の同じような男性も含むのか)、中退したことを隠して自分と同じように働いている妹のことなのか、母親のためにデリヘルをする自分自身のことなのか、そんな状況に自分を置いた母親のことなのか。何もかも全部に対してなのか。
上は以前書いた記事(キ上の空論#13の感想)の「キモい」という単語についての引用ですが、「気持ち悪い」って本当に絶望的だなと思っています。そう思ってしまった瞬間、全てをシャットアウトせざるを得ない。
ネオンちゃんの場合は「気持ち悪い」と思うことでそれがいい方向に働いたので、やっぱり爆発力があるというか、字面以上に重い言葉だなと思いました。
メタ表現
メタフィクション的な表現が大好物なのですが、今回もそんな描写が多くて嬉しかったです。一番は、一人二役の店長が衣装チェンジに手間取ってあたふたし、ちゃんと着替えられていないけれどそのまま出ちゃうシーン。
どうして私はこんなにメタ表現が好きなんだ? と真面目に考えたのですが、ツッコミ的な面白さもさることながら、「巻き込まれ感」が好きなのかなと思い至りました。
お芝居を観ている限り、そこには透明な壁が存在します。仮にレベル分けすると、以下のようになります。
レベル1:現実世界。観客が座っている、「演劇を見ている」世界。
レベル2:演劇の内部の世界。お芝居のなかで起こっている出来事。
(劇中劇は更にレベル3、4……となっていく)
メタ要素は、「レベル1」の話を「レベル2」ですることで起こります。店長とマスターの顔が似ているとか、衣装替えがどうこうとか。その瞬間、このレベルの間にある壁がぶっ壊れ、取っ払われています。
そうすることで、私もあの板の上にあるのと同じ空気を共有できる気がして、好きなんだろうなあと思いました。登場人物の手によって壁が破壊されて、自分もお芝居の中に巻き込まれていくのが楽しいのだろうなと。
本筋からは脱線した話だったのですが、今回の観劇で気付けたことだったので書いてみました。
おわりに・今年初の観劇と効能
私は「キ上の空論#12 ピーチ オンザ ビーチ ノーエスケープ」と併せて今年初の観劇だったのですが、とても楽しかったです。
マスクや検温といった感染症対策だけでなく、スタッフの方がロビーで、観客同士の大きな声での会話を控えるよう呼び掛けているのも心遣いが嬉しかったです。つい話したくなる気持ちは分かるのですが、あまり大声だと気になるし、けれど注意もしにくいので……。
「ピーチ」の方では出演者の一人が感染してしまったようですが(現在は回復されているようで安心しました)、「この舞台が感染拡大のきっかけになってはいけない」という決意が感じられました。こんな時期ですが、スタッフの方々のその決意のおかげで舞台に集中することができました。
今回「PINKの川でぬるい息」を観て、やっぱり演劇って楽しいものだな、いいものだなと思えました。そんな作品と出逢えたこと、またそれができるよう尽力してくださった方々に心から感謝しています。
まだまだ先行きは不透明ですが、これからも色々なものを観て、聴いて、体感して、私もピンクで包まれてピンクで包みこみたいなと思いました。
以上、青井いんくでした(名前はピンクじゃないですね)。
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