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なぜ自分は後退してしまったのか―一年間を振り返って

Xのプロフィールにある通り、私の大型大会の最高成績はCL京都2022になる。

一応覚えている範囲で大型大会の成績を書き出してみると

①2017千葉(多分)(ニンフィアGX)2-3
②2018池袋(マッシブーンGX)2-3
③2018京都 (サーナイトGX+ゾロアークGX)2-3
④JCS2018(レックウザGX)5-5※
⑤2019千葉(ソルガレオGX)2-3
⑥2020東京(ウルトラネクロズマGX)6-3
⑦2022京都(一撃ウーラオスVMAX)7-2
⑧2022福岡(一撃ウーラオスVMAX)4-3
⑨2023宮城(ギラティナVSTAR)3-3
⑩2024横浜(サーナイトex)2-3
⑪2024京都(ギラティナVSTAR)3-3
⑫2024福岡(ピジョットex型リザードンex)

こんな感じになる。※当時は強制ドロップなし
(SM時代は大型大会の頻度が今よりも圧倒的に高かったこともありうろ覚えなので間違っているかもしれないが)

まず目に留まる点としてはサン・ムーン時代はデッキレシピが今ほど出回っておらず基礎があやふやだったこともあり2-3での負け越しがほとんどであるが、最後の2020東京だけは6-3で完走している。この時はオーソドックスなデッキ選択をしたこと、直前に恐れていたルカリオ&メルメタルGXやミュウツー&ミュウGXなどを一切踏んでおらずマッチング運がよかったこと、それまで以上にいろんな人と練習しながら意見を聞き調整したということもありそれなりの結果に繋がったのだが、自分の実力が明確に伸び始めてきたのはこの頃だと感じている。

そして2021年シリーズは大型大会に全て落選し一度も大会に出ることもないままだった(そもそもDレギュは一次ポケカから離脱したのでまともにポケカをやっていない)ので、2年近くブランクが空いた状態で突然当選したCL京都2022に挑むことになる。

この時私はポケモン元世界チャンピオンのビエラ氏(今年はポケカのJCSに出場したことで知られる)のチャンネルのメンバーシップに入っており、大会の少し前にビエラ氏のチャンネルで知り合った人たちの開いたオフ会にお邪魔して練習させていただき、以後も彼らのDiscordサーバーでいろんな方に調整を手伝っていただいた。

持っていくデッキは2択。「いちげきウーラオスVMAX」と「レックウザVMAX」だった。

この二つを選んだ理由としては自分は青天井火力や火力重視のパワーデッキを好んで使っていたことが挙げられる。1週間くらい前まで悩んだが結局個人的にお気に入りだった「いちげきウーラオスVMAX」を選択し、デッキの中身を少しずつ替えながら、本番に臨むことになった。

結果は7勝2敗。予選最終順位は61位。当時は現在よりも募集人数が少なく(1300人程度)、マスターリーグも1日で終了だったためDay2というものは存在しなかった。また、当時次の大会の優先権のボーダーラインは現在と違い7勝ではなく「上位64名」だったため、6勝0敗からスタートだった私は7-2の中でもオポネントが比較的高く、ギリギリ優先権獲得に滑り込むことになった。

なぜこの大会で私は比較的好成績を収めることができたのかをまとめていくと

・デッキが非常に環境に合っていた
→この日は「フュージョンアーツ」発売から1週間後であり、発売前から評価が高かった「ミュウVMAX」のシェアが高いことは容易に想像でき、さらにミュウVMAXデッキに有利な「ムゲンダイナVMAX」が急増することも容易に予想できた。なので闘・悪デッキは両方の弱点を突けるという意味では有効であり、ミュウデッキの「ウィークガードエネルギー」を処理するために採用した「うねりの扇」がうまく機能してミュウVMAX対面は3勝1敗、ムゲンダイナVMAX対面は2勝0敗とそれなりに勝つことができた。また、当時いちげきウーラオスVMAX(というより私個人)が苦手としていたデッキ(ミュウツー&ミュウGX、連撃ウーラオスVMAXなど)が軒並みミュウVMAXに不利だったため、大会当日に一気にシェアが減り一度も当たらなかったのも大きかった。

・デッキがアグロ寄りで割と大型大会向きなデッキであった
https://note.com/ginga_poke/n/nb1cc8e07be76 
こちらを参照

・メンタルの問題
→この時はいちげきウーラオスのデッキで大型大会に出てみたいという気持ちが強く、そこまで勝利への執着がなかったため試合中そこまで焦ったり緊張したりすることもなかった。
予選最終戦の6-2の崖の場面ですらそこまで焦ることはなかった。

セイボリーで盤面を破壊され、解説席のヤマグチヨシユキ氏に「オーマイガー」と言われた名シーン。ちなみにコバヤシ選手は今でも当時のことを語り合う仲になりました

この時の対戦相手のnote(3年前のものですが、すごくいいことが書いてあるのでぜひ読んでみてください)
https://note.com/sanf0pypy/n/n5c24f54fbdeb#dODTY 

優先権で出場した次のCL福岡に関しても、全く同じいちげきウーラオスVMAXで挑んだ。
当時京都で結果を残したクワガノンが高シェアだったこともあり、有利を取れるジュラルドンVMAXなども候補であったが、「クワガノン以外には割と勝てる」という考えの元結局同じデッキで挑むことにした。結果的にはクワガノンを2回踏んでしまい4-3という結果にはなったが、前大会優勝の白馬バドレックスVMAXには全勝だったので、「クワガノン以外には割と勝てる」という考えは間違っていなかった。ただ、さすがにもっと柔軟な考えでデッキを選ぶべきだったとは思っている。

と、ここまで前置きが長くなったが、自分はサンムーン終盤でCLを完走、その後2年のブランクを挟んでも7勝を挙げることができており、東京での強豪ジュニアとの練習の甲斐もあり自分はかなり成長することができたと感じている。

しかし、SVシリーズに入ってからの成績はどうか。

2023宮城 3-3
2024横浜 2-3
2024京都 3-3
2024福岡 4-3

ご覧の通り、一度も完走していないどころかサンダーexすら獲得できていない。
特に横浜に関してはサン・ムーン以来実に5年ぶりの負け越しである。
このシリーズでの目立った成績はシーズン4のシティリーグの優勝のみ。

それぞれの具体的な敗因を上げていくと

2023宮城
→6試合目で試合に遅れて不戦敗。自己管理ができていないが故の失態なので論外。以後は絶対にこういうことがないようにしている。
→そもそもデッキが環境に合っていない&上述した記事にあるようにあまり大型大会向きではないデッキだった。当時不利対面であったルギアVSTARがかなり多かった(とはいえこの時当たったとは一回だけだったしその1戦は勝ったが)のと、負けたのがどちらもミュウVMAXで、当時ルギア意識で頂への雪道よりもシンオウ神殿を優先していたのでミュウ対面はほぼ切ったような構築だった

2024横浜(これに関しては過去に記事も書いている)
→単に運が悪かった。ミラーでじゃんけん負け→たね切れ→ほぼ無理なロストバレット
→デッキ自体がかなりメタの対象になっており環境に合っていなかった。実際サーナイトexを持ち込んだ知り合いもDay1落ちがほとんどで、ポケカ四天王すら7-2が1人と4-3が1人
→デッキ選びや構築の際に他の人たちの言葉ばかりに依存してしまい、自分の選択に自信が持てずあやふやなまま挑んでしまっ
→そもそもサーナイトexというデッキ自体、大型大会で脳死で強いデッキではなかったと今になって思う。SV最初のCLで決勝に進出できたのは当時まだ開拓研究の進んでいないデッキタイプで対サーナイトexの戦い方がわかっていなかった、新潟でヤマグチヨシユキ氏が優勝できたのは当時サーナイトex対策として定石であった「フワンテの勇気のお守りをロストスイーパーやツールジャマーで無効化する」が効かず、構築面が斬新で優れていたことが要因として挙げられると思う。一度普及してメタの対象になると弱いデッキだったのかもしれない。

2024京都
→宮城同様、やはりあまり大型大会向きではないデッキだったというのが大きな要因だと思う。実際勝った試合も負けた試合もギリギリで極限まで追い詰められた状態で試合していた。
→単に練習不足だった対面があって、事故以外で負けたのがどちらもそれだった。(特にサーナイト対面)

2024福岡
→デッキ選択自体は間違っていなかったと思っている。実際久々に勝ち越すことはできたし、負けた3試合のうち2試合は紙一重の差で相手に解決札を引かれた/不利対面な上引きが悪くサイド6-2くらいまで殴れなかったという感じ
→残りの1試合に関しては盤面がきちんとできていない状態で焦って殴り始めてしまったので要反省

こんな感じである。
いろいろと原因はあるが、一言で言えば「中途半端なまま挑んでしまった」という一言に集約できるのではないか。
自分のデッキに自信がないまま挑んでしまった、練度が上がり切らないまま、各対面の動きが固まらないまま大会本番を迎えてしまったというのが共通して言える敗因だと思っている。

横浜では、割と直前までデッキ選択に悩んでしまい練習も中途半端になり、直前のジムバトルやトレーナーズリーグで優勝して勝てるようになった気になってしまったし、京都では練習不足な対面が目立った。

受験生の時、「模試を受けた時は理解度が中途半端だった分野が後々になってしっかり解けるようになり、後悔した」という経験が何度かある。「今これだけしっかり解けるのに、あの時の試験では解けなかった。あの時今くらいできていれば…」と言う感じである。皆さんも同じような経験があるのではないだろうか。
まさにそれと同じで、今であればリザードンexのデッキの扱い方も福岡に挑んだ時よりは理解できているし、今の自分なら当時の対戦相手に勝てたのでは、と思ったりする。つまり、きちんと大会までに練度を上げておくことがいかに重要かわかる。中途半端なまま大会に出ると、同じデッキを大会後も使い続けた後、こういった形で自分に返ってくるからである。

また、以前触れたことがあるのだが、このシリーズでの私は「勝つこと」へのプレッシャーに押し潰されていたと感じる。デッキ選択も「いかに勝つために合理的な選択肢を取るか」でしか動けていなかったし、「どんなデッキを使いたいか」とは一切考えていなかった。試合中も「勝たなきゃ」という言葉に脳が支配されている状態であり、かなり精神的に不安定な中試合していたと感じている。
もちろん遊びに走り過ぎて合理性を欠いた選択をしては大会で勝つことはできない。しかし、勝つことに目が眩み過ぎると肝心な場面で緊張やプレッシャー、焦りによりプレイングミスを誘発してしまうのである。特に予選で2敗した時、サイドが2~3枚残っているのに制限時間が迫っているときなどがそうである。
以前「頭を使わないデッキの方が大型大会に向いている」という趣旨の記事も書いたが、その話にも繋がってくる。そういった追い詰められた場面で難易度の高いデッキを扱えるのは、メンタルの優れたごく一部のプレイヤーだけだからである。

以前Xで、「会場に来た目的が大会そのものしかないプレイヤーは勝てない」と呟いたことがある。どういうことかというと、「現地回りの観光名所を見て回れる」「現地の美味しいご飯が食べられる」「大会後に仲間と飲みに行ける」といったような別の目的があるという人もいて、そういったプレイヤーは仮に大会で負けてしまったとしても別の楽しみが待っているため、勝つことばかりに執着せずに済むのである。それがないプレイヤーは行ってしまえば「負けたら何も残らない」。つまり勝つことばかりに必死になり、自滅の道を歩んでしまうことも有るのである。
以前ヤマグチヨシユキ氏が自身のpeingにて「大会で勝つ奴には必ず大会後に飯を食いに行く仲間がいる」と回答していた。私は当時その意味が全く分からなかったのだが、今になってこういうことだったんだな、と理解できる。

勝つことだけに頭を支配されすぎない。一見矛盾しているようだが大会で勝っていくために必要なのはこういうことではないだろうか。

以上が、この1年間を通しての私の反省である。
次に大型大会に挑むのがいつのなるかはわからないが、いつ当選してもいいように備えておき、シティリーグでも昨年の経験を忘れないように挑もうと思っている。

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