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岡山寮のこと 其の3

「あと1軒」「あと1軒」
と歩く岡山の街も年末を迎えた。
「あと1軒」
玄関先で何やらお掃除だか片付けだかをなさっているご婦人を発見。
「こんにちはー。天理教の藤田と申しますがなにかお手伝いありませんかー。」
という私の声に驚いた様子で振り返ったご婦人さん。
あれ?顔は私のほうを見ているが、視線が合わない。ん?そう、視力障害の方だった。
「頼みたいお手伝いは特にはないけど、どうぞこちらへ。」と私を手招く。
「天理教の藤田さん?初めまして。どうぞお話しください。」て。

焦ったね。

これまでさんざん歩いて歩いて歩いて、「天理教の藤田です。少しお時間頂けませんか?」
相手さんは、ちゃんと拒絶してくれて、
「あ、では失礼しましたー」
とその場を去るのがお芝居の台本のようなテッパンだった。
「どうぞお話しください」て。
おいおい、セリフが違いますよー、ちゃんと断らなきゃ!焦るやん。
おどおどしながら門を入り、玄関先に至った。

この時の光景、いまだに覚えてるわぁ
頭の中になぜか、小田和正さんの『ラブストーリーは突然に』の歌い出しが流れてきたんですよね。
「何から伝えればいいのか
 分からないまま時は流れて
 浮かんでは消えていく
 ありふれた言葉だけ」
て。何から話そう、、、、
て、しどろもどろな私。
するとご婦人さんからいきなりカウターパンチ的なカミングアウトが!
「私はねぇ、統一教会を信仰してるの」て。

「えぇぇぇーー💦」
どうしよ、困ったなぁ、、、ま、いいや、適当にやり過ごそ。
「そうですか、信仰をお持ちなのは素晴らしいことですね」と返答するのがやっとだった。
ご婦人さん、
「藤田さんもちゃんと『天理教です』て仰ってるじゃないの。素晴らしいですよ!神様ってありがたいね。私、目が見えないけど、同じ信仰をしてる友達がいてくれるからなんにも挫けてないですよ、ありがたいですよ。」て。

あれ?私の思ってる統一教会の方々となんかイメージが違う。
お互いの信仰を語り合えてる。
なんか清々しい。

10分ほどの立ち話。
「また来ていいですか?」
「はい、いつでもどうぞぉ♪」
と、そのお宅をあとにした。

数日後、再訪。
家にあげていただいた。目の見えないご婦人さん。住み慣れた自宅の中では何がどこにあるかをちゃんと承知している。もちろん間取りも家具の配置もリモコンの位置も。
手際よくお茶をお出しいただき、テーブルを挟んで、そして今回もお互いの信仰を語り合う。

3回目の再訪は、ご主人さんがいらっしゃった。大柄で優しそう。どうやらご主人さんには信仰が興味ないらしい。だけど、「今度メシにおいで」と言っていただいた。なんか受け入れていただいたようで嬉しかったなぁ。

何度目かの訪問。なんか賑やか。
ご婦人さんのお友達らしき女性が2名。
「教会のお友達なの」て。
私はちょっと面食らった。
当たり障りのない会話を心がけるも、ご婦人さんグループから色々と天理教のこととかおぢばのこととかを聞かれる。
聞かれるので、最低限のことだけをお答えする。笑顔だけは忘れないように。けどたぶん私の顔は引き攣ってたと思うわ。心のどこかに「とっちめられるんじゃないだろうか、、、」ていう防御反応があったかも知れんね。

1ヶ月ほどの間、数日に一度のペースで件のご婦人さん宅に通ったある日の訪問。
ご婦人さんが突然、
「藤田さん、天理に行ってみたい。神様のお話しを聞いてみたい。」て仰る。「先日同席した私のお友達が『あの方なら心配ないよ、信頼できると思うよ、一度天理に行ってみなさいよ』て言ってくれたのよ。」
聞けばこのご婦人さん、私の声から作り上げた私自身のイメージ像がどんなものなのか、同席したお友達に“品定め”を頼んでたらしいわ。で、先ほどの「天理に行ってみたい」との申し出。となると、どうやら私は“品定め”に合格したみたいよ。

ご婦人さんとのおぢばがえりは2月8日に日帰りで、と決まった。交通手段は、教務支庁の公用車。ドライバーは本島あんちゃん。車椅子を用意した。

2月8日。私の、布教の家での初帰参。
おぢばに到着。天気は晴れ☀️
南礼拝場へ。
目の見えないご婦人さんの代わりに私が目となり、殿内を説明する。そして、「これが神殿の大屋根を支える柱の一本です。」とご婦人さんの手を柱にいざなうと、「わぁーーー、大きいっ!冷たいけど、あったかい。」と喜ばれて破顔。
なんとか神殿の大きさを感覚として分かっていただけたかなぁ。そして参拝。
「親神様、10ヶ月かかりましたが、ご帰参の方をお連れして、やっと帰らせて頂きました」
知らぬまに涙が溢れてきた、嬉しくて。

『ここは親理』4番冬の歌が頭をよぎる。

『懐かし かんろだいにぬかづく夜ふけ
 粉雪ちらちら やかたも眠る
 やっと一人導き 帰ってきたら
 心に 力が 今よみがえる
 ここは親里 世界の里よ
 あなたと私の まことのふるさとよ』

車椅子を押して、おやさまの元へ。
また泣けてきた。
ご婦人さん、ニコニコとした表情、心の目でおやさまにお会いできただろうか。

そして東棟、別席場へ。
車椅子付き添いのため、お誓いのお部屋に一緒に入り、私に反復するようにご婦人さんもお誓いを述べられる。対座する教服姿の先生、「〇〇さん、この先もこの布教師を頼って、信仰の歩みを進めて下さいね」と。なんだか私に対するエールと叱咤のように聞こえた。
初席へ。私も傍聴。
ご婦人さん、さすがに信仰を持っている方なのか、別席のお話しを終始、うんうんと頷きながらお聴きになっている。私も久しぶりの別席話しに心を洗う(ように聴かせて頂いた)。
「人間を創造した神様のお話しがなんとなく理解出来ました」とご婦人さん。
今までのご自身の信仰と葛藤しているのかな?そりゃムリもないよね。私としては、ここまで来れたのだからまずは及第点だ。
再び神殿にて参拝をして、おぢばをあとにした。
「また気候が暖かくなったら天理に一緒に行きましょう」と告げて、日帰りのおぢばがえりが終わった。

このご婦人さん、なぜ目が見えないのか。
それは、脳内にある腫瘍が大きくなり、しだいに視神経を圧迫してだんだんと視力が低下してきたそうだ。
そしてこの腫瘍は、ご婦人さんの命をも圧迫した。
その年は桜の開花が早く、岡山寮を卒業する3月末には満開になった。咲き誇った桜が散る頃、ご婦人さんの命も散った。

2回目のおぢばがえりは実現しなかった。
今もこのご婦人さんの席札は大切に持っている。親神様のお話しが一度でもこの方に届いた証として。そして、岡山での私の足跡として。

1年間の布教の家。
帰参、別席1。このご婦人さんです。
そして!
さらに帰参、からの修養科1。
おぉっ!
えっ?
そう、公園のトイレ掃除で知り合った方。
公園で生活するとある男性。60歳。毎日毎日トイレ掃除にやってくる私に興味を持ったみたい。公園の一角にある自宅(笑笑、木造ブルーシート葺平屋建0DK)に招待してくれた。販売時間切れのコンビニ弁当で作った雑炊をご馳走になった。
なんや、勝手気ままに生きて、こんなんでええのかなぁ、アナタ人生をやり直しません?
遠慮はない。お互いに失うものは無いんだから。怒るかな?ま、いいさぁ。
すると、「分かりました」て。
は??なにが?
「天理に行きます」て。
てことで修養科に収容することになったんです。3月末から。
だから、更に帰参、からの修養科1てなったんです。ま、これはオマケやね。

楽しくて、しんどくて、辛くて、ありがたくて。そんな喜怒哀楽を全部ひっくるめた「布教の家岡山寮」の話し、最後までお読みいただき大変ありがとうございました。

⭐️来年は「岡山寮」設置30周年の節目の年。

10年前は、1期から20期までの卒寮生みんな集まって、真柱さまお入り込みのもとで20周年をお祝いしたんですよ。
今回の30周年も楽しみです♪

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