事も無げに言うとショートショートになる
事も無げに語りだすとショートショートが生まれます。
世界のすべて
「僕ね、世界のすべてを手に入れたんですよ」
彼は事も無げに言った。まるで炭酸水メーカーを買ったかのように言うものだから、私はつい「へえ、そうなんですか」と返してしまった。
「ほら、『ほしい物リスト』に『世界のすべて』を追加したら、フォロワーが送ってくれたんです」
彼の言う通り、スマートフォンの画面には「世界のすべて 配達済み」の文字が並んでいた。
「でもね、困ったことがあるんです。世界のすべてを手に入れた僕は、もはや世界の一部ではなくなってしまったんです」
スマートフォンが落ちる音がした。
芋煮会
「僕ね、芋煮会に参加するんですよ」
彼は事も無げに言った。まるで飲み会に参加するかのように言うものだから、私はつい「へえ、そうなんですか」と返してしまった。
「ほら、芋煮会のために鍋も注文してて」
彼の言う通り、彼が差し出したスマートフォンには鍋の注文確定を示す画面が映し出されていた。
「でもね、困ったことがあるんです。芋煮会に参加するためには芋にならないといけなくて」
スマートフォンと芋が落ちる音がした。
タイムマシン
「僕ね、タイムマシンに乗ったんですよ」
彼は事も無げに言った。まるでタクシーに乗ったかのように言うものだから、私はつい「へえ、そうなんですか」と返してしまった。
「ほら、過去の僕とツーショット写真も撮ってきてて」
彼の言う通り、彼が差し出したスマートフォンの画面には彼と幼い頃の彼と思われる人物が並んで写っていた。
「でもね、困ったことがあるんです。そのせいで平行世界が混線しちゃったみたいで」
はじめまして、そう言うともう一人の「彼」が頭を下げた。
若者のすべて
「僕ね、若者のすべてになったんですよ」
彼は事も無げに言った。まるで三十歳になったかのように言うものだから、私はつい「へえ、そうなんですか」と返してしまった。
「ほら、若者のすべてがここにあるんです」
彼の言う通り、彼が差し出したスマートフォンの画面には若者のすべてが映し出されていた。あまりの情報量に頭がくらくらする。
「でもね、困ったことがあるんです。『若者のすべて』が消えたらどうなるのか、気になってきてしまって」
乾いた銃声が響いた。
死
「僕ね、死んできたんですよ」
彼は事も無げに言った。まるで用を足してきたかのように言うものだから、私はつい「へえ、そうなんですか」と返してしまった。
「ほら、結構ニュースにもなってて」
彼の言う通り、彼が差し出したスマートフォンの画面には彼が飛び降り自殺をしたニュースが表示されていた。
「でもね、困ったことがあるんです。一度死んでしまうと、死んだ人としか会話はできないみたいで」
彼は私の透けた身体を満足気に眺めた。
吸血鬼
「僕ね、吸血鬼になったんですよ」
彼は事も無げに言った。まるで課長になったかのように言うものだから、私はつい「へえ、そうなんですか」と返してしまった。
「ほら、ちょうどさっきも血を吸ってきたところで」
彼の言う通り、彼のむき出しにされた歯は赤く染まっていた。
「でもね、困ったことがあるんです。吸血鬼に血を吸われた人も吸血鬼になってしまうので、もう人間があなたしかいなくなってしまって」
私は意識を失った。
アイドル
「僕ね、アイドルになったんですよ」
彼は事も無げに言った。意を決したように言うものだから、私はつい「へえ、そうなんですか」と返してしまった。
「ほら、今じゃこんなにファンもついて」
彼の言う通り、彼の差し出したスマートフォンの画面には彼のワンマンライブに並ぶ大勢のファンの様子が映し出されていた。
「でもね、困ったことがあるんです。こんなにたくさんの人に好かれても、どうしても振り向いてくれない人がいて」
彼は振り返ると、歓声の中へ飛び込んでいった。
手榴弾
「僕ね、手榴弾を買ったんですよ」
彼は事も無げに言った。まるで家電を買ったかのように言うものだから、私はつい「へえ、そうなんですか」と返してしまった。
「ほら、試しに爆発させてみたりしてて」
彼の言う通り、彼が差し出したスマートフォンの画面には握り拳ほどの手榴弾が勢いよく爆ぜる映像が映し出されていた。
「でもね、困ったことがあるんです。いくら数えても、ひとつだけ数が合わなくて」
遠くで爆発音が響いた。
国
「僕ね、国を作ったんですよ」
彼は事も無げに言った。まるで犬小屋を作ったかのように言うものだから、私はつい「へえ、そうなんですか」と返してしまった。
「ほら、結構国民も増えてきてて」
彼の言う通り、彼が差し出したスマートフォンには笑顔で旗を振る群衆の動画が映し出されていた。
「でもね、困ったことがあるんです。最近、対外感情が悪化してて」
鳴り響くサイレンとともに、大量の戦闘機が空を覆った。
炎上
「僕ね、炎上したんですよ」
彼は事も無げに言った。まるで新しいSNSを始めたかのように言うものだから、私はつい「へえ、そうなんですか」と返してしまった。
「ほら、結構おおごとになってて」
彼の言う通り、彼が差し出したスマートフォンには彼に対する罵詈雑言が並んでいる。トレンドにもなっているようだ。
「でもね、困ったことがあるんです。僕がやったとされてることって、全部身に覚えがなくて」
彼は私をじっとりと見つめた。
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