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第7章:アジャイル開発の成功事例「アジャイル開発の実践ガイド:20年の経験から学ぶ成功への道筋」

割引あり

私が初めてアジャイル開発という言葉を耳にしたのは、2000年代初頭のことだった。当時、私はある大手ソフトウェア会社で働いていて、上司が興奮気味に「これが開発の未来だ」と言っていたのを覚えている。正直なところ、最初は懐疑的だった。それまで私たちは、綿密に計画を立て、それを忠実に実行することが「プロフェッショナル」だと信じて疑わなかった。アジャイルは、そんな私たちの常識を根底から覆すものだった。

しかし、その後20年以上にわたってアジャイル開発に携わり、数多くのプロジェクトを見てきた今、私は確信を持って言える。アジャイルは単なる開発手法ではない。それは、組織のあり方を根本から変える哲学であり、不確実な世界に適応するための思考法なのだ。

この章では、私が直接関わった、あるいは間近で見てきたアジャイル開発の成功事例をいくつか紹介したい。これらの事例は、アジャイルが持つ変革の力を如実に示している。しかし、先に言っておくが、これは「ハウツー」ガイドではない。アジャイルに「正解」はないし、他社の成功例をそのまま真似てもうまくいかないだろう。むしろ、これらの事例から学ぶべきは、アジャイルの本質と、それを自社の文化に適応させていく過程だ。

日本の自動車メーカー:伝統との闘い

最初に紹介するのは、日本の大手自動車メーカーでの事例だ。日本の製造業、特に自動車産業は、その緻密な計画と品質管理で世界的に有名だ。トヨタ生産方式は、今や世界中のビジネススクールで教えられている。そんな伝統の強い業界で、アジャイルを導入するのは、まさに「神殿に踏み込む」ような冒険だった。

私がこの会社に招かれたとき、彼らは深刻な危機に直面していた。新興のEVメーカーに市場シェアを奪われ、若い世代の「車離れ」も進んでいた。彼らの開発プロセスは、かつては業界標準だったが、急速に変化する市場についていけなくなっていた。新車の開発に3年以上かかり、その間にも顧客のニーズは変化し続ける。まるで、動く標的を追いかけているようなものだった。

最初の会議で、ある役員がこう言った。「我々は100年以上、最高の車を作ってきた。しかし、今や車はコンピュータの塊だ。ソフトウェア開発のスピードについていけないと、我々の未来はない」

彼らが最初にアジャイルを導入しようとしたのは、部品調達から倉庫の搬入出管理に至るシステムの再構築プロジェクトだった。これは彼らのビジネスの根幹を支える重要なシステムだ。8ヶ月でレガシーシステムを刷新し、新機能を追加するという野心的な計画だった。

当然、大きな抵抗があった。中間管理職の多くは、「我々の業界では、アジャイルは通用しない」と主張した。ある部長は私にこう言った。「我々の部品は、ミリ単位の精度が要求される。そんな繊細な仕事を、2週間ごとに方向転換するようなやり方でできるはずがない」

彼の懸念はもっともだった。アジャイルは、ソフトウェア開発の文脈で生まれた手法だ。物理的な製品を扱う製造業に、そのまま適用できるわけがない。しかし、ここで重要なのは、アジャイルの「原則」であって、その具体的な実践方法ではない。

我々は、彼らの文化に合わせてアジャイルをカスタマイズすることから始めた。例えば、通常のスクラムでは2週間のスプリントが一般的だが、ここでは4週間に設定した。これは、彼らの既存の月次報告のサイクルに合わせたものだ。また、「完了の定義」には、彼らが重視する品質基準を明確に組み込んだ。

最も大きな変更は、「顧客」の定義だった。通常、アジャイル開発では最終顧客(この場合は車を購入する消費者)のフィードバックを重視する。しかし、この内部システムの場合、「顧客」は部品調達の担当者や倉庫の管理者たちだ。我々は、これらの内部顧客を開発プロセスに深く関与させた。毎週のデモセッションには、現場の作業員まで参加してもらい、システムの使い勝手について直接フィードバックを行った。

この「内部顧客」との密接な関係が、プロジェクトの成功の鍵となった。例えば、ある倉庫作業員のフィードバックから、在庫管理システムに「直感的な色分け機能」を追加することになった。これは当初の計画にはなかった機能だが、実装後は作業効率が劇的に向上した。

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