バトル・オブ・カスミガセキ #1日目
6月22日 第1クール1日目
「おはようめりあちゃん!」
予めこの時間に起きよう、と2人で決めていた時間よりも早く起こされた。不機嫌に挨拶を返し、朝の支度をする。
「初日はどこまわるんだっけ?」
「私はA省にいくよ。一番興味があってさぁ・・・ダイキくんはどこ?」
「僕はD省かなぁ~。説明会も15回は行ったし。」
「15回!?」
知らなかった。官庁訪問ではそれぐらいの数説明会に参加することなど”前提条件”だったのである。
「じゃあお先に!カギしめといてねぇ」
彼を追うように急いで支度を済ませ、地下鉄で霞ヶ関に向かう。丸ノ内線の乗り換えはすこしなれなかったが、時間に余裕をもって出たので間に合いそうだ。
「いらっしゃいませ。官庁訪問の方ですね?受付票を書いてお待ちください。」
午前9時。
すでにA省は志望者でごったがえしていた。なんとか受付を済ませ待合室に移動する。
室内はいくつか机があり、きた者から順に座っているようだ。
輪に入れずたちぼうけをしていると、近くにいた青年が仲間に入れてくれた。
「こんなに人いるんだね!俺も来たときびっくりしたわ!」
「あはは、えっと、入れてくれてありがとう。私某めりあ、大学4回生です。よろしく。」
「おぉーよろしく!俺は佐藤!同じく4年よ!がんばろうな!!」
これが”陽キャ”か・・・。こういう人間が採ってもらえるんだろうなぁ。
佐藤君たち周りの学生と話していると、職員の方が入ってきた。
「みなさん、A省へようこそ。それではいまから”入口面接”を行いますので、名前を呼ばれた方からお越しください。」
官庁訪問は、通常 入口面接と呼ばれる最初の面接で「どんな話が聞きたいか」などの簡単な面接をしたあと、順に原課面接に案内される。原課面接は人事課ではなく各部署で働いている官僚に政策などの話を聞き、勉強させてもらう場だ。省庁によってはここでも”選別”を行うことがある。原課面接の後は通常、人事面接が行われる。1周したらあとは原課、人事、原課・・・という風に繰り返し、最後に出口面接という簡単な面接で評価を伝えられたあと、解散というのがスタンダードな流れである。
官庁訪問が始まってから1時間が過ぎようとしている。他の志望者は続々と原課に呼ばれ、早い者では人事面接に呼ばれている中・・・
「あれ、なんか遅くね?」
呼ばれないのである。佐藤くんはさっきから戻ってこない・・・原課から直接人事面接まで進んでいるようだ。
「呼ばれませんね。」
眼鏡をかけた女性に声をかけられた。彼女もしばらく待ちぼうけを食らっているらしい。
「ですね~。もう待ちくたびれちゃいましたよ。」
「ほんとですよ!!あ、あたし九州大学4年の栗木です。よろしくです。」
「栗木さん・・・某です。よろしくお願いします。なんでこんなに”格差”が・・・」
そう続けようとして、遮られた。
「某さん。お越しください。」
やっと、私の官庁訪問が始まった。
正午過ぎ。私を含め大方の人間が”1周”済ませたようだ。原課では現役の官僚から直接政策についてご指導いただくという貴重な体験をさせてもらい、人事では如何に原課でインプットしたものを吸収できてるかが問われたように思う。
「めりあちゃんはどこまでいった!?」
「原課と人事1回ずつ。遅れがちかなぁ。」
数刻しか経っていないのに、久しぶりに佐藤君と話したような気分になった。向こうからこれまた””なつかしい””声が聞こえる。
「あたしも1回ずつですよ。これからこれから!」
3人で話していると、待合室担当の職員が口を開いた。
「えー、今から名前を呼ぶ方は荷物をすべて持ってお越しください。」
これは、まさか噂の・・・
「””始まった””な」
初めて、佐藤君が怖い顔をした。
”荷物をすべて持ってお越しください”
これは総合職の官庁訪問においては「今からお前を殺す」の意味で用いられる定型文である。100%ではないが、この文句で呼びだされた場合には95%ぐらいの確率でその省庁は”切られる”ことになる。残り5%はただの部屋移動、あるいは(よほど優秀な場合に限るが)「そのクールはもう”あがり”」のときである。
「~さん、~さん、~さん・・・・・」
淡々と名前が読み上げられていく。さっきまで志望者同士みなで仲良く話していたのに、今となっては口を開く者さえいない。
「栗木さん。以上です。今呼ばれた方々はこちらにお越しください。」
最後の1人が呼ばれた。栗木さんはそれじゃ、と涙目で一言残したきりもう戻ってこなかった。
「これが虐殺・・・」
どこからか声が聞こえる。ある時間帯で数人の受験者を一度に”切る”。官庁側のこの行為は”虐殺”と呼ばれ毎年恐れられているらしい。
「では、再開します。佐藤さん、お越しください。」
佐藤君がはじめに呼ばれた。どうやら昼の部が始まるようだ。
私も何度か原課と人事を繰り返し、気づけば時刻は19時をまわっていた。恐ろしい程にスムーズだ。
今思えば、”だからこそ”スムーズに”済ませた”のだと思う─────
待合室担当の職員が久方ぶりに口を開いた。
「今から名前をお呼びする方は荷物をすべて持ってお越しください。」
昼の虐殺よりは少ないものの、それでも少なくない人数が呼ばれた。
選ばれた彼らと共に、私の第1クール1日目は幕を閉じるのだ。
「さ、どうぞ。」
一応、個別で”出口面接”はやってくれるらしい。
「某さんの本年度における選考プロセスはここで終了となります。仮に欠員が発生したとしてもこちらからご連絡差し上げることはありません。」
「承知しました。お時間いただきありがとうございました。」
この場合の”お時間いただきありがとうございました”は「うるせぇクソが!!!死にやがれ!!!!」ぐらいの意味である。人によってはもって下劣な意味になることもある。
A省を出ると、既に辺りは暗くなっていた。
「いやぁやっぱり厳しいなぁ。まぁ明日もあるし頑張らなあかん・・・あれ?」
電車を乗り継いだ先、丸ノ内線の駅で、ある顔を見かけた。
「栗木さん!?」
間違いない、栗木さんだ。どこかで夕食でも食べていたのだろうか。特におかしいところはない・・・スーツケースを持っている点を除けば。
「栗木さん、私あのあと切られちゃってさァ~。」
「あたしなんか昼で切られたよ。もう嫌になったわぁ・・・」
向こうも素が出たらしい。
「・・・っ」
突然、栗木さんの表情が曇り・・・雨模様になった。
「あたしね、お父さんが県庁の職員でさ、国総受かってすごくよろこんでくれて・・・来る前はきょうだめでもがんばろって!!思ってたけど・・・!!」
「あんな言い方されたら・・・」
言葉が詰まって出ないようだ。あんなこと?面接で何か言われたのだろうか。
「どうし・・・」
「いや、いい。いい。・・・がんばってね。それじゃ」
そう言って彼女は消えてしまった。根拠はない、でも彼女はもうきっと東京で働くことはないのだろう。そう思ってしまった。
どんよりした気分のまま、宿舎の最寄り駅に着いた。
近くのコンビニで野菜ジュースとサラダ(鶏肉入り)を買い、部屋に戻る。キッチンがなく2週間フル外食になるのでコストはなるべく抑えたいが、健康には気を遣っておくのが賢い選択だろう。
「おかえり!」
「先に戻ってたの? どうだった?」
「僕は一応第2クール1日目に呼んでもらえたよ。めりあちゃんは?」
「私はだめだったな〜。まぁ、お互い明日も頑張ろうよ。」
私の中の”何か”が、崩れ始めた音がした。