バトル・オブ・カスミガセキ #0日目
6月21日 官庁訪問前日
「じゃあ、いってきます。部屋だけは勝手に掃除せんといてな。」
そう両親に告げて家を出る。私は今日から最大2週間東京に”幽閉”されるのだ。そんなに長く家に帰らなかったことはなかったから、少し寂しいような気がした。
新幹線に乗り込むと同時に、最初に訪問する予定の3省のパンフレットを広げる。官庁訪問は準備が命だ。
ここで、総合職の官庁訪問についてざっくりと説明する。
官庁訪問は”クール制”をとっており、全て合わせて第5クールまで存在する。その内容は、第1クール(3日)→第2クール(3日)→第3クール(2日)→第4クール(1日)→第5クール(1日)である。
第1で合計3省庁まで訪問し、”次も呼んでいただいた”省庁のみ第2に進める。これが繰り返し行われるようなプロセスになっている。すなわち、第1クールで訪問した省庁すべてに切られてしまえばその時点で官庁訪問は”終了”、晴れて進路未定のニート予備軍となるわけだ。
ちなみに、総合職の官庁訪問で採用される人間は、過年度合格者(総合職の合格資格は3年間有効である)も含めれば5人に1人もいれば上等だろう。せっかく狭き門の試験を突破したと思ったらこの様。受験者への冒涜に他ならない。
そんなこんなで東京駅に着いた。私は人事院が官庁訪問をする合格者用に準備してくれた相部屋の宿泊施設に泊まることにしたため、ここから地下鉄で少し移動する。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」
宿泊施設について受付を済ませると、簡単に施設の説明がなされた後カギを渡された。トイレとシャワーは部屋ではなくそれぞれのブースがあるらしい。まぁ、これはかえって都合がいいかな。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、自分が泊まる予定の部屋に着いた。きれいなベッドだといいなぁ・・・そう思いつつカギをひねると
「あかへんやんけ!!!」
開かないのである。カギをガチャガチャしていると後ろから声が聞こえた。
「すみません、1111号室の方ですか?」
「えぇまぁ・・・その予定です。」
「このカギあけにくいんですよねぇ。」
話しかけてきた青年は笑いながらカギを開けてくれた。
「さ、どうぞ。これからよろしくお願いします。あ、なんか普通4人部屋なのにここ僕たち2人だけらしいですよ。ラッキーですねぇ。」
どうやら彼が同居人らしい。
荷ほどきをしながら挨拶をかねて軽い会話を交わす。
「えぇと改めて。僕は東 大生(あずま だいき)です。大学は東京の方で~、大学4年だから・・・同い年かな?よろしく。」
「某めりあです。関西から来ました。よろしくお願いします。東さん、東京の大学ってもしかして────」
国総といえば”あそこ”だろうなぁ・・・
「えぇ ””一応、東大です””。ダイキでいいよ、めりあちゃん。」
「あは、マジでその言い回しするんだ。」
東京の人たちは怖いイメージがあるので、しばらくは標準語で話すことにした。
どこの省をまわるだの土日はどう過ごすだのを話していると遅くなってしまったので、ひとまず明日に備えることにした。
「明日からがんばろうねぇ・・・おやすみ~。」
そういえばなんでこいつは東大生なのに「地方から官庁訪問に来る人間用」の”ここ”を利用しているんだ?
そう深く考える前に、いつの間にか眠っていた。