バトル・オブ・カスミガセキ #2日目
6月23日 官庁訪問第1クール2日目
2日目の朝だ。シャワーブースのドライヤーで寝癖を直しつつ、頭の中で今日の流れをイメージする。
今日は切られないようにしないと後がない。というのも、3日目に訪問して採用してくれる官庁は少ないからだ。スーツに着替え、昨日の反省点を洗いながら地下鉄に向かった。
「受付票と・・・こちらが身分証ですね。拝見いたしました、お入りください。」
受付を済ませ、B省の待合室に向かう。扉を開けると、A省と同じぐらいの人数が部屋に詰め込まれていた。
「めりあちゃん!こっちこっち!」
「佐藤君!!」
知った顔を見つけて、少し安心した。彼の横に座り、開始までの時間を潰すことにしよう。
「佐藤君、昨日のA省どうだった?私は切られちゃって・・・」
「あぁ~それは残念!まぁ、まだ2日目だし今日とればいいって!がんばろう!!」
この言い方、どうやら彼は2クール目も”呼んでいただけた”ようだ。
「A省って、けっこう人気らしいな。ここもこの人数だと激戦になりそうやけど。」
オールバックに青ネクタイの男が話しかけてきた。
「ぼくは中瀬。大阪大学大学院からきてん。お手柔らかに。」
「俺は一橋大学4年の佐藤!よろしく中瀬くん! あ、こっちは某さん。」
「よろしくお願いします。」
(こいつもしかして年上確定、しかも初対面でいきなりタメ口聞いてんのか?)
佐藤君の対応にすこし動揺しつつ、昨日の訪問先、B省の噂など取るに足らない情報交換をしていると、職員が入室してきた。
「B省へようこそ!お菓子と飲み物は好きなだけ召し上がってもらって大丈夫ですからね!それでは暑いですけどがんばって行きましょう!」
B省では待合室に菓子と飲み物が出されている。開始の挨拶も明るい感じだし、今日は気負わずにやれると良いのだが。
そんなことを考えていると、自分の名前が呼ばれた。まずは入口面接だ。
「おはようございます。2018年度入省の青山です。今日一日サポートさせていただきますので、よろしくお願いします。では、入口面接をはじめていきます。」
志望動機、聞きたい政策など簡単な事項を確認したあと、待合室に戻された。典型的な入口面接だったので拍子抜けしたが、まずまずの受けこたえはできたはずだ。
待合室に戻るとはじめに話した2人はどちらも面接に出ていたので、近くにいた人と話しながら時間が経つのを待った。皆、これまで”負け知らず”だったエリートばかりだ。
そんなこんなしていると、私の名前が呼ばれた。次は原課だ。
渡された省内のマップを頼りに原課で受け入れてもらう課に向かう。
辿り着くと、少し痩せた職員が出迎えてくれた。
「○○みらい振興課で課長補佐をしております、竹内です。某さんですね、そこにお座りください。」
「失礼します。」
はじめに志望動機や大学の話、1日目の感想などを聞かれた後、パワポを印刷した冊子をもらった。
「この分野の振興について聞きたいとのことだったので、とりあえず私から簡単にこれまでやってきた取組みについてお話しますね。」
30分ほど政策の説明をしてもらった。気になったものや疑問に思ったことをメモにとる。次の人事面接で突っ込まれたときに対応するためだ。
「・・・、こんな感じですかね。何か質問などはあればどうぞ?」
「貴重なお話をいただきありがとうございます。まず、○ページの取組みについて詳しく聞きたいところがございまして、~~~。」
「なるほど、そこはですね・・・」
1時間ぐらい経っただろうか。そろそろ逆質問も切れてきた頃だ。もう終わってくれてもいいのだが・・・・
「おっと失礼、課の者に呼ばれてしまいました。申し訳ないのですがこのあたりでお開きにしましょうか。」
「はい、いっぱいまでお時間いただいてありがとうございます。とても勉強になりました。」
形式的に聞こえるが、勉強になったのは確かだ。本省課長補佐ともなればそこそこの地位で、キャリアなら7年目で就任するのが通例だが、ノンキャリアだと地方支分部局の課長補佐で定年を迎え退官する者も多い(本省課長補佐は地方支分部局の課長と同じ位である)。
待合室に戻ったところで、先ほどもらった資料を読み返す。総合職の官庁訪問でなにより問われるのは「原課でインプットした知識を如何に吸収して人事面接でのパフォーマンスに繋げられるか」だ。
1時間ほど待ったところで、名前を呼ばれた。
「人事課で課長補佐をしている小堀です。ま、どうぞ。」
「某めりあです。よろしくお願いいたします・・・失礼します。」
椅子に腰掛けたところで、面接が始まった。
「ま、じゃあはじめに志望動機から。」
「はい。私がB省を志望した理由は・・・」
「うん、なるほど。」
余談だが、公務員の面接では貴だの御だのをつけなかったからといって特に咎められることはない。
「志望した理由が~~~とのことだけど、これはなんで?」
「近年の気候変動や、国際情勢の基盤が揺るぎつつあることが理由です。」
「じゃあ、某さんならこの課題についてどんな取組みをやってみたい?」
「私なら~~~というやり方で対応します。理由は~~~であることと、先ほど原課で伺ったお話から・・・」
「うん、でもそれって~~~というところに穴があるよね?そこについてはどう考えているのかな?」
その指摘は予想通りだ。
「はい、その点につきましては・・・」
「ふぅん・・・・なるほどね」
ひとまず納得してくれたようだ。
鋭い問答が絶え間なく続く。
「・・・さっきから聞いてると、どうも俺は納得できないんだよなァ」
空気が凍る。
ここから猛烈な”詰め”が始まった。もちろん向こうとしても学生に完璧な政策を求めているわけではない。このような場合は、詰めにどう対応するかを見ているのだ。
私の過ちは、ここでのつっこみにその場しのぎの対応を重ねてしまったことである。
「おや、それはさっき言ったことと食い違うんじゃないか?」
小堀補佐の顔が曇る。鏡がないので分からないが、私の顔は曇りどころではなかっただろう。
「えぇっとぉ・・・そこは~~~で・・・」
「ふぅん・・・じゃあここは?」
「それは~~~~だと思います。」
「キャリアになるなら、”思います”なんて使うもんじゃないよ。」
「すみません・・・」
「君の話は少し荒唐無稽だな。」
それからのことはあまり覚えていない。
気がついたら、本省の隅の部屋に原課にきていた。
「失礼します。官庁訪問で参りました某です。」
「あ、わかりました少々お待ちください・・・お待たせしました。こちらへどうぞ。」
「2020年度入省、○○技術管理室の大木です。・・・大丈夫ですか?顔色悪いですよ?」
「あはは、お気遣いありがとうございます・・・」
2020年度入省ってことは”役職なし”か(キャリアは通常入省3年で係長に昇進する)・・・B省はもう切られるかもな。
”根拠のない噂”だが、官庁訪問においては原課や人事で役職の高い官僚を当てられるほど「期待されている」と言われている。
「では、気を取り直して。私の経歴はこちらの資料の通りです・・・さっそく政策についてお話しますね!」
「ありがとうございます。」
小一時間ほど説明を聞き、逆質問をぶつける。まだ切られたわけではないので、知識は詰め込めるだけ入れておきたい。
質問も落ち着いてきた頃、大木さんが話題を変えた。
「官庁訪問2日目だけど、どう?」
「いやぁ、なかなか厳しいです。自分の未熟さを思い知らされるというか・・・」
口元だけ笑った顔で答える。
「さっき小堀さんの面接だったんでしょ?あなたが来る前に『話聞かせてやってくれ』って内線で言われたのよ。本人も言い過ぎたと思ってるんじゃないかなぁ。だから、そんなに落ち込まなくて大丈夫。これから、これから!」
これから・・・昨日同じ台詞を吐いた栗木さんは立ち直れないようにされたじゃないか。
「まぁつらいこともあると思うけど、がんばってね。」
「ありがとうございます・・・がんばります。」
すこしの会話を交わした後、大木さんから直接案内を受けた。
「次の人事面接は垣内さんって人よ。小堀さんとは違った手強さがあるかもね・・・ここから直接向かってください。」
「承知しました。お時間いただきありがとうございました。」
この”ありがとうございました”は本心だ。
「やぁや、課長補佐の垣内です。ささ、どうぞ。」
「失礼します。」
垣内補佐・・・小堀補佐よりも少し年次は上のようだ。怖くないといいけど。
「まぁもうさんざん言ってると思うけど、志望動機からいいかな?」
「はい、私がB省を志望した理由は・・・・」
「なるほど、ところでさっきはどんな話を聞いてきたのかな?」
「はい、○○の管理基準の話を」
「で?」
「はい?・・・あ、それで、~~~という政策があって、~~~の効果があるんですけど、反対に~~~~という課題があるようです。私はこれについて~~~と思いました。(まぁこんなもんでいいだろう・・・)」
にやり、と補佐が笑った。
「ふむ、ではその課題について詳しく教えてもらおうかな?”素人視点”では強制的に人員を徴用して解決すればいいと思うのだが。この国には眠っている人材がたくさんある・・・数だけはね。」
ふざけるな、いや、楽しんでいるのだろう。全く趣味の悪いオッサンだ。大木さんが言うにはこの政策はあんたが係長時代に引っ張った取組みらしいじゃないか。
「強制的に人員を徴用するとなるとさまざまな問題が発生します。国民の権利を制限することには法整備が必要になるだけでなく世論の反発も必至です。国会も紛糾するかと。」
「なるほどね・・・では聞くが、そうでもしないと担い手からしても集まらないのではないかね?」
「国が使えるツールは強制的なものだけではありません。補助金などの財政的視点や認証などで”お墨付き”を与えるなどのやりかたもあるはずです。尤も、予算の限界や強制的措置に比べて効果が出るかなどの問題もあると思いますが・・・」
”模範解答”といったところか。2次試験で真面目に政策論文試験の対策をした甲斐があった。
「いいね、良い答えだ。・・・ただ、役人になるなら自分の説明を自分で否定してはいけないよ。君には6階の控室に行ってもらう。」
「承知しました。ありがとうございます。」
部屋を後にして、指定された場所に向かう。マップを見ると・・・どこだここ?
迷っていたところを、通りすがりの職員の方に助けていただいた。B省のなかでもあまり使われない部屋らしい。
「失礼します・・・おっと」
ドアを開けると、7人ほどが部屋にいた。その中には・・・
「ずいぶん久しぶりやなぁ。」
「・・・中瀬さんもこの部屋だったんですね。佐藤君は?」
「あいつはおらんな。”1軍部屋”ちゃうか?」
(1軍部屋・・・?)
なんだその言い方は。まるでここ以外にも部屋があるような言い方だが。
「しらんのか。どうやらこの省はカーストで分けるみたいやなぁ。ここは6階やからどうやら2軍らしいわ。」
「てことは1軍は・・・」
「7階やろうな。」
露骨なことをしやがる。中瀬さんは学部生時代の友人が官僚として働いているらしく、官庁訪問の話もよく聞いていたようだ。
「このあと面接とかするんですかね?」
「まぁやるんちゃうか?いうてもいい時間やけど。」
気づけば時刻は18時をまわっていた。と、そのとき職員が入ってきた。
「お疲れさまです。いまから夕食の時間にします。19時にはこの部屋に戻ってきてください。」
結局お昼は抜きか・・・まぁいいや、何を食べようかな。そんなことを考えていると、後ろから声が聞こえた。
「はーい!ワタシ地下の食堂いきたいです!みんなで行きませんか?」
元気のいい女性のひとことで、”2軍”みんなでご飯を食べることに決まった。彼女は森田というらしい。
食堂ではみんなでさまざまな事を話した。これまで言われた質問など官庁訪問の情報交換、大学の話、留学やビジネスの話・・・半分ぐらいは自分と関係ない世界の話だったが。
食堂に戻ると、面接が始まった。といっても人事面接はなく、原課を少しこなしただけだ。
2軍部屋では、誰かが帰ってくる度に聞かれた内容などの情報を共有した。政策の知識も増えるし、原課の職員が人事面接のような質問をして、その受け答えを人事に報告していることもあるので助かった。
特に、森田さんは積極的に話をまわしていた。お勉強だけじゃなくコミュニケーションもデキるとは恐れ入る。
20時をまわったところで”流れ”が止まった。
官庁訪問において苦痛なのは立て続けに行われる面接だけではない。””待たされる””時間も試練のひとつだ。場合によっては4時間以上も面接がぱったりなくなることがある。しかし退出するわけにもいかないので、ひたすら予習をして待つか、他の志望者と会話をして時間を潰すしかない。
「自分だけ呼ばれていない」という状況が、精神を削っていくのである。
その点、今回は20時以降誰も部屋を離れていないので助かった。
ひたすら情報交換を行い、後半はそれぞれ雑談をしていた。
時刻が23時になろうというころ、動きがあった。
「お疲れさまでした。ただいまから出口面接を行いますので、呼ばれた方から順においでください。」
やっと終わる・・・しかし油断はできない。深夜まで待たされて出口面接で切られるなど、この時期の霞ヶ関では掃いて捨てるほど例があるからだ。
出口面接は入口面接をしてくれた青山さんだろうか。あの人なら話しやすいしありがたいんだが・・・
「遅くまでお疲れさま。ま、かけてよ」
「うぇっ、小堀課長補佐!(失礼します・・・)」
「えー、某さんね、あなたは第2クール2日目の9時にここに来てください。」
「承知しました。お時間いただき・・・えっ」
「あはは、だめだと思った?(笑) まぁ直すべきところは多いし採用確実!ってほどでもないけど、まだ見るべきところはある。次もおいでよ(笑)」
(このオッサンは・・・) 面接の時と少し違う雰囲気に困惑したが、なんとか呼んでいただけたことのうれしさの方が大きかった。
「光栄です。お時間いただきありがとうございました。」
上機嫌でB省を後にしようとした時、職員に連れられて”入ってくる”集団を見つけた。人数は7、8人といったところだろうか。その中には・・・
「佐藤君!?」
「あれ、めりあちゃんじゃん。」
失礼します、といって佐藤君が”群れ”を抜けてきた。
「その様子だと通ったみたいだな!おめでとう!!」
「ありがとう、佐藤君は”1軍”みたいだね。ところでさっきのは・・・」
やっぱり聞くか、という表情で彼がこちらを見た。
少し躊躇して、口を開く。
「・・・実はな、飯つれてってもらってた。」
「そっ・・・か!まぁそういうこともあるよね!うらやましいなぁ」
勢いで動揺を隠す。噂には聞いていたしそんなことだろうと思ったが、やはり誰も人事院の言うことや決まり事を守るつもりはないようだ。
それにしてもカーストに飯での囲い込み、なんでもござれとはこのことだ。
「じゃ、俺向こうにもどるわ・・・明日からもお互いがんばろうな!」
そういって彼は去って行った。
「”このことは誰にも話すな”ぐらい言えよ・・・」
人の器も負けたような気がして、悔しかった。このことは官庁訪問が終わるまで誰にも言わないでおこう。
宿舎に戻ると、東くんが寝支度をしていた。
「おかえり、遅かったねぇ。”どこの省に行ってたんだっけ”?」
「B省だよ。なんとか次もつながった。」
「おめでとう!僕もなんとか次もいけたよ~」
「ところでめりあちゃん、第2クールは気をつけた方がいいかもね。」
「なんで?」
「今日B省に行っていた大学の同期から聞いたんだが・・・同じ控室にいた人間のほとんどが情報交換で嘘をついていたらしい。詰められた質問はこれだ!とかね。そいつも心底あきれていたよ。」
「・・・は?」
まぁ、言い方は悪いが蹴落とし合いなんだ。そういうことも起こるだろう。
うちの2軍部屋は雰囲気も良かったし、他のところに違いない。
ところで・・・
「その”同期の子”って、名前なんて言うの?」
官庁訪問では思っているよりも多くの人と知り合う。その上多くが東大生なのだから、名前を知っていても不思議ではない。知ったところでおそらく意味は無いないが、単純に気になった。
「・・・森田だよ。君は全部バカ正直に話してたらしいね、めりあちゃん。」
聞かなきゃ良かった。