B型作業所に行く利用者さんを受け入れての3か月間を振り返る。
昨日は自分の中で大きなポイントを超えたなーって感じの1日だった。
それはうちで今働いてくれている就労継続支援B型作業所の利用者さん(Aさん)が作業所の統括している人(川上さん)にオーダーケーキを作り、誕生日を一緒に祝うというもの。
前日にホールプリンを作成し、当日は飾り付けのみ。ここでは自分は材料を用意したりはしたけど計量であったり作業手順はサポートのみに絞った。
なのでほとんどの工程は利用者さんが行っている。作るに当たってもAさん自身が川上さんにヒアリングを行い、それを基に自分でどういったものを作るか設計図を起こし、完成まで繋げていっている。
イメージはあっても上手く紙に残せない部分は自分が対話する中で補助線を引く形である程度のものを残した。
実際設計図を見ただけではどんな形になるかは自分自身読めない部分が多かったけど実際に組み立ててみて、それが立体として完成していく様子は言葉ではなかなか表せない「楽しさ」があった。
Aさんは特性的に人へ自分が考えるものがこうだというものがなかなか出せないので対話の中でのケーキの完成形は自分が想像でイメージするしかなかった。それが実際出来上がると、これがまたほんと凄い!こうやったか!というもの。
一緒に働いてみて、Aさんの能力を障がいという枠組みから低くみてしまっているというのが2か月目の時に分かったけどここでもそのことを実感した。
トータル的に見て健常者と比較して出来ない部分はあるけど部分的に見ると健常者を超えている部分もあるなと実感することで、ハードルの部分に着目しやすくなった様にも思う。
またハードルに関しても自分のお店での場合はおおよそ見当がついてきた。それは「判断に想像力を使う場面が多いこと」
例えばコーヒーを抽出にしてもこの容量まできたら止める、コーヒーは何グラムなどなど都度確認しながら進行するものが多いなと気づいた。なので途中からはAさんと話しながらサーバーにラインを付けてここに達したら止める(数字を読み込ませない)などの工夫も試してみた。
想像力。改めて考えてみると接客業の妙はこの部分に集約されるなとも思う。どうすれば相手が喜ぶか「想像する」その一点に価値が付き、より評価される。その想像力を瞬間的に働かせる量が多い接客業の世界は確かにAさん達にとっては大変な部分はあるかもしれない。
でも「必要となる想像力」は減らせられるなとも思った。例えばエスプレッソマシンにもマニュアル、セミオート、フルオートの3種類に大きく分類分けすることが出来る。マニュアルは全て自身で行うため常に考えることが迫られる。その分、味も拘れるのだけど現在はほぼセミオート、フルオートに集約されている。集中する所は「部分的」になっており、機械の進化によりその部分は年々少なくなっている。そして減らした分を他に使っている。
この考えを持った時に思ったはアメリカでのやり方。視覚的にポイントを残し「考える余地を出来る限り無くす」仕事の作り方。誰でも出来るやり方。この点においてはマニュアルの多い日本の大企業でもこれはそこまで出来てない印象はある。機械化によって消してしまっていることはあれど。
でもなんだ。来週でほんとに最後にはなるけど昨日が実質フィナーレ感はある。Aさんと一緒に働けたことはとても良かった。良い経験にもなった。少なくとも3か月という短い時間の中で関係性もある程度残せることが出来たのは良かったんじゃないかな。
関係性を築くこと、接客が楽しいと思うこと。思えばこの2点に自分は重点に置いていたかもしれない。殊更に意識してきたわけではないけどこうして振り返ってみると自分が最初に受けてきたことを繰り返しているようにも思う。
10年以上前の20代後半に初めて飲食業に入った時、そんな自分を教えてくれた店長はとても丁寧で優しく導いてくれた。あの人のお蔭で自分はきちんとこの業界に馴染むことが出来たと思う。
最初に「誰が」関わったか。何に置いてもここがポイントになる。最初が良ければ、対象に対し前向きにもなれるし吸収率も上がる。ストレス耐性も多少向上すると思う。それは良い思い出や経験が心理的にサポートしてくれているから。
Aさんがここで過ごした3か月の中で笑ったこと、楽しかったこと、良かったことがストックとして溜まり、次の場所への補助になっていれば良いなと思う。
最初の段階で聞いてはいるけど次の作業所ではカフェが併設されており、そこで働くことで賃金もアップするらしい。
Aさんの幸せがどういうものであるか。どういったものであれそれに近づく選択肢を増やせたこと、自分が寄与出来たことがささやかな誇りと今は言える。
後1回あるけれどAさん3か月間働いてくれてありがとう。次の場所でもどうか楽しんでね。時間があれば遊びにも行くからね。