4.11 田中 克成講演会『超進化論の真実』
体験で、縁ある人を救う。
タナカツさんが、憧れの人からの言葉に
愚直に向き合ったように
この講演を聴いた私も、この言葉に素直に従うなら
田中 克成という人の、3時間に渡る話を聴いた私は
聴いた私の“体験”として
これをどこまで語れるだろう?と
気になった。
『自分の(未来の)可能性を諦めるな』
その意味
知識よりも強く、人を揺り動かすのは
誰かの体験から産み落とされる
リアルな言葉で
私だけの体験も、必ず
誰かの役に立つ。ということ
『体験が他者を救う』とは
真実なのだろう
体験した当人には
どんなに小さな体験だとしても。
私自身、かつて、少なすぎる情報の中で右往左往した。知識をたっぷり仕入れても、現実には役に立たないと感じることが多かった。
私が生きることが、家族の、大好きな人の幸せになるとは
とても思えない日々があった。
私が持っている(はずの)可能性を
見出せず
希望ひとつ持てなかった。
…決行を心に決めた“最後の一日”に
ずっと幸せだった!と気づいてしまう。
それは、とことん追い詰められた人だから観える景色なの?
思う通りのものを出したいから、出版社を立ち上げ
売れない(売る場所がない)から、本をリヤカーに積んで全国を周る
…わたしには到底考え付かない!けど、苦し紛れの一手のようにも見えるそれが
必ず次に、つながっている
『成功のバイオリズム』は、成功するための方法論と思い、必要とも感じずに、本を手に取ることもなかったが、要不要ではない、誰しもが持つバイオリズムなのね。
『何で俺を産んだ?』の一言…言葉は違えど、似たようなことを口走ったことがあるから、刺さる。
その、苦しく狭苦しい景色も見てきたからこそ、語れる体験なのだろう
聴衆全員を
『"イイ話を聴きにきた”だけのステージの人ではない』
と、やんわりと前を向かせるところは
“体験で、縁ある人を救う姿”そのまま。
そして、“番宣”と称して告げられた
『悦』が
過渡期をゼロにはしないが、限りなく少なくすること
3月、私が軽い気持ちで受けた『悦LIVE』は
今日聴いた『成功のバイオリズム』とセットだった。というオチ笑
彼憧れの、不良牧師の言葉が
成功のバイオリズムの図と、
『悦』と、
重なる。
おまえも歩いているうちに、どうせ余計なことを考え始めるだろう
(停滞期)
そのとき、おまえが見つめるべきは、おまえ自身の足下だ。
(活動期)
おまえの足下にあるその歩幅を積み重ねた先で、
(過渡期)
縁ある人としか出会わない。
(出会い=ブレイクポイント)
その縁あって出会った目の前の人に、本を売ろうとするんじゃなく、おまえがやってきた体験を語って救ってやるんだ。
(悦)
縁ある人へ語る、わたし自身の体験と
ジブン主体のよろこび『悦』
どのステージの人にも
次へ上がる為の材料は
用意されている
あきらめなければ。
写真は
こちら
よりお借りしました