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スパイラルライフへの歪んだ愛

Spiral Lifeという90年代前半に日本で活動していたロックユニットを、あなたはご存知だろうか。
メンバーは車谷浩司、石田小吉(現・石田ショーキチ)の2人。

私へ「この世界には"カッコいい音楽"というモノがある」と教えてくれた存在だ。彼らがいなければ、私はビートルズもバーズもフーもスマパンもマイブラも知らないままの人生を送っただろう。
先生であり、価値観や人格形成の基さえ、スパイラルライフで「私」という人間は出来上がった。それくらい、私にとって大きなものである。

然しいきなりファンの方々を怒らせてしまうような事を書くが、私は彼らの楽曲の中で本当に素晴らしいものは極めて少ないと思っている。ローティーンの時に夢中になって聴いていた魔法はもうとっくに覚めてしまっているのかもしれない。

それでも、スパイラルライフは私の心のド真ん中にいて、未だ燦々と煌めいているのだ。

時が経ち、色々とわかってきたことがある。全く共感されない不真面目なスパイラルファンの矛盾した戯言を、ちょっと聞いていただきたい。

スパイラルライフは、僅か3年弱(石田氏曰く本当は2年とちょっと)しか活動していないが、オリジナルアルバムを3枚残している。
しかしながらその内1枚も傑作と呼べるものは無いと言い切れる。そして私にはその理由がはっきりとわかる。

それは何故か。彼らは結成前に既に「完成されて」しまっていたのだ。

車谷氏の前身バンドBAKU解散決定後、Koji Kurumatani名義でリリースされたシングル『Blind/Love Flower』。
このふたつの曲があまりに完璧なのだ。

これは車谷浩司のソロ名義で発表されているが、制作は車谷氏と石田氏で行っている。即ちスパイラルライフである。石田氏のアレンジャー、プロデューサーとしての才能。車谷氏のシンガー、ギタリストとしての才能。2人の声の極上のハーモニー。全てが極めて高いレベルで溶け合っている。

結局、その後正式に結成されたスパイラルライフとは、大いなる蛇足でしかなかった。解散まで終ぞ2人がカチッとハマった「Blind」「Love Flower」以上のものは生まれなかった。これが私のスパイラルライフ評である。

それでも、スパイラルライフは最高にカッコいいのである。
矛盾してんなー。でも本当にそうなんだよね。

何故スパイラルライフはあんなにカッコよかったのか。それは一重に、「車谷浩司と石田小吉が並んでステージに立っている」絵面の美しさにある。

2人がギターを持ち、リードヴォーカルリードギターを入れ替えながら演奏していくスタイルは、今見ても死ぬほどカッコいい。語彙力を失ってしまう。
特に車谷氏のファッションセンスはずば抜けている。ボサボサのウルフカット、ガリガリに痩せた体、スカジャンだったりジャージだったり腰にシャツを巻いたり。これらは後に日本のバンドマンの典型的な雛型になった
(私はバンプ・オブ・チキンの藤原基央を初めて観たとき真っ先に、あのときの車谷君じゃん!と思った)。

そう、スパイラルライフとは実は正にライブバンドだったのだ。
そして皮肉なことにこの事実が、自ら「裏方気質だ」と語る石田小吉と、どこかカリスマ性があり天性のスター気質の車谷浩司との軋轢を、常に孕んでしまっていた。

でもだからこそ煌めいていたのかもしれない。

とは言うものの、楽曲単位では2人の個性が上手くハマっているものはいくつかある。
「100Miles」、「The Answer」、「20th Century Flight」くらいだろうか。「Another Day,Another Night」、「Game Over」、「Dream All Day」のシングルヴァージョンもそうかもしれない。
アルバム単位でいえば1stの『Further Along』がギリギリそれに当るのかもしれないが、単にこの頃はスタイルを探っている印象もある。

歌詞については2人共多大な影響を受けたであろうフリッパーズギターの足元にも及ばない。
というか若さ故に文学的哲学的になろうと意気込み過ぎて空回りしていると言っていい。

スパイラルライフ解散後、2人はAIR、Scudelia Electroとして別の道を歩み出すが、それぞれがスパイラルの呪縛から解き放たれたような傑作アルバムでデビューしたことも切ないが事実である(正確にはAIRは4曲入りEP)。
更に余談だが、AIR(車谷浩司氏)の3rdアルバムである『Usual tone of voice』は私の人生のベスト10に入る大傑作だ。

Googleフォームに「スパイラルライフ」と入力すると、上位に「パクリ」と表示される。
更に車谷氏なんて、AIRの初期時代、サニーデイサービスの曽我部恵一氏に音楽雑誌で「海外の要素をもっと気軽に取り込むバンドがいたっていいのに、AIRとかになっちゃうでしょ?…AIR(笑)」って露骨にバカにされている。←これ本当にクイックジャパンで言われてた

さて、長くなりました。これから本題に入ります(笑)。

確かに、スパイラルライフの楽曲は欧米のバンドからの露骨な引用が多い。ここまでわかりやすく引っ張ってくるバンドはなかなかいない。

でも、それの何がダメなの??って思う。

そりゃ著作権とかいろいろあるだろうよ。そんなの。
しかしポップカルチャーとはそもそも引用、言い換えればパクリの繰り返しで生まれ、成り立つものである。
憧れから無邪気に引用してしまうことは罪ではない。寧ろ当然のこと。
スパイラルライフは、元ネタがあまりにわかりやすい為に揶揄されるけれど、その結果素晴らしくカッコいいものを生み出している。

「Garden」?スマパンじゃん。「Dream All Day」?トラキャンじゃん。「Nero」?マイブラじゃん。

こういった言葉は、聞かなくていい。
そもそも本質を理解していない奴らが言ってるのだから。
2人がステージでギターを持ち演奏すれば、元ネタに勝るとも劣らない魔法がかかるんだよ。
そんでそんな魔法がかかるのは本物の証しなんだよ。
何処の誰が車谷氏のように美しくピョンピョン飛び跳ねれるんだよ。何処の誰が石田氏のように知的で繊細なアルペジオとコーラスをつけれるんだよ。言ってみろよ、オイ。

これが私の言いたいことの全て。スパイラルライフへの歪な愛の形だ。
(そしてこれは車谷氏の話になるが、完全なオリジナリティを遂に手に入れたと思ったらその代わりに精神を擦り減らし「Heavenly,Help me」「やあみんな、僕が見える?How are you,I'm fine」なんて歌っちゃうリアルは、残酷なポップカルチャーそのものだ)

スパイラルライフは永遠である。
私は死ぬまで、眠れない夜にシニカルドライブだし1000年先まで伸ばした手でレモネードにリボンをかける。

#spirallife
#スパイラルライフ
#AIR
#SCUDELIAELECTRO

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