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冬の向日葵(第4話)
「ポムの給食と真樹の休憩室」
*
ポムはその後も三日三晩、眠り続けて四日目の朝には目を覚ます習性を繰り返すようになったが、その他には特に異常は見られなかった。四日目の朝には目覚め少しは遅刻するが、学校へもちゃんと行けた。
もちろん、真樹はポムに時間を合わせていたら会社に遅刻してしまうから、毎日気がかりではあるが、普通に出勤していた。
「ポム、今日は四日目の朝だから目覚める日だね。時間割は揃えておいたよ」
真樹はまだ目覚めていない妹に話しかける。
もう、行かなきゃ。
真樹は、時計の時間を確かめてから、ポムの胸に耳を当てて、その鼓動を確かめた。
トクン、トクン、
「大丈夫、生きているよね。行ってきます!」
真樹は、そっとドアの鍵を閉めた。
*
朝の十時頃、ポムはようやく目を覚ます。
「くさ〜い!」と、自分で鼻をつまみながら、オムツを外してシャワーを浴びる。トーストを焼いて牛乳を飲む。歯磨きをして、ランドセルを背負う。
ポムはいつも、真っ直ぐ小学校には行かない。公園に寄り、野良猫をかまう。誰が落としたのか、四角いキャラメルを運ぶ蟻の行列をじっと眺める。
「まっ、いっか。給食に間に合えば」
誰に似たのか、ポムは、いたって呑気だ。
給食も、誰よりもお代わりをする。クラスの男子が、「ポム、少しは遠慮しろよ」と言う。ポムは負けじと、「仕方ないじゃん、私は給食三日分も食べてないんだよ」と言い返す。すると、クラスの女子が、「ポムは冬眠するから、まとめて食べるんだって」と、揶揄うように言うと、クラスのみんなが、ドッと笑う。
でも、中には優しいクラスメイトもいて、
「ポムちゃんはおなかが空いているのよね」とパンやデザートを分けてくれる女の子もいた。「ありがとう」と、ポムはニッコリした。
*
その頃、真樹は会社の昼休みで休憩室で弁当を食べていた。両親が交通事故で亡くなってから大学を中退して、真樹が小さな町工場へ就職して3か月が経とうとしていた。仕事は下請けでの電子部品の組み立て作業だったが、グループの中で不良品が出ると、なぜか、いつも真樹のせいにされた。
そんな時、真樹は昼休みの休憩室で同僚達から嫌味を言われるのが何より辛かった。
「あー、誰かさんのせいで、また主任から怒られちゃった!」と、グループのリーダーが大袈裟に肩を竦め、他の人が相槌を打つ。
「ホント、リーダーはツライですよねー」
同僚達は、みんな真樹よりは、十歳も二十歳も年上の人たちばかりだった。
「ねー、今日は真樹ちゃんに自販機でジュース奢って貰おうよ。罰ゲーム!」
「じゃあ、私はカフェ・オ・レで」
「私はオレンジジュースね」
と、みんなが口々に言うので真樹は慌てて、
弁当の箸を床に落としながら、財布の中の小銭を数えてみた。
足りるかな?
真樹がそう思った時、グループの一人が、
「バッカじゃないの?元女子大生のお嬢さんには冗談も通じないのかねー」と言い、みんなはクスクス笑った。
真樹が床に落とした箸を拾いながら、居た堪れない気持ちになった時、テーブルに置いてあったスマートフォンにLINEの着信音が響いた。見ると、大学の同期だった秀明からだった。真樹は、弁当もそこそこにスマホを持って、廊下へ出た。
大学を中退してから秀明と顔を合わせることも無かったが、真樹がアパートへ引越して間もない頃、真樹はポムと二人の弁当を買うために坂道の下の商店街へ行った。
「いらっしゃいませ!」
元気のいい声が、店内に響きわたった。
真樹がレジの人に向かって、唐揚げ弁当2つと頼むと、店員は、あっと息を呑んだ。
「あ、真樹ちゃん!」
「あら、秀明くん」
「どうしたのさ。最近、ちっとも大学で見ないから、心配していたんだよ」
「うん、私ね、大学辞めたの」
「大学を辞めた?じゃあ、みんなの噂は本当だったんだね。真樹ちゃんの姿、最近見ないと思ってたんだ」と、秀明は真樹の弁当の注文を聞くのも忘れて、そう言った。
「あ、唐揚げ弁当2つね」
と、真樹は明るく言った。
「はい、唐揚げ弁当2つ入りました!」
秀明は厨房に向かって叫ぶと、また真樹の方を見て話しかけた。
「あれ、俺、前からここでバイトしているんだけど、真樹ちゃん見るの初めてな気がするな」
「うん、最近、近くに引越して来たんだ」
真樹がそう答えると、店長が厨房の中から、
「おい、秀明!いつまで油売ってんだ。後ろで、お客さんが、つかえているだろう」
「あ、ゴメンなさい」、真樹は後ろの人に会釈して、身を引いた。
秀明は、時々、注文を取りながら厨房で弁当作りをして、「はい、唐揚げ弁当二つね、お待たせしました」と、真樹に手渡した。
真樹に弁当を渡す時に秀明は小声で、
「二つ、オマケしておいたからね」と囁いた。
後で秀明から聞いた話だが、真樹に唐揚げを二つオマケしたことは店長にバレていて、彼が、「その分、ちゃんとお金は払います。すみません」と謝ると、いつもは厳しい店長が意外にも、「今回はいいよ、良さそうな子じゃないか。おまえ、あの子に惚れているのかい?」と優しい顔を見せてくれたらしい。
そして、真樹が店長から唐揚げ弁当を買った時はいつもなぜか唐揚げが二個オマケに付いてきた。「いいよ、店長が好きでやっているんだから貰っておきなよ」と秀明はウインクした。
いまの真樹にとっては彼だけが、心の支えだった。両親が亡くなってからは、周りにいた友達も、何となく疎遠になってしまったから。
(第5話へ続く)
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