日々の感情と虚無感
本当の回復とは何か?日々の感情との戦い
「どうしてこんなに心が苦しいのか?」最近、そう感じることが増えている。自分の感情に対して過敏になり過ぎているのではないか、そんな疑念が常に頭をよぎる。周囲の人たちは「少しずつ良くなっている」と言ってくれるけれど、自分自身では本当に良くなっているのか、未だに自信が持てない。
今もモヤモヤした気持ちが拭えない。
確かに、去年や今年の前半と比べれば、いくつかの面で進歩は感じられる。でも、根本的な問題が解決できているとは思えないのだ。長年の鬱や、感情の浮き沈み(特に沈み)のパターン、漠然とした不安感は変わらず続いている。時折、「本当の自分って一体何なのか?」とさえ思うことがある。今の生活を見渡しても、目に見えるような不安要素は見当たらないはずなのに、それでも漠然とした不安と憂鬱感が日々の大部分を支配している。
一体、いつまで?
この漠然とした感情のもつれは一体、何に起因するのだろうか。精神科の処方薬が関係しているのか、それともただ単に処方薬の減薬による依存症が原因なのか。時々、胸の辺りが締め付けられるような痛みを感じるのは、それが原因だろうか。いつもいつも堂々巡り。それでも、早朝や昼下がりに太陽を浴びると、わずかに気持ちが楽になる瞬間がある。その短い時間だけが、唯一のリラックスのひとときだ。
また、支えてくれる友人や家族の存在があることは救いでもある。心の内を話せる限られた人たちがいて、彼らの支えがあるからこそ、なんとか前を向こうと努力できる。それでも時々は、いやほぼ毎日どうしようもなく苦しくなる。以前はできていたはずのことが、今では困難に感じられる。活字の本を読むこと、雑誌を眺めること、映画を観ること、そして人と会うことさえも、ハードルが高くなってしまった。
そもそも、本当に自分は双極性障害なのだろうか?最近では、それさえも疑問に思うようになってきた。でも、「回復したい」という願いは捨てたくない。寛解の経験が一度あるからこそ、その記憶がなおさら苦しみを強くする。「いつかは寛解できる」と信じながらも、それがいつになるか分からない不安が胸を刺す。今、noteに書いている瞬間も。
回復への道のりは長く、終わりが見えないことに時折絶望する。それでも、頑張らないといけない事に疲弊している。目の前の小さな喜びを見つけることから始めてみようと思う。回復は、たとえ一歩ずつでも前進することにあるのだと信じたい。
今日からノートと、ペンを用意して日々の心の動きを観察して記録をとるようにしようと思う。
続けれるからわからないけれど。良い事は必ず1日にあるし、その小さな良い事を記録しておく事は重要だと思う。
側から見たら恵まれている状況下にいると見えて、実際には心が病んでいて、見せないようにしているだけ。