見出し画像

「洋菓子店は暗殺者と戦う」第3話

【第3話】
血と硝煙と映え(3978文字)

○洋菓子店の店内(夜)

 営業時間終了後。売り場で片付けをしていた撃見。一人で店の外の夜道を眺めて、感傷に浸っている。

「撃見くん……」

 背後から何者かが近づき、撃見に声をかける。

「――――!」

 声に過敏に反応して、一瞬で振り返る撃見。

「俺の背後を取るとは……貴様、何者だッ!」

 撃見は腰を落として、警戒態勢に入る。

「ここのパティシエだよ」

 声をかけた女性は、洋菓子店のパティシエだった。調理コートを着た40歳くらいのオバサンは、呆れた顔で撃見を見ている。

○洋菓子店の厨房

 撃見は洋菓子店の売り場コーナーから、厨房に移動してくる。
 厨房内では佐藤が、パイプ椅子に座って考えごとをしていた。調理台の上には、この洋菓子店で売っていないスイーツが複数置いてあり、どれも見た目が派手なものばかり。

「夕食後のスイーツでも、迷っているのか?」
「あっ……! 撃見さん!」

 撃見の存在に気付いた佐藤は、微笑んで目線を送る。

「いま、映えるスイーツを考えていたんだよ」

 撃見と同じく売り場の方から来たパティシエのオバサンは、佐藤の隣にパイプ椅子を持ってきて座りながら言った。

「映える……だと?」

 怪訝そうな顔で、調理台の上に置いてある見た目が派手なスイーツを見る撃見。

「はい。昨今はSNSも浸透して、味だけではなく見た目の重要度が上がったんですよ」
「だから、私たちも見た目が素敵な新作スイーツを作ろうと思っていて……」

 佐藤の端的な説明に対して、撃見は「やれやれ」と言わんばかりに、肩をすくめる。

「ふっ……そいつは二流の考えだな」

 子馬鹿にしたような笑みを浮かべる撃見。

「そんなことないよ。味だけじゃない、見た目で楽しませるのだって大切なことさ」
「商品を買うときに、味が伝わるわけじゃないからね。見た目で買ってく客は少なくないよ」

 ムスッとした表情で、パティシエのオバサンが説明する。

「中身に自信がないから、見た目で補うのだろう?」
「じゃあ、食べて見なよ」

 調理台の上に置いてあったカラフルなマカロンを撃見に渡す、パティシエのオバサン。

「ふっ……見た目の映えじゃない。味の出来映えをみてやろう」

 撃見はパクッとマカロンを口に入れて、咀嚼する。目を閉じて、よーく味わう。

「これは──ッ!」

 カッと目を見開く撃見。身体がブルブルと震えだす。

「うまゃああああああいッ!!」

 撃見はまるで攻撃を食らったかのように、のたうち回る。

「とても濃厚な甘味ッ! サクサクとした生地ッ! 口の中を甘く彩っていくッ!」

 その表情は、恍惚といったようで非常に満足していた。

「そうか……間違っていたのは、俺だったのか」
「見た目で判断するなと言いながら、華やかなものは二流だと決めつけてしまっていた」
「味の評価など、食べなきゃできないはずなのに……」

 反省の涙を流す撃見に、冷たい目をする佐藤とパティシエのオバサン。

「キレイに手のひら返しましたね」

 佐藤が、ポツリと呟いた。

「佐藤……そして、パティシエのレディ!」
「ぜひ、この俺も“映えるスイーツ”を考えるミッションに参加させてもらえないだろうか?」

 ガバッと立ち上がり、二人に向かって頭を下げる撃見。

「もちろんです! 撃見さんはこのお店の大切な従業員の一員ですから!」
「一流の仕事人として、この依頼は必ず成し遂げてみせる!」
「一流って……あんたバイトじゃないか」

 拳を握って気合を入れる撃見に、冷静に突っ込むオバサン。

『こうして、撃見の“映えるスイーツ”と向き合う日々はスタートした!』

○撃見の家(深夜)

 洋菓子店の近くにあるマンションの一部屋。物が少ない寂しげな一室だが、ストックされた大量のお菓子とライフル、弾丸は異質さを放っている。

「映えるスイーツ……さっそく考えてみよう!」

 机の上にノートを開いて、ペンを握り向き合う撃見。
 腕を組んで、うんうんと唸り悩む。全くペンが動かない。

 一時間ほどが経過。露骨に疲れて、グタグタと椅子の背もたれに体重を預けている。机の上には、食べかけのチョコレートのお菓子があった。

 更に一時間ほどが経過。スイーツの特集がある雑誌を読んで、考えている撃見。険しい表情だった。机の上には、食べかけのスナック菓子が置かれている。

 更に一時間ほどが経過。夜が明け始めていた。撃見はSNSで映えるスイーツを検索して、思案している。かなり疲労困憊の様子。机の上には、食べかけのクッキーが置いてある。

○洋菓子店(朝)

 営業時間前。売り場の掃除をしている撃見に、佐藤が明るく声を掛ける。

「どうですか? 映えるスイーツのアイデアは浮かびました?」
「思いつかないッ!」

 頭を抱えて、膝から崩れ落ちる撃見。

「な…なぜなんだ! アイデアの引っ掛かりすら見えないぞ!」
「なんて過酷なミッションだッ!」
「あはは……難しいですよね」

 苦笑いしながら、奇行に走る撃見を宥める佐藤。

「見た目が派手という部分に着目して考えてみると、思いつくものは大抵、既に存在しているのだ」
「しかし誰も手を付けていない奇抜なものは、商品化が難しかったり……単純に変なものというだけだったり……」
「なんて難解なのだ! 映えるスイーツ!」

 撃見は床に拳を打ち付けて、悔しがる。

「たとえば、なんですけど……」
切腹最中せっぷくもなかって、知ってます?」
 人差し指をピンと伸ばして、佐藤が問いかける。

「なんだ、それは? 何も思いつかない俺に、腹を切って詫びろと言いたいのか?」
「そうじゃないですよ!」

 手を横に振って、慌てて否定する佐藤。

「新橋にあるお店が出している商品なんですけど、経営しているお店の場所が浅野内匠頭が切腹した場所にあるんです」
「だから、そんな境遇を利用して“切腹最中”って商品を作ったんですよ」
「凄まじいネーミングセンスだな」

 そんな説明を聞いて、撃見は少し引いた顔をする。

「でも、今では大ヒット商品になったんです。お詫びを伝える際の菓子折りとして人気なんですよ、切腹最中だけに、ね」

 佐藤はニッコリと笑いながら、説明を続ける。

「つまり、何が言いたいかというと……」
「他のお店の商品をリサーチするのもいいんですが、撃見さん自身の特徴を考えて反映するのも素敵なのでは?」

 撃見の頭の上に、ポンと手を置く佐藤。

「今回ばかりは、答えが自分の中にあるかもしれませんよ?」
 ハッとした撃見は、自分の胸に手を当てて考えてみる。
「自分、か――――」

 目を瞑って、自分の過去を思い出す撃見。

【回想開始】

○ホテルの一室

 ベッドの上に血まみれの死体がある。眉間に銃弾が当たっていた。

『8つのときに、はじめて人を殺した』

 死体を無表情で見つめる8歳の撃見。手には拳銃が握られていた。

○マンションの屋上

 静かにスナイパーライフルを構えている、十代の撃見。

『俺の人生は、血の味と硝煙の匂いがした』

 一切の感傷もなく引き金を引く。遠くで銃弾が当たり人が倒れる。

【回想終了】

○洋菓子店の店内

 回想前の場面に戻ってくる。

『そんな俺に、自分らしいスイーツなど考えつくのだろうか』

 撃見は目を開いて、店内を見回した。すると、焼き菓子が置いてあるコーナーで目線が止まる。

「これだ……!」

 とある焼き菓子を見て、目を丸くする撃見。

○洋菓子店の厨房(夜)

『翌日』

 営業が終了し、佐藤とパティシエのオバサンは厨房で片付けをしている。
 そんな中、売り場の方から自信満々の顔で撃見が歩いてくる。

「試作品を作ってきたぞ!」
「へ……?」

 自信ありげに宣言する撃見を見て、ポカンとする佐藤とオバサン。
「“映えるスイーツを創作せよ”と指令が下っていただろう?」
「もう考えたんですか!? ていうか、試作品!?」

 びっくりする佐藤を前に、撃見は持ってきた鞄の中からタッパーを取り出す。

「俺の人生は、いつもライフルが傍にあった。光に照らされるような道ではなかったのかもしれない」
「だが、そんな俺だからこそたどり着いた“映えるスイーツ”だ!」

 タッパーの蓋を開けて中を見せる撃見。

「これって……!」

 タッパーの中には、シガレットラングドシャがあった。しかし、通常の形状とは少し異なり、片側の先端が尖っている。また尖った先端付近には、茶色のチョコレートがコーティングされていた。
 その姿は、弾丸の形を模している。

「シガレットラングドシャの形状を弾丸のように変化させた商品!」
「名付けて、バレットラングドシャだ!」

 弾丸の形をしたラングドシャを見せる撃見。

「なんか……すごく撃見さんらしいね」

 佐藤が明るい表情で感想を言う。好印象だったようだ。

「作り方は簡単だ。シガレットラングドシャは、製作の過程で生地を棒に巻きつけることで形状を作る」
「だが今回は、棒ではなくコレを使って生地を巻きつけるのだ」

 撃見はポケットから弾丸の模型を取り出して、二人に見せる。

「弾丸の……模型?」

 まじまじと弾丸の模型を見る佐藤。

「ああ。それ以外の作り方は通常のものと変わらない。弾丸の模型については、こちらに用意があるから、コストも抑えられるだろう」

 撃見は生唾を飲んで、佐藤とオバサンに問いかける。

「どうだ……? 依頼は達成できたのか?」

 オドオドと聞く撃見に、佐藤は優しく微笑んで答えた。

「私はいいと思うよ!」

 佐藤が答えると、視線がオバサンに集中する。

「ま、いいんじゃないかい? コストが掛からないんだったら、試しにやってみても悪くないかもね」

 オバサンは少しぶっきらぼうに口角を上げた。

「この胸の高揚感――――!」
「長距離スナイプを完遂した気分だッ!」

 天に向かって、ガッツポーズして喜ぶ撃見。

『だが、この時は思いもしなかった』
『この商品を使って、刺客が大炎上を起こしてくるとは……』
『俺たちは、“映える”をナメていたのかもしれない』

いいなと思ったら応援しよう!