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「地球外生命体マーク」第1話


【あらすじ】(296文字)

 地球は宇宙人から侵略される危機に瀕していた。

 マークは、侵略を行う部隊で働く宇宙人。しかし彼は、侵略に乗り気ではなかった。
 なぜなら奴隷として扱われており、無理やり働かされているからだ。奴隷から解放されるには、大金が必要で仕方なく労働している。

 だが事件は前触れもなく起きた。
 マークが侵略するために降り立った地球には、なんとゾンビが発生していたのだ。

 しかし、彼はワクワクしてしまう。
 ゾンビという生き物は、侵略兵器として優秀だと気付いたから。ゾンビの技術を母星に持ち帰れば、きっと大金を手に入れて奴隷から解放されるだろう。

 宇宙人がゾンビの技術を手に入れるため、地球崩壊の謎を追う物語。

【第1話】
侵略された青い星(9959文字)

○真っ暗な暗い部屋

真っ暗で、周囲の様子が何も分からない部屋に宇宙人がいた。宇宙空間にて人型のシルエットが読者に向けて語りかける。
 意気揚々と自己紹介をする様は、かなり友好的にみえた。

「ご機嫌よう。地球の知的生命体たち」
「我々は、異星人だ」

 だが明るい雰囲気は一変し、敵意が剝き出しになる。

「唐突だが、我々は地球を侵略することにした」
「抵抗は無駄である。残念ながら“支配”は決定事項なのだ」

 読者に対して、指を差して告げた。

○宇宙空間

 宇宙空間を一機の宇宙船が飛んでいる。それは地球で開発されているような宇宙船とは異なり、円盤の形をしていた。

『侵略惑星「ルデイド」は100以上の惑星を侵略し、支配してきた』
『侵略に失敗したことはなく、目を付けられたら最後』
『圧倒的な力で駆逐する様は“最低最悪の惑星”に相応しいのだ!』

宇宙船は地球に向けて移動している。物凄いスピードで接近していた。

○宇宙船内

 宇宙船内の広々としたスペースに男と女の宇宙人がいた。男の座る椅子の前には、何やら小難しい機械が取り付けられている。また壁には大きな窓があり、宇宙空間を見渡せた。その窓の中には、青い惑星「地球」が映っている。

「侵略とか、かったりぃ~」

 男の宇宙人が、気怠そうに不満をまき散らす。その宇宙人は地球に住む人間と同じ見た目をしていた。薄汚れた安物の洋服を着た青年は、椅子の背もたれに体重を預けている。やる気がなさそうに足をブラブラと振って、欠伸をした。これから侵略に行くとは思えないほど、リラックスしている様子だ。

「なーんも面白くねえよ」
「でっけーことしたいなぁ……」

 頭をクシャクシャと搔き毟って、天井を見上げる。

「あの……マーク先輩。真面目にやりましょうよ。もうすぐ地球に着きますよ」
「これから、侵略しに行くんですよ?」

 気怠そうにしている青年宇宙人――――マークを呆れた顔で注意したのは、人型で女性の見た目をした宇宙人だった。しかし、その正体が地球人でないことは一目瞭然である。なぜなら、頭部にウサギのような耳が生えているからだ。

「侵略っていっても、先見部隊だぜ?」
「俺たちの仕事は、地球に降り立って暴れることじゃない。その前段階の調査を担当するわけだ」
「刺激が足りないと思わないか? シノエル後輩よ」

 ウサギの耳を生やした宇宙人――――シノエルへ不満を吐くマーク。
 シノエルはピンと姿勢を正して、行儀よく座りながら返答した。

「そんなことないですって。マーク先輩と違って、他惑星に行くというだけで緊張しっぱなしです」
「それは今回が初めての任務だからだろ?」
「何回も仕事してりゃ感動も薄まるぜ」

 マークは窓の外に見える地球を視界に入れて、続ける。

「この地球ってのも、大した惑星に見えないしな。機械兵による先行調査では文明レベルも低かったそうだ」
「土産話の一つでも、持って帰れりゃいいけどな……」

 マークとシノエルが会話をしていると、部屋の扉が自動で開いた。部屋の外から、人型のワニのような見た目をした宇宙人が入室してくる。ワニの宇宙人は目つきが悪く、派手な色の服を身に纏って、真っ黒な歯を剝き出しにしながら笑っていた。

「ゲゲゲゲ……調子はどうだ? シノエルちゃん」
「はい。チョチップさんの見立て通り、もうすぐ地球に到着します」
「ウーム、重畳だねえ~」

 ワニの宇宙人――――チョチップは下品な目でシノエルを見ながら、彼女に近づく。大きな手でウサギの耳を厭らしそうに撫でた。

「あの……やめてください」

 シノエルが不快な顔をして、顔を逸らす。ウサギ耳が縮こまって怯えているのが分かった。

「私は侵略兵先見部隊の隊長だぞ? 口答えしてもいいのかね?」
「いや……その……」

 困り果てて言葉を失うシノエル。
 そのとき「パリン!」という音がした。どうやら、マークが持っていたグラスが割れたようで床に水が散乱している。飛び散った水滴は、チョチップの派手な服に掛かって、布地が濡れていた。

「マーク・ダミアン・ナッツく~ん?」

 服が濡れた嫌悪感よりもマークに汚された不快感の方が強いらしく、湿った状態をそのままにマークへと接近する。
 マークの近くに立つと、思いきり彼の頭を殴り飛ばした。

「きゃああっ!」

 シノエルが口元を抑えて悲鳴をあげる。
 だが、チョチップの暴行は止まらなかった。殴られた衝撃で床に倒れたマークを足で踏みつける。

「すんません……」

 目を逸らして、適当に謝るマーク。

「マーク……自分の立場が分かっているのかね? 劣等種族の出来損ないが!」
「こうして働かれるだけでも厄介なのに、まだ迷惑をかけるつもりか?」

 力を込めてマークを蹴り飛ばすチョチップ。それでも、マークの寝ぼけたような顔は変わらなかった。

「すんません。気を付けます」

 マークは反省の色を示さずに、再度適当に謝罪をする。

「ったく……」
「今度ナメたことしやがったら、弟もろともブチ殺してやろうか」

 青筋を立てて悪態をつくチョチップの台詞に、今まで適当な反応しかしなかったマークの目が光る。鋭い眼光でチョチップを睨みつけた。
 場がヒートアップしてきたところで、シノエルが止めに入る。

「あの……! そろそろ地球に到着します!」
「着陸準備をお願いします!」

 怯えながらも言い放つシノエル。
 チョチップは仕方ないという顔をしながら、部屋を出ていく。

「ふん……! 地球に行ったらしっかり働いてもらうからな」
「ええ。全力で労働させてもらいますよ」

 チョチップの捨て台詞に対応してから、彼がいなくなったことを確認して立ち上がるマーク。殴られたり蹴られたりしたものの、身体が丈夫なようでピンピンしていた。

「あー、面白くねえな」

 マークが身体の調子を確かめるように、関節を動かしながら言った。
 そんな彼の姿を、心配そうな顔で見つめるシノエル。

「その、ありがとうございます。マーク先輩」
「別に……俺がミスして怒られただけだろ? 感謝することなんて一つもねーよ」
「お怪我は、大丈夫ですか?」
「俺は丈夫なんだ、心配ない」

 マークは零れた水や割れたグラスを片付ける。
 シノエルも心配してマークに気を遣いながら、片付けを手伝った。

「いつか、あのクソ上司ぶっ殺してーなぁ」
「ふふっ……そのときは私も一発だけ殴らせてください」

 明るい雰囲気で、上司の愚直を言い合った。

○地球。とある日本の田舎。その付近にある山の中(昼)

 日本のとある田舎。その近くにある山の中に、宇宙船は着陸した。
 あまり整備されている山ではないようで、無造作に木々が生い茂っている。
 宇宙船の入り口が静かに開くと、中からマークとシノエルが出てきた。

「わ……! ここが地球!」
「すごい……植物の繫殖が盛んですね」

 周囲を見渡して、感想を言うシノエル。彼女は初めての他惑星で緊張していたが、景色を見ると一変、瞳を輝かせた。
 そんなシノエルと対照的な反応だったのが、マークである。彼は何度も他惑星に渡航しているため、感動が薄い。欠伸をして、頭をポリポリと掻いた。

「こんな惑星山ほどあるっての……」
「刺激が足りねーぜ。面白い事件でも起きないかね」

 日光が眩しかったようで、マークが目を細める。

「ゲゲゲゲ……チンケな星だな」

 もう一人の隊員であるチョチップが、二人に遅れて地上に降り立つ。
 品のない笑いをしながら、辺りを観察していた。

「さて、隊員諸君。我々が地球に来た目的を覚えているな?」
「はい。侵略兵の本隊が来る前の偵察です。地球にいる知的生命体のスペックや戦闘力。数や文化レベルから、惑星の環境など様々な情報を入手することが、目的であります!」

 シノエルが律儀に姿勢を正して、チョチップの質問に答える。

「そうだ。素晴らしいぞ、優秀だなぁシノエルちゃ~ん」
「……ありがとうございます」

 厭らしい目を向けるチョチップに、怯んでしまうシノエル。

「というわけだ。侵略に有益な情報を持ち帰るために、お前らは少しこの辺を調査してこい」
「え? チョチップさんは行かないんですか?」
「私の見た目は地球人とは異なりすぎる。一方、君たちの容姿なら怪しまれることはないだろう」

 チョチップの命令に、ウサギ耳を撫でるシノエル。その耳は、明らかな宇宙人の証拠だ。

「ゲゲゲゲ……それに宇宙船を放っておけないだろう? 私はここで待機させてもらう」
「それじゃあ、諸君。検討を祈るよ」

 そう言い残して、チョチップは宇宙船の中に帰っていった。
 地上にマークとシノエルが取り残される。

「あのクソ上司……こき使いやがって。自分が動きたくないだけだろ」
「ですね……」

 二人はチョチップが帰った宇宙船の方に向けて、愚痴を言う。両者共に、表情が死んでいた。

「……行きますか、マーク先輩」
「そうだな、シノエル後輩。グダグダしてても退屈なだけだ」

 マークとシノエルはため息をついて、歩き出した。目的地は山の麓にある集落のようで、下山し始める。

「あーあ。刺激が足りねえな」
「なにか面白いことでも起こらないかね……」

 マークは気怠そうに言いながら、麓にある集落を眺めた。

○山の麓にある、集落

 その集落は豊かな自然と築年数の長い家が特徴的で、逆に言えばそれ以外の何もない田舎町だった。そんな田舎町を、マークとシノエルは、周囲を警戒しながら歩いている。

「なんか……地球人の一人もいませんね」

 帽子でウサギ耳を隠したシノエルが、辺りを観察して呟く。地球人に着陸してからというもの、一度も現地の知的生命体と出くわしていなかった。

「あーあ。刺激が足りねーよ。まさか、人っ子一人いやしないとはな」
「侵略ってのは、かったりぃ~ぜ」

 気怠そうに言うマークだったが、一応周囲を警戒しているらしく、物陰に気を配って目線を動かしていた。

「私としては、刺激なんてない方がいいですけどね」
「つまんねーこと言うなぁ……」
「逆にマーク先輩は、どうして侵略兵になったんですか? 刺激がなくてかったるいんでしょう?」
「別に、なりたくてなったわけじゃねーよ」

 マークの言葉に、首を傾げるシノエル。

「言ってなかったか? 俺は無理やり働かされている“奴隷”なんだよ」
「――――え?」

 息を吞んでびっくりするシノエルを気にせず、マークは話を続けた。

「まあ…昔に色々あってな。いつの間にやら、この奴隷ザマよ。ただ希望もあるんだぜ」
「大量の仕事をこなして金を稼ぎまくれば、いつかは解放されるんだとさ。だから、退屈だろうが上司に殴られようが、働かなきゃいけない」
「それは……」

 重苦しい内容を聞いて、シノエルは俯くしかなかった。しかし、当の本人は慣れっこのようで淡々と説明している。

「その……逃げようとは思わないんですか?」
「たとえば、今ここで逃亡すれば私はマーク先輩を捕まえられません」
「逃げろってか? やめとけよ。すぐに凍えるような温情なんてな」

 マークはシッシッと手を振って嫌がる。

「それに逃げようにも、惑星「ルデイド」で弟が人質にされてんだ」
「俺は侵略兵として、弟は兵器の製造工場にて汗水流して働かされてる」
「ウチの惑星らしいやり口ですね……」

 顔を歪めるシノエル。やり口に嫌気が差して、肩を落とした。

「だから、俺は刺激が欲しいんだよ!」
「任務が終わって惑星に帰ったら、弟に会わせてもらえるんだ!」
「そんで、色んな惑星に行った体験を話すと楽しそうにするんだよ!」

 マークは暗くなった雰囲気を吹き飛ばすため、両手を広げて声を張り上げる。

「弟さんと仲がいいんですね」
「そりゃあ、唯一の家族だからな! はやく帰って話したいぜ!」
「あいつに話したら喜ぶような、おもしれーこと起きないかなァ!」

 楽しそうにするマークを見て、シノエルも微笑む。
 しばらく、談笑しながら歩いていると奇妙な家を発見する。

「この家……壊れていますね」
「ああ。つっても、ここだけじゃねーな。周りの家も荒れてやがる」

 二人の目の前にある一軒家は、崩壊して瓦礫の山と化していた。そして、その周囲の家も倒壊まではいかずとも、壁にヒビが入っていたり、一部が崩れているなど荒れていた。

「まるで、争いがあったみたいだな」
「ちょ…怖いこと言わないでください!」

 シノエルは恐怖のあまり、冷静に観察していたマークにしがみつく。

「自然災害とか、他にも可能性があるでしょう?」
「……どうかな」

 マークがある一点を凝視して、立ち止まる。顔の緩んだ表情が一変し、引き締まった。

「――――ひっ!」

 小さく悲鳴をあげて、口元を抑えるシノエル。
 その視線の先には、地球人の死体があった。まるで、身体が腐ったようにボロボロで頭部だけが見当たらない。

「まさか地球人とのファーストコンタクトが、こんな形になるとはな」

 マークは落ち着いた様子で呟く。周囲に敵がいないか見渡すも、誰もいなかった。

「こ…これって頭がないですよね!? 地球人って、頭ありましたよね!?」

 一方シノエルは、怯えて身体を震わせる。辺りを警戒する余裕をなくしていた。

「面白くなってきたな」
「一度、宇宙船に戻ろう。少し慎重になった方がよさそうだ」

 ニヤリと口角を上げるマーク。
 しかし、頭部のない死体など始まりに過ぎなかった。
 超巨大な爆発音が、集落に響き渡る。

「ッ! なんだ!?」

 マークとシノエルは、両手で頭を守って身を屈めた。

「きゃああっ!」

 悲鳴を上げるシノエル。その爆発音の衝撃はとてつもなく、地面が揺れて二人の身体まで振動が伝わってくる。

「おい……シノエル! 山の方角だ!」

 振動が収まると、マークが山の方角を指差す。
 そこでは、煙がモクモクと上がっていた。どうやら、爆発は山で起きたらしく、生い茂った木々が燃えていた。

「あれって、私たちが来た山ですよね?」
「急ぐぞ! 何かが起きている!」

 マークは急いで走り出す。
 シノエルも彼の後に続いて山を目指した。

「退屈が死んだようだな」

 マークは大惨事の山を目視して呟いた。

○宇宙船を着陸させた山の中

 マークとシノエルは、山の中に着陸させた宇宙船の元へと戻ってくる。
 しかし、以前の木々の生い茂った綺麗な景色はなくなっていた。

「これは……」

 シノエルが絶望した顔で、その光景を眺める。彼女は、立ち尽くすしかなかった。

「宇宙船が、壊れてやがる」

 目の前に広がる光景は、まさに地獄だ。爆発を起こしたのは、宇宙船だったらしい。宇宙船はみるも無惨に破壊されており、火が上がっていた。辺りに破片が飛び散っており、爆発の大きさを体感できる。
 また周囲の木々にも火が引火して、燃え上がっていた。

「これじゃあ、惑星「ルデイド」に帰還できないじゃないですか……」

 シノエルはハッとして、マークのことを見た。弟が惑星にいることを、聞いていたからだ。

「その……マーク先輩……」
「とりあえず、今は原因を突き止めよう。敵襲だったら、帰るどころかここで殺されるぞ」

 マークの目には、真っ赤に燃えた宇宙船が焼き付いている。その光景を見ているようで、遠くにいる弟を想っていた。

「う……うぅ……」
「――――!」

 二人が声に反応して、一斉に目を向ける。
 そこにいたのは、二人の上司であるチョチップだった。

「た……たすけ……くれ……」
「チョチップさん!」

 シノエルが名前を叫んだのも無理はなかった。
 宇宙船から少し離れたところで、チョチップは全身から血を流して地面を這っている。爆発に巻き込まれたことが一目見ただけで理解できた。

「な…なにがあったんですか!」
「地球…人……俺のことを……噛んで……」
「噛む!? 地球人に襲われたんですか!?」

 駆け寄ろうとするシノエルを、マークが引き止めた。周りに生えていた大木が、大きな音を立てて倒れる。もし、彼がシノエルを引き留めていなかったら、直撃していたかもしれない。

「あ……ああ……」

 全身傷だらけのチョチップは、フラフラと立ち上がった。ゆっくりとした速度で、二人に向かって歩いてくる。

「チョチップ……さん……? 大丈夫っすか?」
「…………………」

 マークが怪訝な目をして、チョチップを見た。実際、チョチップの様子はおかしい。覚束ない足取りで、マークの問いかけに対応せずに黙ったまま歩いてくる。
 やがて、チョチップはシノエルの近くまでたどり着いた。しかし、まるで死んだような目をして口を開かない。

「チョチップさん……まずは止血した方が……」
「シノエル! 危ないッ!」

 マークの叫び声に、シノエルは救われた。

「う…がああああ」
「きゃあッ!?」

 朦朧としたチョチップが、シノエルに嚙みつこうと襲い掛かってくる。
 悲鳴を上げながらも、ギリギリのところでチョチップの肩を掴み、嚙まれないように顔を背ける。

「があ……ああああっ!」
「や…やめてッ!」

 チョチップの姿は、まるで猛獣だった。唾をまき散らして、シノエルに嚙みつこうと必死で口を開いている。
 チョチップはシノエルより、何倍も力がある。シノエルが彼を抑え続けることはできない。

「や…っ!」
「シノエル!」

 シノエルが死を覚悟して、目を瞑ったときだった。
 マークがチョチップを思いきり突き飛ばす。チョチップの身体は、抵抗する気力がないようにゴロゴロと転がっていった。

「あ…ありがとうございます」
「礼を言ってる場合じゃないぜ……」

 突き飛ばされて転がったチョチップは、ゆっくりした動いてノソノソと起き上がる。

「これは、なんなんでしょうか? 地球特有の攻撃を受けている……?」
「シノエルの知識の中に、似たような状況はあるか?」
「いえ。惑星「ルデイド」でも、機械兵による地球の調査時にも、このような状態になる攻撃は知りません」

 シノエルが暗い顔をして断言する。

「そうか……なら手遅れかもな」
「そんな……」

 マークの冷静な一言に、残念そうに呟くシノエル。
 そんな彼女に対して、マークは静かに下を向いた。表情が全く見えない。

「そうか……手遅れなのか……」
「マーク先輩?」

 俯いて呟く不審なマークに、シノエルが心配そうに顔を覗き込む。

「それじゃあ……しょうがない、よなァ?」
「――――!」

 覗き込んだマークの表情は、不気味に笑っていた。口が三日月のような形で喜び、眼光が鋭く煌めいている。

「うがああああああっ!」

 立ち上がったチョチップが、雄叫びをあげて二人に襲い掛かってきた。
 そんなチョチップに対して、逃げることなく、むしろ走り寄っていくマーク。

「ちょ…先輩!?」

 驚くシノエルを気にせず、マークは笑いながら走り続ける。

「ずっと、ムカついていた!」
「クソ喰らえな上司をぶっ飛ばせるなんて最高の土産話だぜ!」

 マークは、チョチップに近づき拳を振り上げる。

「おもしれーなァ! 地球ッ!」

 叫びながら、マークは拳を勢いよく振り下ろす。そのスピードは、目で追えないほど早く威力も凄まじい。
 チョチップの顔面に直撃して、彼の身体は地面に叩きつけられた。

「せ…先輩!? そんなことしても、いいんですか!?」
「逆になんでダメなんだよ! 理由はどうあれ俺たちを……つまり惑星「ルデイド」の侵略兵を襲ってきたんだ」
「こーいう脅威を対象すんのも、俺らの仕事だぜ!」

 マークはゲラゲラと笑いながら、チョチップをボコボコに殴っている。

「あーあー! 楽しいねえ!」
「うぜー上司をぶん殴るなんて、こんなに気持ちいい土産話はないなァ!」
「きゃあああああああッほおおおおおおおおう!」

 散々殴ったあと、最後の一撃とばかりにチョチップの身体を思いきり蹴とばすマーク。蹴られた身体が、数メートル後方に転がっていった。
 そんな光景を、シノエルは啞然として見ていた。

「ほんとに……こんなことして良かったんでしょうか。帰ったら怒られません?」
「助けられない脅威に侵されたんだ。現場判断でやむなしだな」
「っていうか……そもそも帰れるのかも分からねーしな」

 壊れた宇宙船を見る二人。とても、直せそうになかった。

「――――ん?」

 宇宙船を見ていたときだった。
 マークの足首が、不意に強い力で引っ張られる。

「な……っ!」

 マークの身体が、引っ張られて地面に倒れる。そこにいたのは……。

「チョチップ……これは……」

 ボコボコにされたチョチップが、地面を這ってマークの足首を掴んでいた。

「死……んで、ないですか?」

 シノエルが呟く。チョチップの身体は腐り落ちたように、全身がぐちゃぐちゃになっていた。首がへし折れて、腕や足が取れており、目玉は半分飛び出していた。ただでさえ、爆発をくらっていたのだ。そのうえ何度も殴られて、こんな肉体の状況になっても動いているのが、不思議だった。
 はっきりと生物を逸脱している。

「やば……!」

 チョチップがマークの足首を更に引っ張る。気が付くと、チョチップの大きな巨体に乗られるような形になったマーク。思わず、顔を歪めた。

「うがああああっ!」

 大きな口を開けて、マークに嚙みつこうとしてくるチョチップ。

「先輩!」
「くそ……くせえ……」
「こいつ……やけに噛もうとしてきやがる……」

 苦い顔をしながらも、ふと一つのセリフが頭によぎる。それは「地球…人……俺のことを……噛んで……」というチョチップの最後の言葉だった。

「まさか、嚙まれるのが攻撃のトリガーか!?」

 マークに嚙みつこうとしてくるチョチップをなんとか食い止めつつ、言う。

「や……嚙まれ……ッ!」

 チョチップの力を、マークは抑えきれなかった。大きく開いた口は、マークの首筋に近づく。

「――――!」

 死を覚悟するマーク。
 しかし……。

「あああああああああああッ!」

 そんな彼のピンチを、シノエルは救った。近くに落ちていた宇宙船の残骸を拾って、チョチップの頭に叩きつける。

「う…がっ!」

 チョチップの身体が、マークから離れた。
 その隙に、マークは体勢を立て直す。

「良かったのかよ、こんなことして。帰ったら怒られちゃうかもよ?」
「なに言ってるんですか!」

 シノエルはチョチップに、再び近寄る。そして、再度瓦礫を頭部に叩きつけた。

「クソ上司をぶっ殺すときは、私も一発だけ殴らせてくれる約束でしょう!?」

 何度も何度も、頭部に瓦礫を打ち付ける。

「それに、ほら。こうやって頭を潰せば、嚙まなくなりますよ」
「……一発どころじゃないんだが。もしかして、かなりストレス溜まってたのか?」
「はいっ」

 シノエルは満面の笑みで言った。

「おっかな……」
「マーク先輩に言われたくないです」

 笑い合う二人。チョチップの身体は、動かなくなっていた。

「もう、動きませんね」
「頭が弱点なのか?」

 動かなくなった死体を観察して、言う。

「でも、このあと……どうします? 宇宙船が――――」

 シノエルの言葉は、あるものを視界に捉えて止まってしまった。

「………………………おいおい」
「こりゃ、地球人じゃねーか」

 数十人の地球人が、チョチップと同じような虚ろな状態になっていた。身体はボロボロで、明らかに死んでいてもおかしくない。
 森の奥から現れた地球人は、ゆっくりと歩いてくる。

「チョチップがああなったのは、地球人の攻撃じゃ、なかった……?」
「ああ……もしかしたら、あちらさんにも不測の事態なのかもな」
「どうします? 宇宙船もないし、これってピンチじゃ……」

 にじり寄る地球人に警戒する二人。

「ふ……ふふっ」

 こんな状況にも関わらず、マークは楽しそうに笑った。

「何言ってんだよシノエル。どう考えても、チャンスだろ?」
「へ?」

 虚を突いた発言にポカンと口を開けるシノエル。

「だって、そうだろ?」
「頭部を破壊しない限り、生物を襲い続ける攻撃……」
「これって、最高の侵略兵器じゃねーか!」
「――――ッ!」

 ゲラゲラと笑いながらも言うマークに、シノエルは驚いた。

「この攻撃を研究して、兵器利用可能な状態で持ち帰りゃ……きっと一攫千金だぜ?」
「そして、俺も弟も奴隷から解放だ――!」
「そ…そんなこと……」

 意気揚々と地球を見ながら言うマーク。
 シノエルは、正気を疑って戸惑っていた。

「やるんだよ、俺たちで! 侵略惑星に、この技術で革命をもたらす!」

 拳を握って、地球人たちを見つめるマーク。

「しばらく、世話になるぜ地球」
「この現象を調べて、手に入れるぞ!」

 襲ってくる地球人に、マークは拳を固めて笑顔で向かっていった。

○東京タワー周辺

 東京タワーの近くに、たくさんの虚ろな目をした地球人は歩いている。
 街は崩壊しており、めちゃくちゃになっていた。

『宇宙人たちが侵略しにきた地球という惑星は…』
『既に、奴らに侵略されていたのだ!』

 まともな人間は、一人も確認できない。

【第2話】
はじめまして、地球人(3972文字)

【第3話】
東京タワーへ侵略開始(3984文字)

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