見出し画像

「ゴミヒーロー」第1話


【あらすじ】(280文字)

 世界はゴミだらけだった。
 環境問題が悪化して、惑星は危機に瀕してしまう。

 そんな時代に、ゴミの中から産まれた一人の化物――――ゴミ怪人。
 彼は人間に虐げられながら、必死に生きている。

 だからこそ、ゴミ怪人には夢があった。
 ゴミだらけの世界全てを掃除して綺麗にすることだ。そうすれば、汚い自分のことも、いつか認めてくれるはずだと。

 だが、ゴミ怪人が世界を掃除していくにつれ、とある事件に巻き込まれていく。それは、汚れた世界の真実と危機に関するものだった。

 ゴミだらけの世界で、ゴミ怪人が掃除をしながら世界の秘密に迫り、戦っていく――――環境問題&ヒーロー物語。

【第1話】
ゴミ世界(9983文字)

○街中(夜)

『数年前』
『人口過多の末、世界中にゴミが溢れかえった』

 人工物ばかりの街に、道に大量のゴミが散乱している。ゴミをポイ捨てしている人もいた。

『人工の化学物質により、オゾン層が壊れ…』
『生態系・環境・生活……様々なことが変わってしまう』
『そんな中で、ヤツは産まれた』

 中身が詰まったゴミストッカーが激しく揺れている。

『ゴミの中から、産まれたのだ!』

 ゴミストッカーの蓋が開かれると、中から怪物が現れた。
 見た目は醜悪。人型だが、ゴミの集合体で作られた身体と真っ黒いゴミ袋を頭部に被ったようなデザインは汚らしい。頭のゴミ袋には、目玉や口が付いており、ギョロリと不気味に動く。

「ギアアアアアアアアアアッ!」

 満月を見上げながら、怪人が吠えた。

○工場地帯付近にある住宅街(暗い昼)

『数年後』

 ボロボロの建物が並ぶ街。
 数年前よりもゴミは減っているものの、未だにゴミが散乱している。
 また昼だというのに空は暗かった。とはいえ街灯が至る所に設置してあり、街自体は明るい。
 家電量販店にあるテレビには『人工衛星、また失敗』というニュースが流れていた。

「すぅ」

 山中川工業と書かれた作業着を着る男が、タバコを吸って歩いている。
 煙を吐くと、吸い殻を道端にポイ捨てしてしまう。

「おい」

 背後にいたフードを被った誰かが、ポイ捨てされたタバコを拾う。

「あ? なんだよ?」

 男が振り返ったと同時に、強烈な風が吹いた。誰かが被っていたフードが風で捲れる。

「タバコ……」

 フードを被っていたのは、頭部がゴミ袋で形成されている怪人――ゴミ怪人であった。

「かッ、怪人だああッ!」

 男は怪人に恐怖を感じ、尻もちをついて叫ぶ。

「きゃああああ!」
「はやく逃げるんだ!」
「汚らしい! 殺さないでぇ!」

 叫び声を聞いた通行人たちはゴミ怪人を見て、阿鼻叫喚になる。全員が遠くに走って逃げてしまった。
 誰もいなくなった街で、吸い殻を握りしめるゴミ怪人。

「ポイ捨ては、いけないぞッ!」

 ゴミ怪人は陽気な態度で、吸い殻を握り潰した。
 周りには誰もおらず、反応はない。少し寂し気な表情をしてから、元気に笑い出す。

「ギャハハッ! 全くぅ! ダメじゃねえか! 昨日も掃除したってのに、こんなに汚れてやがるぜ!」

 道に散乱した、たくさんのゴミに向けて喋りだす。

「俺ってヤツは、綺麗好きなんだぜ……ゴミ怪人だけど!」
「つまり、こんなに汚れてちゃあよぉ。掃除……しなきゃいけねえよな?」

 全身に力を込めて唸るゴミ怪人。すると、周囲に散らばったゴミがカタカタと揺れ出していく。

「おりゃあッ!」

 バッと両手を空に挙げると、落ちていた全てのゴミが宙に浮かび上がる。

「紙くずは燃えるゴミ! レジ袋はプラスチック! 新聞紙は……リサイクルできるぞ!」

 ゴミが怪人によって操られて、宙を舞って分別されていく。燃えるゴミ、燃えないゴミなど分類ごとに一か所に集められ、整理されていった。

「ったく、相変わらずゴミが多い世の中だぜ!」
「ま、これでも俺が産まれたときよりマシだけどよ」

 ゴミ袋の形をした頭部に、手を突き立てて内部にズボリと侵入する。頭の中を搔きまわすと、内部にある数枚のゴミ袋を掴み、頭の中から取り出す。

『数年前。オゾン層が破壊され、史上最悪の環境になったとき』

 ゴミ怪人は数枚のゴミ袋を広げて、分別されたゴミを入れていく。

『政府は街中に散乱する、多くのゴミを回収した』
『しかし、簡単に人間の意識は変わらない』

 掃除を終えると、幾つものゴミ袋を周囲に浮かせて街を歩き出す。

『未だに、ゴミは街中に捨てられていた』

 しばらく歩くと、川沿いに辿り着く。ゴミ怪人は川の景色を見て顔をしかめた。
 川には多くのゴミが捨てられており、汚れていたからだ。

「しゃあねえ! 掃除すっか!」

 川の近くに寄って、ゴミを操る能力を使用する。捨てられたゴミが宙に浮いて、次々と集まる。

「分別! 分別ッ!」

 周囲の掃除を終えるゴミ怪人。
 しかし、まだ川上の方に多くのゴミが捨てられている。

「ギャハハッ! やりがいがあるじゃねえか! 受けて立つぜ!」

 ゴミ怪人が額の汗を拭いながら、川上に向かって歩き始める。

『この惑星中を綺麗にするまでに、いったいどのくらい時間が掛かるのだろうか』

○川沿い、川上

「おいおい! めちゃくちゃ綺麗になったじゃねえかァ!」

 ゴミが散乱していた川は、とても綺麗になっていた。

「周りが綺麗になると、心まで綺麗になった気分になるなァ!」

 晴れやかな顔で喜ぶゴミ怪人。周囲には何十ものゴミ袋が浮遊していた。

「お願いします! これ以上川を汚さないでください!」
「ん?」

 遠くから声が聞こえる。
 気になったゴミ怪人は、声の方へそろりと歩いて行く。

「政府のゴミ回収施設まで行くのに、何時間掛かるか知っているかね? 皆そこらに捨てているじゃないか」

 声の主は、川沿いにある大きな工場の前にいた。小太りのおじさんと青年たちが言い合いをしている。
 おじさんは作業着を着ていた。周囲で銃器を構えている男たちも、同じ服装である。
 一方青年たちの服は、皺やほつれが目立つ汚れた服装だ。

「で、でも! 数年前に環境が悪化してから、水や食料が不足しているんです! あの川が汚れてしまうと困ります! だからお願いです! 山中川さん!」

 近くには川があった。その付近に大量のゴミが積まれたトラックが複数並んでいる。

「ぷはぁ」

 小太りのおっさん――――山中川は、見下すような顔でタバコを吸っている。タバコの煙を青年に吹きかけた。青年が咳き込むと、満足そうに笑う。

「君を含めた川の恩恵を受けている住民たちって、私の会社の系列店だろ?」
「文句を言っていいのかね? 最近、イラついているんだよ?」

 山中川が手を挙げると、作業着を着た人間が銃を構える。

「ほら、最近、人工衛星が大破しただろう? あれは我が社も開発に関わっていてね。全く、腹正しいったらないねえ?」
「……くっ」
「私が良ければいい。この理屈を通すのが権力の力だよ?」

 下品な笑みを浮かべた山中川は、ゴミを積んだトラックに手を振って合図を送る。
 トラックが川の傍まで動いた。

「あのオッサン……川にゴミを捨てる気か!?」

 物陰に隠れていたゴミ怪人は、急いで彼らの下に飛び出す。膝を大きく曲げて数十メートルジャンプし、山中川の前に着地した。

「ちょっと、待てえーーいッ!」

 ゴミ怪人に恐れおののく青年たちは、怖がりながら距離を取って身構える。
 山中川工業のスタッフは狼狽えず、怪人に銃口を向けた。

「怪人……ゴミ怪人か……」

 山中川はゴミ怪人を舐め回すように観察する。

「おい! オッサン! 川にゴミを捨てちゃいけないって知ってるか!」
「川にゴミを捨てたら、そこに住む生物に害をもたらすんだ! 良くないことだぜ!」

 ゴミ怪人がビシッと指を差して文句を言う。

「怪人が……ましてやゴミの怪人が何を言っているのだね? ジョークとしても、面白くないねえ?」
「冗談じゃねえよ。俺はこう見えても綺麗好きなんだ! 川を汚すことは、許さんぞ!」
「ぷはぁ……そうかそうか。わかったよ」

 山中川はタバコの煙を吐いて、手を挙げて合図する。

「そうか、分かってくれ――――ッ!」

 バンッ! という音が響く。
 それは銃弾が発射された音だった。

「え……?」

 ゴミ怪人は、自分の腹を抑える。そこには紫色の血が流れていた。痛みでその場に倒れてしまう。

「怪人の言うことなど、聞くはずがないだろう? 社会のゴミが……!」

 山中川は笑いながら手を振って、トラックに合図を送る。トラックの荷台が斜めに動いていく。

「ばか……やめっ……」

 荷台が完全に傾き、ゴミが川に転げ落ちていく。

「やめろおおおおおおッ!」

 吐血しながら叫ぶゴミ怪人。だが次々と川へ大量のゴミが捨てられていく。周囲の青年たちは目を瞑り、悔しそうに歯を食いしばった。
 水飛沫を上げて川に大量のゴミが流れ出す。

「……あ……きれいに……した、のに」

 ゴミ怪人の瞳は徐々に虚ろになり、気を失う。

「ゴミと一緒に捨てておけ。それも同類だろう?」

 山中川はタバコの吸い殻を、ゴミ怪人に向けて捨てた。

「はッ!」

 山中川工業の人間たちは、ゴミ怪人を川に投げ捨てる。
 ゴミ怪人は大量のゴミと一緒に、川へ流された。

【回想(数年前)】

○ゴミだらけの街、路地裏(夜)

「汚いんだよ! ゴミ怪人が!」
「くっせえな! 死んじまえ!」

 路地裏にて、若者二人がゴミ怪人を蹴っていた。
 ゴミ怪人は涙目で助けを求めるも、返ってくるのは罵声と笑い声だけ。

「ゴミは、ゴミ箱にッ!」

 脇腹に強烈な蹴りが入る。身体は地面を転がり、ゴミ袋が積まれた区域に激突する。ゴミ袋の山が崩れ、ゴミ怪人に降り積もると、若者たちはハイタッチをして去っていった。

「ぅ……」

 ゴミ怪人は呻き声を上げ、よろよろと立ち上がる。

「俺って、そんなに汚いのかな……蹴られなきゃいけないほど、ダメなのかな……」
「なら……!」

○人のいない公園(深夜)

 その公園の敷地内には、ゴミが散乱していた。
 公園にある水道を使って、身体を洗うゴミ怪人。汚れた身体が綺麗になる。

「おおっ! 綺麗になるって気持ちいいな! ギャハハッ!」
「よしっ! だったら!」

 身体を綺麗にしたあとに、公園のゴミも片付ける。能力を使い、ゴミを浮遊させて集める。汚くて遊べなかった公園が綺麗になった。

「すげーーえ! 遊べるじゃねえかよ!」

 ゴミ怪人が陽気にブランコで遊んでいると、酔った大人たちが通りかかる。

「あ! おい! 見てくれよ! 俺も公園もこんなに綺麗になったんだぜ! だから、あそ――――」

 気さくな態度で、大人たちに喋りかけるゴミ怪人。

「うわああっ! 怪人!?」

 すると、びっくりした大人の一人は、持っていた鞄でゴミ怪人の頭部を思いきり叩く。
 衝撃でよろけて倒れるゴミ怪人。

「おらぁ! なんだよ、怪人弱いじゃん!」
「あはは! 俺にもやらせてくれ!」

 酔った大人たちは、楽しそうにゴミ怪人をボコボコにする。

「なんで、きたないって、いうから、おれ……!」
「怪人っていうのは、生きてちゃダメなんだよぉ!」
「――ぐ!」

 強烈な蹴りが、ゴミ怪人の頭を襲う。額から紫色の血が流れた。

『この世界では、要らないものをゴミと呼ぶ。俺は産まれたときから、要らないものだった』
『つまり、ゴミなのだ』

 何度も攻撃されるゴミ怪人。涙を流し、虚ろな目で夜空を見上げる。

『生きていることが、間違いなのだろうか?』
『処分されるべき存在なのだろうか?』

 酔っ払いの大人たちは「怪人をやっつけたぞ!」と楽しそうに肩を組み、去って行った。
 辺りにはお酒の缶やおつまみが散乱している。彼らが捨てていったのだ。
 ゴミ怪人は震えた膝を抑えて、立ち上がる。紫色の血を流しながら、散らばったゴミを拾っていく。

「ギャハハ……これくらい、なんてこと、ないぞ……」

 朦朧としながらも、掃除をする。

『世界が俺のことを要らないって言うのなら……自分の価値を証明してやる!』
『いつかきっと! この惑星中を綺麗にして、認めさせるんだ!』

【回想終了】

○川沿い、川下(夜)

 ゴミと一緒に捨てられたゴミ怪人は、川下に流れ着いていた。

「痛っ」

 ゴミ怪人は痛みで顔を歪めつつ、起き上がって川を眺めた。

「…………」

 綺麗にしたはずの川が、ゴミだらけになっている。

「……ずっと、こうだ」
「人間に虐げられて、街も綺麗にならない」
「掃除しても、掃除しても、誰かが汚すんだ」
「俺も、この惑星も、汚いままだ」

 涙を流すゴミ怪人の身体は、ゴミや泥で汚れていた。

「……ぅ……ぅぅ」

 それでもゴミ怪人は立ち上がり、能力を使う。川にあるゴミを能力を使って綺麗にしていった。川上までゴミがあるので、トボトボと歩いて掃除する。
 川は、徐々に綺麗になる。

『しかし、いくら綺麗にしても……』

○川沿い、川下(夕方)

『翌日には汚れてしまうのだ』

 川は再び、ゴミで溢れかえっていた。その光景を見て、ゴミ怪人は膝から崩れ落ちる。

「昨日やったことが、無意味じゃねえか」
「もう……」

 そのとき、グアと鳥の鳴き声がした。川の近くで、小鳥が油まみれになって悲鳴を上げている。

「……! ど、どどどど! どうしよう!」

 小鳥を手のひらに乗せて、足をジタバタと動かして焦る。

「まずは、身体についた汚れをあ……」

 一瞬の出来事だった。
 小鳥は命を失い、手の中でコトンと倒れた。

「………………」

 小鳥の死体をジッと見つけるゴミ怪人。目には涙が溜まっている。
 川を見ると小魚の死体が浮いていた。
 川にゴミがたくさん流れている。
 ゴミ怪人は何も言わずに、涙だけ流して掃除をした。

『毎日』『毎日』『毎日』『毎日』『毎日』『毎日』『毎日』『毎日』『毎日』『毎日』『毎日』『毎日』『毎日』『毎日』『毎日…』
『俺は、川の掃除を続けた』

 川の掃除をするゴミ怪人。日を重ねるごとに、ボロボロになっていく。

○川沿い、川下(夕方/豪雨)

 その日は、大雨で川が荒れていた。

「はぁ、はぁ……」

 大雨がゴミ怪人の身体を襲う。それでも汗を流して掃除をする。

「うわぁ!?」

 濡れた地面に足を転んでしまう。ゴミ怪人の身体が泥だらけになる。

(ああ……もう……)

 倒れたまま川を見る。未だにたくさんのゴミが流れている。

(これは、無理だ……)

 絶望して目を瞑り、意識を失った。

○川沿い、川下(夜/晴れ)

 一時間が経過し、雨雲が消えていた。
 ゴミ怪人は大量の汗を流し、目を覚ます。

「――――!」

 寝ているゴミ怪人の身体に、毛布が掛けられていた。しかし、毛布より気になることがあり、啞然とする。

「なんで、川が……」

 今日は掃除をしていないのに、川が綺麗になっていたのだ。

「綺麗に……なんで……」
「起きたか、怪人さん!」

 後方から青年に声をかけられる。その青年は山中川と言い合いをしていた男だった。

「っ!?」

 ゴミ怪人の身体が飛び跳ねる。

「…………えっと」

 若者や酔っ払いの大人にリンチされたこと。怪人だとバレたら人間が悲鳴を上げて逃げ去ったこと。人へのトラウマがゴミ怪人の頭に浮かんでいく。

「大丈夫? 怪我はないかい?」

 だがそんなゴミ怪人に、青年は気さくに話しかけてきた。

「え……?」
「倒れてたから、怪我でもしたのかなって、思ってたんだけど……」
「…………」

 ゴミ怪人はポカンと口を開けて言葉を失う。

「あの、怪人さん?」
「なんで……」
「俺みたいな、怪人に、そんな気さくに……」

 暗い顔をして俯くゴミ怪人に、青年は明るい表情で頭を下げた。

「川の掃除を、毎日やってくれて本当にありがとう!」
「なんで、それを……」

 青年を見つめて、戸惑うゴミ怪人。

「この近くの住人は、皆知ってるよ。毎日、掃除してくれてたんだもん!」「……そして、ごめん! 本来は、ここに暮らす俺たちが掃除するべきだったんだ」
「自分たちで、やらなきゃいけないことを押し付けていた」
「だから、これからは一緒に掃除させてほしい!」

 青年は川上の方に目を向けた。ゴミ怪人も、同じ方向を見る。

「――――!」

 そこでは大量の人間が、川に流れているゴミを拾っていた。
 怪人は思わず息を吞む。

「俺は、嫌われ者の汚い怪人なんだぜ? いいのかよ?」
「俺たちは自分の住んでいる土地も掃除できない、最低な人間だった。けど、一歩進むために……」
「『怪人だから』とか……。そういう気持ちを、まずは捨てることにしたんだ」
「それに、汚いのは努力の証だよ」

 優しく微笑む青年に、ゴミ怪人は自然と口角が上がった。

「……ギャハハッ! そうかそうか! ならば、掃除のイロハを叩きこんでやろう!」
「是非、お願いするよ」
「ギャハハッ! よーし! いい根性だ! まずは、ゴミの分別について教えてやる!」

 腕をブンブンと回して、川上に歩いて行くゴミ怪人。青年は駆け足で後を追った。

○川沿い、川上(夜)

 川は再び綺麗になった。川の近くで、ゴミ袋が何十袋も積み重なっている。
 掃除した綺麗な川を眺めながら、ゴミ怪人は青年と談笑していた。

「ギャハハッ! すっげえ綺麗になったなあ!」
「うん、見違えたよ。綺麗にして、よかった」
「でも、この景色も明日には元通りなんだよね……けほっ……」

 青年は苦しそうに咳き込んだ。

「おいおい、大丈夫か? 久しぶりの掃除で、へばったか?」
「あはは……というよりも、水質の問題かな」
「俺らは金がないから、この川の水や住んでいる魚を頼りに生活してるんだけど……山中川が川にゴミを捨てることで水が汚染されてさ。体調を崩す者も少なくないんだ」
「へえ……」

 ゴミ怪人は小鳥や魚の死体を思い出す。

「住民全員がゴミを不当に捨ててるわけじゃない。どれだけ皆の意識が変わっても、大元の人間がいる限り、状況は変わらないんだ」

 青年は綺麗になった川を、寂し気に眺める。

(あのオッサンが、いなければ)
(でも……)

 ゴミ怪人は銃で撃たれたことを思い返す。気がつくと、膝が震えていた。

「この景色が守れたらなあ……」

 青年の涙をこらえる表情を見て、ゴミ怪人は拳を握りしめた。

「俺も、同じだ」

 ゴミ怪人は震えた膝を拳で殴って、無理やり振動を止める。

「なあ、集めたゴミ……貰っていいか?」
「え? どうして?」
「ゴミを処理しにいくのさ」

○山中川工業、社長室(夜)

 豪華な部屋で、山中川がタバコを片手に一服していた。

「なんじゃあ?」

 机の上にある電話が鳴り、山中川は受話器を上げる。

「すみません。ゴミの件で、社長を呼べと直談判しに来た者がいまして」

 電話から男の声が聞こえる。

「あ? 誰じゃ?」
「ゴミ怪人です!」

○山中川工業の建物、入り口(夜)

 山中川工業の入り口で、ゴミ怪人は銃を持った男と向かい合っていた。

「川を汚染したことで、住民にも被害が出てる! オッサンと話をさせてくれ!」

 銃を持った男は、耳に手を当てて連絡を取っている。

「社長からの伝言だ」
「会ってくれるのか!?」
「怪人を始末しろ、だそうだ」

 男はゴミ怪人に向けて、銃を構える。

「そっか、なら……」
「――ぐばっ!?」

 しかし銃を撃つ暇はなかった。能力で遥か上空に浮いていた何十ものゴミ袋が、勢いよく男に降り注ぐ。
 男は衝撃で意識を失い、その場に倒れた。

「掃除の時間だ」

 閉まった扉を、怪人の力で無理やりこじ開ける。ゴミ袋を身体の周囲に浮遊させながら、工場内に侵入すると警報が鳴りだした。

「侵入者だ!」
「ゴミ怪人を殺せ!」

 数人の男が、ゴミ怪人に気が付いて銃を撃ってくる。

「お前たちが川に捨てたゴミだ!」

 ゴミ怪人は飛んでくる銃弾を、浮遊したゴミ袋で防御し身を守った。

「返すぜ!」

 さらに、男たちへ無数のゴミ袋が飛来する。男は袋を破壊しようと、銃弾を撃ち込む。
 だがゴミ怪人が指を鳴らすと、一つのゴミ袋が中身をまき散らして破裂した。男が猫だましをされたように怯む。その隙に視界の外にある、別のゴミ袋が男の頭を吹っ飛ばす。

「ギャハハッ! どこだァ山中川!」

 建物内を走っていると、社長室と書かれた部屋を見つける。
 扉をこじ開けると、中で山中川がタバコを吸っていた。

「随分と騒がしいねえ?」
「やい、オッサン! 川にゴミを捨てるのを止めてくれ! 川の生き物も住民たちも……皆、苦しんでる」
「…………」
「答えてくれよ。お前は人間か? それともゴミ野郎か?」

 山中川は煙を吐いて、灰皿でタバコの火を消す。

「ぷはぁ。どんなに良質なものでも……」
「必要がなくなれば、ゴミになる」

 吸い殻を捨てて、言った。

「つまり、私にとって住民はゴミなんだよ? 怪人くん?」
「心まで汚くなったら、終わりだな!」

 ゴミ怪人の周囲を浮遊していたゴミ袋が、山中川に襲い掛かる。

「汚ねえのは、お前だろうがッ!」

 ゴミ袋による攻撃は、効かなかった。
 なぜなら山中川が飛んできたゴミ袋を、簡単に弾き飛ばしたからだ。

「っ!?」
「我が社は銃器から人工衛星まで様々なものを作っている」

 山中川が服を捲って、中に着ているものを見せる。

「なんだ……?」
「これは山中川工業作、怪人対策用パワードスーツ! 圧倒的な力と防御性能を誇る我が社の傑作だ!」

 山中川は身体にぴっちりと馴染んだ、金属製のボディスーツを着用していた。

「嬲り殺してあげようねェ?」

 怪人以上の身体能力で襲い掛かる山中川。

「やばッ!」

 ゴミ怪人は身を屈め、拳を避ける。だが、山中川の追撃が早い。
 どうにか宙に浮いたゴミ袋を破裂させて、目くらましをして攻撃から逃れる。

「ちっ」

 舌打ちする山中川。
 そんな隙を狙い、飛んできたゴミ袋が山中川に直撃する。
 ……だが。

「攻撃が効かない!?」
「言っただろう! 防御性能も優れていると!」

 ゴミ怪人に山中川の拳が直撃した。身体が部屋の外まで転がっていく。

「……ぐっ、がはッ!」
(まずい。攻撃が通用しない)

 山中川が一歩ずつ、ゴミ怪人に近づく。

(なにか、攻撃手段は……)

 ゴミ怪人は地面に転がった状態で、ハッとする。

「さア! くたばりなぁ!」

 山中川が、拳を振り上げたときだった。

「お前が、くたばれよ」
「っ!」

 ふと、山中川は地面に目を向ける。
 それは銃弾だった。護衛たちがゴミ怪人に撃った、使い終わった弾。
 銃弾が揺れたあと、宙に浮き始める。

「撃ち終わった弾丸は、ゴミだよな。なら、俺の能力で操れる」

 周囲に散らばった弾丸が、一斉に山中川へと発射される。
 弾丸が当たり、ガキン! という金属音が響いた。

「――勝った、とか思ったのか?」

 山中川は無事だった。銃弾は当たったものの、平気そうな顔で笑っている。

「な……」
「私の作ったパワードスーツが! 銃弾程度で撃ちぬけるわけねえだろ!」

 地面に倒れていたゴミ怪人が、山中川に強く踏みつけられた。

「がッッ!」

 ゴミ怪人は苦痛で悶えるも、連続で強力な蹴りが襲い掛かる。

「ゴミが! ゴミごときが! 人間に勝てるわけねえんだよ!」
(痛い、苦しい、辛い……)
(無理なのか? 俺みたいなゴミが人間に勝つことは、できないのか?)

 何度も蹴られる中で、ゴミ怪人は綺麗な川と住民を思い出す。

(このままじゃ、あの人たちが、死んじゃ…)
(――死んじゃう?)
(死ぬって、何に殺されるんだ?)
(山中川? 川の水? ……違う)

 ゴミ怪人は蹴り飛ばされると、地面を転がり壁に激突する。衝撃で壁が破壊され、真っ暗な空が見えた。

(人間は、ゴミに殺されたんだ)

 血だらけになりながら、ゴミ怪人は立ち上がる。

「数年前。ゴミの不始末により多くの人間が死に、種が絶滅した」
「あ?」
「逆に聞くが……人間ごときがゴミに勝てるのか?」

 ゴミ怪人は空を見上げて言う。

「そうだ。お前を倒せるゴミだって、あるはずじゃないか」
「なにを、言ってる? そんなものが、どこ……」

 ふと、山中川も空を見上げた。しかし既に遅かったのだ。

宇宙ゴミスペースデブリ

 宇宙から壊れた人工衛星ゴミが落下してくる。

「そんな、めちゃく――――ッ!」

 人工衛星の残骸は、轟音を上げて山中川へと直撃した。

「宇宙を漂うゴミは、そう呼ばれている」

 一方ゴミ怪人は落下の衝撃から逃れるために、能力でゴミ袋を浮かせて、それに掴まっていた。
 完全に意識を失った山中川を見下す。

「そういえば……これもお前の作ったゴミだったな」

○工場付近の川沿い

 工場から離れて、付近の川沿いを歩くゴミ怪人。

「やっぱ俺も怪人なんだな」

 ゴミ怪人は身体を手で擦る。傷がほとんど回復していた。

「怪人さん!」

 遠くから青年の声が聞こえてくる。不安そうな顔で、ゴミ怪人に駆け寄ってきた。

「工場で凄い音がしたんですけど、もしかして……」
「山中川に関しては、もう心配するこたねぇぜ」
「それって……!」
「掃除っていうのは、面倒なモンでよ。サボったら最後。その日から汚れが溜まっちまうんだ」
「けど、今のお前たちなら大丈夫だよな?」

 青年は笑顔で、頷く。

「はい! ずっと綺麗なままです!」
「あの川は二度と汚れないぜ」

 ゴミ一つない川が、近くで煌めいていた。

○山中川工業の建物

 人工衛星に潰された山中川を会社員が救出していた。特殊な医療器具を使って山中川を治療している。

「は――」

 山中川が息を吹き返し、目を覚ます。

「社長!」

 社員から歓喜の声が上がる。
 だが山中川は気分が悪かった。

「ゴミ怪人め……絶対に殺して」

 唐突な出来事である。
 人工衛星から、ガタン! と大きい音がした。

「ん?」

 その場にいる全員が振り向く。
 人工衛星の内部から、人型の何かが出てきていて……。

「■■■」

 数分後。山中川工業全ての社員が死体になっていた。

【第2話】
人間リサイクル(3977文字)

【第3話】
拡大母親責任(3977文字数)

いいなと思ったら応援しよう!