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「洋菓子店は暗殺者と戦う」第1話


【あらすじ】(297文字)

 ダンディな殺し屋“撃見うちみツヨシ”は、大好きな洋菓子店への転職に成功した。元殺し屋の撃見を殺すために洋菓子店へ来店する刺客と、密かに戦いながら働いていく。

 しかし、ある事件をきっかけに、刺客たちの狙いが撃見ではなく店長の“佐藤甘子”だと発覚する。

 どうやら、佐藤は死んだ両親から『世界を変えるレシピ』を受け継いでおり、誰かが裏社会で懸賞金をかけたらしい。
 依頼内容は佐藤を殺すか、パティシエの道を諦めさせること。手段は殺しだけとは限らない。経営に対して攻撃してくることもあるだろう。

 ダンディな元殺し屋が、洋菓子店で働きながら裏社会の人間と戦っていく、洋菓子店経営ストーリーが始まる。

【補足説明/#1について】(932文字)

 佐藤甘子さとうあまこは16歳ながらも、亡くなった両親から受け継いだ洋菓子店を経営している。
 そんな洋菓子店へ、ダンディな見た目をした男――撃見うちみツヨシがバイトの面接にやってきた。履歴書の経歴欄に殺し屋と書かれた怪しい男だが、スイーツへの熱い思いを聞いて採用することに決める。

 彼は本当に元殺し屋だった。撃見を殺すために洋菓子店へ来店する刺客と、密かに戦いながらアルバイトをこなしていく撃見。

 ある日のこと。佐藤が接客していると、悪質なクレーマーに絡まれてしまう。どうやら一日だけでなく、毎日違うお客さんから悪質なクレームを言われているそうで、かなり精神的に参っていた。
 この仕事が向いていないのか悩んでいる佐藤に、殺し屋時代の経験を踏まえた助言をする撃見。その助言で励まされた佐藤は、次にやってきた悪質なクレーマーを撃退することができた。

 その後。撃見は帰っていく悪質なクレーマーの後を、コッソリと追いかける。人のいない裏路地に入ったときに、クレーマーの前に立ち塞がり、拳銃を向けた。毎日違うお客さんがクレームを言ってくるという話だったが、実は全て一人の人間が変装して行っていることだったのだ。

 悪質なクレーマーは、撃見に対してはクレームを入れずに、佐藤にだけ攻撃していた。元殺し屋の撃見を狙う犯行にしては不自然だったため、理由を問いただす。

 彼の狙いは撃見ではなく、佐藤甘子だった。否、それだけではない。今までやってきていた全ての刺客が、彼女を狙ってのことだった。
 どうやら、佐藤は死んだ両親から『世界を変えるレシピ』を受け継いでおり、その商品が開発されることを恐れている人間が、裏社会で懸賞金を駆けたらしい。依頼内容は佐藤甘子を殺すか、彼女のパティシエへの道を諦めさせること。今後も彼女に、様々な裏社会の人間が襲い掛かってくる。手段は殺しだけとは限らない。洋菓子店を潰すため、経営に対して攻撃してくることもあるだろう。

 果たして、撃見ツヨシは裏社会の刺客から佐藤甘子と洋菓子店を守れるのか。
 『世界を変えるレシピ』の正体とは────。

 ダンディな元殺し屋が、洋菓子店で働きながら裏社会の人間と戦っていく、異色の洋菓子店経営ストーリーが始まる。

【第1話】
甘い職場と甘くない男(7626文字)

○洋菓子店の前(朝)

 開店前でお客さまがいない洋菓子店の前。外の空気にあたりながら、顎髭を生やしサングラスをかけたダンディな雰囲気のある男が、胸ポケットからタバコを取り出す。小さい箱から取り出したタバコを人差し指と中指で挟むと、大きく息を吐いた。
 タバコを吸う……と思いきや、実はタバコの形をしたチョコレートのお菓子で、包み紙を剥いて口に運ぶ。
 ダンディな男は、タバコを吸っているような雰囲気を崩さずに、空を眺めて呟く。

「世の中って、甘くねえな」
撃見うちみさん。はやく仕事してください」

 洋菓子店から十代の女の子が出てきて、呆れた顔で男を注意する。
 ダンディな男――撃見ツヨシも、十代の女性も同じ洋菓子店のエプロンを着ていた。

【回想開始/一週間前のこと】

○洋菓子店内(夕方)

『数日前』

 休業日でお客さんがいない洋菓子店の店内。撃見と十代の女の子は椅子に座って、対面している。
 十代の女の子――佐藤甘子さとうあまこは、撃見の写真が貼られた履歴書を見て愕然としていた。

(バイトの募集をしたら、ヤバいやつが来た!)

 履歴書の職歴欄には、殺し屋と書かれている。撃見は何の恥じらいもないというように、姿勢を正して真っ直ぐに佐藤と向き合っていた。

「撃見さん……前職が殺し屋ってなんですか」

 恐る恐る、サングラスをかけた撃見に質問してみる佐藤。

「はい。殺し屋業では、政府直属のスナイパーとして勤めておりました」
「しかし、家庭環境の問題から就職したこともあり、やりたいことと乖離している現状に気づきました」

 撃見はニヒルな笑顔で、サングラスを光らせて答える。

「そこで洋菓子店に転職かな、と」
(退職理由を質問したわけじゃない。殺し屋と書いた真意を聞いたんだ)

 心の中でツッコミを入れる佐藤。ジト目で撃見を観察していた。

(確かに、このお店は危機的状況にある)

 佐藤は両親の葬式で泣いたこと、バイト募集の貼り紙をしても人が来ないことを思い出す。

(両親が急死して、16歳の私――佐藤甘子が店を守らなきゃいけない状況だ)
(店員は私を含めて二人、バイトの募集をしても全く集まらなかった)

 サングラスを手の甲で持ち上げて、位置を直す撃見。カッコつけた仕草に、佐藤はため息を吐く。

(でも、こんな痛々しいオジサンを雇っていいのだろうか)

 佐藤は頭を抑えて、雇うべきか逡巡する。

「えっと、なんで洋菓子店なんですか? その…殺し屋なら、もっとスキルを活かせる転職先があるかと……」
「一つのケーキに命を救われたんだ」
「……!」

 その言葉を聞いて、佐藤はハッとした。

「仕事に忙殺された日々の中、帰り道に買うケーキに生かされていた」
「…ふと、思ったのさ。人を殺すんじゃなくて、ケーキを売って笑顔にしたいってな」

 温かみのある笑顔を浮かべる撃見。佐藤はそんな姿や言動に胸を打たれる。

「私も……同じです」
「自分を笑顔にしてくれたケーキで、誰かを幸せにできたらなって……思ってます」

 殺し屋を名乗っていた撃見を警戒していた佐藤は、はじめて表情を緩ませる。

『私は、撃見ツヨシさんを雇うことにした』
『この判断は、正しかったのだろうか』

【回想終了】

○洋菓子店の店内(昼)

 撃見は慣れた手つきで、小気味よくレジを打つ。

「お会計一点で、3546万円だ」

 レジの業務をする撃見は、自信満々に告げる。レジに表示された高すぎる値段を見て、驚愕するお客さん。

『間違っていたかもしれません』

 撃見のミスに、愕然としてフォローに向かう佐藤。

「も…申し訳ございません!」
「一点で、3546円となります!」

 佐藤は慌ててレジのヘルプに入ると、金額を打ち直した。

「いくらなんでも、間違えすぎだろ! レクサス買いに来たんじゃねーんだぞ!」

 怒りを露にして、文句を言うお客さん。

「大変申し訳ございませんでした」

 撃見と佐藤は揃って、深く頭を下げる。

「こちら、お品物だ」
「保冷剤を入れておいたから、2~3時間なら持ち運び可能だぞ」

 ホールケーキの入った大きな箱を渡す撃見。

「ったく、気ぃつけやがれってんだ」

 お客さんは乱暴にひったくり、店を後にする。

「もう、ダメじゃないですか。どうして、頭のおかしいことをするんですか?」
「俺の命は、ホールケーキより高いんだぜ」

 佐藤に説教されるが、全く動じない撃見。反省するどころか、ドヤ顔で帰っていくお客さんを見ていた。

「はぁ……?」

 意味のわからない発言に、佐藤は首を傾げる。

○とあるマンション内

 レジを間違えて高額な値を請求された客は、洋菓子店から離れた建物内にいた。そこは背の高い高級マンションの一部屋で、窓から撃見たちの勤める洋菓子店も見ることができる。

「ああ、仕事に問題はない。洋菓子店に爆弾を仕掛けておいた」

 スマートフォンを使い、誰かと電話している。近くにあるテーブルの上には、怪しげな銃器が置かれていた。その隣に購入したケーキの箱が並んでいる。

「あと、数秒でドカンだ」

 腕時計を見て、窓から洋菓子店を眺める。

「3…2…1……ぜ」

 ゼロと言うことは、できなかった。爆弾は洋菓子店では起爆せず、彼がいるマンションの一室で爆発する。

「う…がァ――――!?」

 爆発に巻き込まれてしまう客だった男。爆風で吹き飛び、全身が怪我だらけの重症になる。

「な…なぜだ。洋菓子店に仕掛けたはずの爆弾が……どうして…ここに」

 朦朧とする中で、言葉を発する。

「俺は、隙を見せなか――――っ!」

 ふと、自分の過ちに気が付いて言葉を失った。

「あのオッサンが、会計でミスをしたとき……! 一瞬だけ、金額の表示に目を奪われた」

 会計時に「お会計一点で、3546万円だ」と言われて、レジに表示された金額を確認したことを思い出す。

「そうか……あのとき、箱の中に入ったケーキと爆弾をすり替えたな」

 悔しそうな表情で、ホールケーキの入った箱を思い出す。

「む…無念」

 客だった男は、意識を失ってしまった。

○洋菓子店の店内

 仕事をしている撃見と佐藤。
 遠くで、微かに爆音が聞える。

「……ん? なにか聞こえたような」
「さてな。空耳じゃないか?」
「そう、ですか……」

 店の外を見て、不思議そうな顔をする佐藤。
 撃見は、ニヒルに笑いながら適当に誤魔化した。

「殺しの代価は、アンタの命でも支払えねーよ」

 店内で爆発したマンションがある方角を向いて呟く撃見。

「意味のわからないことを言ってないで、働いてください」

 事情を知らない佐藤は、呆れた目をして注意する。

『俺は、元殺し屋だ』
『前職に勤めていた頃は、暗殺なんておやつを食べるくらい日常的だった』

 前職の頃、命を狙われていた日々を思い出す。寝ているとき。ご飯を食べているとき。お風呂に入っているとき。トイレをしているとき、……など、あらゆる場面で襲われていた。

「でも、俺は殺し屋を引退したんだ」
「これじゃあ、営業妨害だぜ」

 やれやれと芝居がかった風に振る舞う撃見。

「ふざけんじゃないよぉ!」

 撃見が過去に浸っていると、店内から怒鳴り声が聞えてくる。

「あの…その……もうしわけ――――」

 しどろもどろになっている佐藤は、暗い顔をしながら言葉を紡ぐ。しかし、その言葉は大きな女性客の声でかき消された。

「アンタって愛想の欠片もないわね! この仕事、向いていないんじゃなくて!?」

 身長の高い派手な服装をしたオバサンが、レジをしていた佐藤に怒鳴っている。

「もう辞めてしまいなさいな!」
「……もうしわけ」

 理不尽な怒りに、タジタジになって俯いてしまう佐藤。他のお客さんが、不審な目で、その光景を見ていた。

「事件か? 状況は?」

 撃見は怒っているお客さんに、素早く近づく。佐藤とお客さんの間に入ると、事情を説明される。

「この子、接客態度が悪いのよ!」
「無愛想っていうか! 若いからって調子に乗っているんじゃない?」

 撃見に対しても、高圧的な態度をとる身長の高いオバサン。しかし、撃見は数々の修羅場を越えてきた経験があるため、一切動じない。

「失礼いたしました。麗しのレディ?」

 怒りに対して、爽やかに笑いかけて謝罪する撃見。その姿は、艶やかで輝いて見える。

「はァ? なに言ってんの?」

 しかし、爽やかな笑顔は寧ろ相手を逆なでしたようで、冷たい対応で返された。
 わざとらしく、「こりゃだめだ」と肩を上げて口笛を吹く撃見。

「だいたいね、この店は…………!」

 しばらくの間、悪質なクレームは続いていった。

○洋菓子店の厨房(夜)

 厨房は営業を終了したこともあって、キレイに片付けられている。
 そんな厨房で、パイプ椅子に座って佐藤が項垂れていた。

「はぁ……」

 佐藤は暗い顔で、深々とため息を吐く。

「どうしたんだ? 美味しいケーキを食べ損ねたのかい?」

 撃見がレジ締め作業を終えて売り場から歩いてくる。

「いえ…ちょっと……」

 落ち込んだ佐藤は、撃見の方を見向きもしない。

「一本、どうだい?」

 そんな佐藤に、胸ポケットからタバコを取り出して渡す撃見。

「私、未成年ですよ。それに、厨房は禁煙です」

 撃見は浮かない顔で注意する佐藤に、「チッチッ」と人差し指を振って否定する。
 その後、自らもタバコを取り出す。包み紙を剝くとチョコになっていて、タバコ型のチョコレートだったと分かる。

「きっと、糖分切れを起こしているのさ。吸ってみな」
「食べてみな、でしょう?」

 撃見と佐藤はタバコの形をしたチョコレートを頬張る。

「ここ最近……クレームが多いんです」
「私って向いてないんでしょうか?」

 佐藤の目尻には、涙が溜まっていた。精神的にかなり、ダメージを負っている。

「この洋菓子店に、胸焼けしたのかい?」

 チョコレートと齧って、問いかける撃見。

「そういうわけじゃ、ありません」
「私は、このお店をもっと盛り上げて……両親から受け継いだ最高の一品を完成させたいんです」
「でも、そんな夢も……夢でしかないのかなって」

 佐藤の目から一粒だけ、涙が流れてしまう。
 そんな彼女の隣で、撃見はタバコの煙を吐くように息を吐き出す。

「夢を追いかける少女に、適性なんて必要ないのさ」

 佐藤の頭を、ポンと触る撃見。真っ白な歯を見せて、ニッと笑った。

「凄腕のスナイパーだって、はじめは数メートル先の的にすら当てられないんだぜ」

 撃見は片手で銃の形を作って、撃つような真似をする。

「ふふっ。頭のおかしなこと、言わないでください」

 歯を見せて笑う撃見につられて、思わず笑ってしまう佐藤。

「スナイパーにおいて、最も大切なのは引き金を引く瞬間じゃない」
「弾丸を撃つまでの、過程こそが大切なんだ」
「相手(ターゲット)がどういう人間なのか。一日のルーチンワークから小さな癖に至るまで、観察する。そんな過程が、相手の元まで弾丸を運ぶのさ」

 撃見が口角を上げて、ニヤける。まるで、師匠のような貫禄ある雰囲気だった。

「だから、佐藤も観察するんだ。お客様ターゲットがどうして怒っているのか。何を望んでいるのか。答えは、お客様ターゲットの中にあるんだぜ」
「お客様のことを、ターゲットって言わないでください」

 撃見は微笑みながら、優しくツッコんだ。暗かった顔は、いつもの明るさを取り戻していた。

○洋菓子店の店内(昼)

 洋菓子店は営業時間中で、数人の客が店にいる。
 レジをしている佐藤に、一人の背の高いオジサンが悪態をつく。

「なーんか、このケーキ……崩れてんじゃねーか?」
「へ?」

 オジサンはお持ち帰り用の箱に入ったケーキを指差している。しかし、そのケーキは特に崩れているわけではなかった。

「いや…崩れていないと……」

 恐る恐る反論を試みる佐藤。しかし、そんな態度がオジサンの逆鱗に触れてしまう。

「困るんだよな、 適当に働かれるとよぉ!」

 レジの置いてある台を、軽く蹴とばすオジサン。店内に緊張感が走り、他の客が心配そうに見守る。

「…………お客様ターゲットを観察するんだ」

 そう呟いた撃見もまた、佐藤を見守るうちの一人になっていた。

「おい、いい加減にしてくれよ!」

 もう一度、レジの乗った台を蹴とばすオジサン。佐藤が横暴な態度に、ビクッと身体を震わせて恐怖する。

(こわい……どうしよう…………)

 佐藤は目をキュッと瞑ってしまう、そんな中で、ふと昨夜の撃見が発した

「答えは、お客様ターゲットの中にあるんだぜ」という言葉が蘇る。

(目を瞑っていちゃダメだ!)
(なんで、こんなことをするのか。答えは、お客様の中にある。相手の立場になって考えるんだ)

 目を開いて、オジサンのことを観察する佐藤。

(特にケーキが崩れているわけじゃない。なのに、威圧的に私にクレームを言ってくる……)
(もしかして、鬱憤を晴らすために文句を言うこと自体が目的なのかな?)

 佐藤の表情から、恐怖と迷いが消えていた。小さな手のひらを、キュッと握りしめて決心する。

「あの、お客様……!」
「な、なんだよ……」

 佐藤の覇気のある態度に、怯むオジサン。
 その隙に、佐藤は店内の様子を見渡す。

(商品の陳列ができていない。ただでさえ人手不足なのに、この人の対応に時間を使っているからだ)
(それに、他のお客様が怖がっている。これじゃあ、楽しく商品を選べない)

 視線の先には、事態を不安そうに見つめるお客さんがいた。

(謝罪して穏便に収めるだけじゃない。ちゃんと、言わなきゃ!)
「あの…! おっしゃっていることは、認識しました。でも、このケーキは崩れていません!」
「他のお客様に失礼ですので、大声を出したり、台を蹴とばすのはやめてください!」

 佐藤キリッとした表情で、はっきりと告げる。
 だが、オジサンは引き下がらなかった。頭に血を登らせて、反論する。

「なんだと! それがお客様に対する態度か!」

 前のめりで怒声を上げるオジサンに、佐藤は怯えずに宣言した。

「これ以上騒ぐのならば、業務妨害で警察を呼ばせていただきます!」
「…………!」

 佐藤はポケットの中に入っていたスマホを見せて宣言する。
 警察という言葉に、顔をしかめるオジサン。

「ちっ! ケーキなんて、いらねーよ!」

 オジサンはケーキを受け取らずに、がに股歩きで不機嫌そうに店から出ていく。

「はぁ……はぁ……」

 両手で胸を抑えて、息を整える佐藤。そんな彼女の姿に、来店していたお客さんから小さく拍手が起こる。

「わ…わわっ!」

 佐藤は拍手に戸惑い、手をアワアワと振る。そんな佐藤に近づいて、撃見はニヒルに笑って言った。

「クレーマーだけじゃなく、周囲の状況を観察した素晴らしい対応だった」
「どうやら、洋菓子店だけじゃなくスナイパーの適性も持っていたのかもな」

 芝居がかった拍手をして、佐藤を褒める。

「あ…ありがとうございます。撃見さんのアドバイスのおかげです」

 安堵した顔で、ペコリとお辞儀をして礼を言う佐藤。

「それはそうと……休憩をもらっていいかな?」
「え…ええ。少し早いですが、大丈夫ですよ」

 佐藤は腕時計を見て答える。

「じゃあ、お先に休憩させてもらうよ」

 手を振って、店の外に出ていく撃見。迷わずに、一直線で何処かに向かっていく。

「なにか、用事だったのかな?」

 佐藤は撃見の後ろ姿を見ながら、首を傾げた。

○人気のない裏路地

 悪質なクレーマーのオジサンは、人気のない裏路地で唾を吐いた。

「けっ……! あの小娘が!」

 転がっていた空き缶を蹴とばす。すると、前方に転がっていった空き缶を誰かが足で受け止める。

「あ……?」

 足元から、視線を上げるオジサン。
 そこには、拳銃を持った撃見の姿があった。オジサンに向かって、拳銃を構えている。

「……っ! お前、店員の!」

 オジサンはピタリと身体の動きを停止させて、撃見を睨みつける。

「どういうつもりだ? 菓子の食べ過ぎってわけじゃあるまいし……カルシウムは足りているだろ?」
「なんのことだ?」
「最近のクレーマー……全て変装したお前の仕業だろう」

 撃見の言葉に、顔を歪めて驚嘆するオジサン。

「なにを言っているのか、サッパリだな」
「君や昨日のレディ……それだけじゃない。ここ数日のクレーマー全てが同じ身長だった」
「…………!」

 オジサンは舌打ちをして、じりじりと後退する。

「前職のクセでお客様ターゲットは、観察してしまうのだよ」
「……だが他人の仕事に口出しできるほど、腕はないようだね」
「ナメんじゃねぇよッ!」

 オジサンは身を屈めて銃口の先から身体を外すと、足元にタックルしようと低姿勢で突っ込んでくる。
 そんな彼を、軽々と対処する撃見。タックルを切って、叩き伏せる。表情一つ、変えなかった。

「この手のクレーマーなら、慣れっこだぜ」
「くそ……っ!」

 全く身動きの取れないオジサンの頭に、拳銃を突きつける撃見。
 オジサンは、ジタバタと暴れて抵抗するのを諦める。

「ただ……一つだけ、わからない。お前がクレームを言うのは、俺ではなく佐藤だけだった。なぜ、あの子を狙う? ターゲットは俺なんだろ?」
「あぁ? なにを言ってやがる。意味不明なオッサンなんて狙うかよ!」
「なに?」

 今度は撃見が混乱する番だった。拳銃を強く、頭に突きつける。

「狙っているのは、佐藤甘子なのさ」
「――――!」

 撃見は驚いて、息を吞む。だが、身体は冷静なようで拳銃を持つ手は、いっさいブレなかった。

「パティシエの道を諦めさせるか、命を奪うか……依頼を達成した者には、多額の賞金が支払われるってな。佐藤甘子は裏社会で懸賞金を掛けられてるぜ」
「なぜ、そんなことを……」

 眉をひそめる撃見。オジサンは見下したような笑みで喋り続ける。

「レシピだよ! 詳しくは知らねぇが、殺された両親から『世界を変えるレシピ』を受け継いでやがる!」
「そいつが完成するのを、依頼主は恐れているらしいぜ」

 大きく口を開けて、下品に笑うオジサン。

「レシピ? 殺された? なに言ってやがる!」
「…………」

 オジサンは質問に答えず、口を閉じる。
 撃見が拳銃を、頭に叩きつけるようにして脅すも、反応がなかった。

「依頼主は誰だ! 俺は生クリームのように甘くはないんだぜ!」

 撃見が乱暴に問いかけたときだった。
 一瞬のことである。

 オジサンの頭から、血液が噴射して死亡してしまう。

「狙撃――――!」

 身体を回転させて、近くの物陰に身を顰める撃見。スナイパーを警戒し、感覚を研ぎ澄ませる。

「……あそこか」

 撃見は弾道からスナイパーの位置を予測し、近くのマンションに目を向けた。
 スコープが一瞬だけ反射光で光るも、追撃はなかった。マンションの一室にいる人影は、素早く退却していく。

「どうやら……運命は俺を退屈させないらしい」

 胸ポケットに入っていたタバコ型のチョコレートを取り出して、口に運ぶ撃見。
 その表情は、笑顔だった。

「世の中って、甘くねえな」

 チョコレートを味わいながら、呟いた。

【第2話】
欲望のおあずけスイーツ(3936文字)


【第3話】
血と硝煙と映え(3977文字)

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