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「ゴミヒーロー」第3話

【第3話】
拡大母親責任(3977文字数)

○公園(深夜)

 二話からの続き。

「レイジ……その能力は……」

 ゴミ怪人がレイジを不審そうに見つめる。レイジは、どこから取り出したか分からないプラスチック製の刀を握っていた。

「やっと、見つけた」

 ゴミ怪人の背後から、女性の声がする。
 発砲音が公園で響き渡ったのは、そんな声と同タイミングだった。

「なっ!」

 ゴミ怪人の身体が、音に反応して震える。しかし、銃弾で撃たれたわけではない。
 音源は上空に浮かんでいたドローンだった。機体から大きな網が発射される。ゴミ怪人を捕らえるように包み込んだ。

「なんだこれ! とれねーぞ!」

 ジタバタと暴れるゴミ怪人だったが、網の中から脱出できない。

「怪人捕獲用の特殊な物だからね」

 声を発したのは、30代くらいの女性だった。ボサボサの髪が特徴的で、やつれている。

「なにモンだっ! これやったのも、アンタなのか?」

 ゴミ怪人の怒声に対して、にこやかな顔をする女性。悪びれることすらしない。

「か…母さん……なんでここに……」
「あいつ、レイジの母ちゃんなのか!?」

 呆然と立ち尽くすレイジと女性を交互に見比べるゴミ怪人。しかし、容姿は似ていなかった。

「不良品のレイジを探していたら、イキのいい怪人までゲットするなんて。まさにラッキーデーだよ」

 母親は嬉しそうにボサボサの髪を搔き毟った。

「さあ、帰るよ不良品レイジ。怪人は実験用に持ち帰るから、抱えてきなさい」
「あの…その……」
「はやくするんだ! ノロマは嫌いだよ!」

 不良品と呼ばれる度に、レイジの身体がピクリと反応する。明らかに、怯えていた。

「待てよ」
「さっきから息子のことを不良品って……酷いこと言うなよ!」

 母親のことを睨みつけるゴミ怪人。

「真実を口にしたまでさ、ゴミ怪人くん」
「あのなぁ……不良品っていうのは欠陥があってまともに機能しない物のことを言うんだぞ!」
「だったら、僕は不良品で間違いないよ」

 まるで当たり前といった口調で、レイジは呟いた。

「だって僕はスターゲノム計画によって、欠陥を持って産まれたんだから」
「スターゲノム……ってなんだ?」

 はてなマークを頭に浮かべたゴミ怪人に、母親が説明する。

「環境が悪化し、オゾン層が壊れた後……人類は大きく数を減らした」
「食料不足。干ばつ化。皮膚がんや白内障の発生。まあ、理由は様々だがね。科学の力でどうにか生き延びたものの、種としては再び増殖したいものだ」

 母親はポケットから電子タバコを取り出し、吸い始める。

「そこで立案されたのが、スターゲノム計画。怪人の遺伝子を研究し、人間に取り込ませることで、特殊な能力を得た赤子を人工的に生成・増産する計画だ」

 タバコを味わいながら、母親は楽しそうに言う。

「ただ、問題があってね。現状の技術では、赤子の遺伝子に意図しない確変が起こるんだよ」
「レイジは、最悪の確変だったね」
「常人よりも成長速度が速いんだ。これじゃあ、不良品だろう?」

 母親はレイジの事情を説明する。説明されるレイジの顔は暗かった。

「ぼ…僕は、まだ三歳なんだ」
「さんさい!?」
「産まれて三年でこの成長速度。じゅ…寿命は残り二十年もないと思う」
「ね? 不良品でしょう?」
「…………」

 言葉を失って立ち尽くすゴミ怪人。

「レイジ、生産者のために働きなさい。怪人を連れて研究所に帰るよ」

 母親が公園から去ろうとするも、レイジは後に続かなかった。

「ねえ……ゴミ怪人さん」
「僕は自分のことを、認められる人間になりたいんだ」
「どうかな? こんな不良品ぼくでもできるかな?」

 何かに縋るように、問いかけるレイジ。
 そんな彼に、ゴミ怪人が不思議そうな顔で答える。

「認めるもなにも……レイジに悪いところなんて、一つもないじゃないか」
「不良品って言うけどさ、一番欠陥があるのは生産者である母親だろ?」
「なんだって?」

 母親が振り返り、ゴミ怪人を視界に捉える。

「私のどこが、欠陥なのかな?」
「EPR……拡大生産者責任」
「……はぁ?」

 堂々と意味不明なことを言うゴミ怪人に、母親は素っ頓狂な声が漏れた。

「環境政策の一つだよ。製造段階から使用後の処理に至るまでの環境負荷に対する責任は、生産者が負わなければならないってモンだ」
「人間を作った。でも思い通りの出来じゃなかった。そんなモン、よくあることだろ?」
「それでも雑に扱うんじゃなく、しっかり育てるのが生産者ははおやとしての責任じゃないのか?」

 ゴミ怪人は、網目から母親を見つめた。

「お前、無責任なんだよ。そんなヤツに何かを作る資格はない。これって製作者として、重大な欠陥を抱えているよな」

 自身を責める意見に対して、母親は敬意を評して拍手する。

「なるほど。ゴミの怪人らしい意見だ」
「確かに、私は生産者失格だ。けれど、レイジが不良品なのは変わらないよ」
「大丈夫だ。レイジは自分を認められる人間になれるぜ」

 ゴミ怪人はニッコリと笑って、レイジに言葉を送った。

「いらない服や家具を誰かに譲る。ビンや缶、古紙類は回収業者に渡す。それと同じだ」
「人間も、怪人も……誰だって再生利用リサイクルできるんだよ」

 レイジがゆっくりと歩き出す。そして、ゴミ怪人を拘束していた網を、丁寧に取り外した。

「母さん。僕は帰りたくない」
「残りの短い寿命を、貴方の道具として使われたくない!」

 母親に敵意を向けるレイジ。
 だが、母親は彼に対して微笑みを返した。

「そうか…」
「じゃあ、あの子を使うしかないか」

 母親はポケットから端末を取り出して、何かを呟く。

「不良品は良品に敵わない」
「まさか――!」
「さあ、行きなさい。レイミ」

 一瞬のことだった。
 公園付近のビルから、何者かが降ってきたのだ。

「ごきげんよう」

 降ってきたのは、お人形のような可愛らしい少女だった。しかし、表情だけは死体のように冷たくて、子供らしくない。公園の鉄棒に、軽やかな身のこなしで着地する。


「そして……逝ってらっしゃいませ」

 少女――レイミは、丁寧にお辞儀をする。
 彼女の身体から稲妻が走り、綺麗な髪の毛が逆立った。

「レイジと同じ、能力者かよ!」
「……うん。レイミは僕より後に製造された三作目のスターゲノム! 能力は――!」

 瞬きの間に、レイミは移動していた。全く無駄のない動きで、レイジに近づく。もちろん、攻撃を仕掛けるためにだ。
 だが、ゴミ怪人とレイジは黙ってやられるわけじゃない。

「っ!」

 レイジはプラスチック製の刀を振るった。
 そして、ゴミ怪人は周囲のゴミたちを宙に浮かばせて、ぶつけるように攻撃する。

「私は、無駄を許しませんわ」

 しかし、レイミは両者の攻撃を紙一重で躱していく。
 そして、最短距離で拳を振るった。

「能力名……『発生抑制リデュース』」

 レイジの腹部に、拳が激突する。少女とは思えない腕力で、レイジの身体が遠くに吹っ飛んだ。

無駄ゴミにさせない能力。私は全てを無駄にさせません。よって貴方たちの攻撃は、無駄のない動きで躱しますわよ」

 子供らしい無邪気な顔で笑って、レイミはお辞儀した。

「お母さま、見ておりましたか? 使えない不良品をやっつけましたよ」「油断してはダメ。まだ、決着がついていないもの」

 レイミは会話をして気が逸れていたにも関わらず、飛んできたゴミを最小の動きで避ける。

「こいつ、ガキの癖に強いじゃねえか!」
「貴方は、怪人の癖に弱そうですわね」

 ゴミ怪人とレイミがぶつかり合う。
 ゴミ怪人は鋭く伸びた爪を攻撃に使う。レイミの上半身に向けて、何度も刺突するのだ。
 しかし、身体を傷つけることはない。簡単に躱されてしまう。

「無駄だらけ、ですわ?」

 一方レイミの拳は、簡単に届いてしまう。無駄のない攻撃でゴミ怪人の身体はボロボロになっていく。

「攻撃も回避も無駄がなさすぎる!」
(どうにか隙を作らねーと、殺される!)

 ゴミ怪人は、レイミの攻撃を後退しながら食らっていく。

「爆散しろっ!」

 ゴミ袋を能力で破裂させるゴミ怪人。
 中身のゴミが大量に散らばり、相手を怯ませる。

「甘いですわよ、ゴミの怪人さん」

 しかし散らばったゴミすらも、無駄のない動きで回避するレイミ。

「甘いだけじゃ、終わらないぞ」

 ゴミ怪人の策は一手だけじゃなかった。
 攻撃を食らいながら後退していたのは、とある場所に誘導するため。

「え?」

 レイミのバランスが崩れる。足元に目を向けると、ゴミ怪人と捕らえた網があった。ゴミ怪人が足で網を引っ張り、レイミの足場が崩れてしまったというわけだ。

「ギャハハハッ! 油断してると足元掬われるってな!」

 爪による刺突がレイミに迫る。
 しかしバランスを崩した状態ですら、攻撃を無駄なく対応する。ゴミ怪人の刺突に、レイミ自身の拳をぶつけたのだ。

「なんだ……このパワーッ!」

 力負けして、ゴミ怪人の身体が後ろに逸れる。

「隙だらけですわよ」

 レイミは即座に追撃を行う。圧倒的なパワーを秘めた拳が振り上げられる。

「僕だって、やってやるんだっ!」

 レイミの背後から現れたのは、傷を負ったレイジだった。鉄製の刀を持って、奇襲を仕掛ける。
 刀は容赦なく、レイミの片腕を切断した。

「トドメだああああああッ!」

 レイジは刀を使い、二撃目を振るう。
 しかし――。

発生抑制リデュース……切断された腕を無駄にさせない」

 切断された片腕が身体に戻っていく。レイミの片腕は、能力によって簡単に回復した。
 この予想外の出来事が、勝敗を決める一手となる。
 レイミは攻撃を躱し、レイジの腕を掴む。玩具のようにレイジを振り回して、ゴミ怪人に叩きつけた。

「安心してくださいまし。貴方たちの屍は無駄にはいたしません。ゴミの発生抑制ですわ」
「さ、お母さま。帰りましょうか!」

 意識を失ったゴミ怪人とレイジは、少女に抱えられた。

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