No. 3 英語教育とidentityについて② 【自己投資・想像の世界】
はじめに
前回の投稿では、語学とidentityについて、この分野の巨匠であるNortonの本を引用しました。そして私は、identityについて以下のようにまとめました。
関係性の中で決まるので、固定化されたものではない(「この人はこういう人だ」といった個性とは異なる)
関係性の中では、「上」の立場になることも「下」の立場になることもある
時間がたったり、場所が変わったりすれば変化する
今だけでなく将来ともつながっている(もちろん過去ともつながっている)
環境で決まるところもあるが、自分自身で(言葉を通じて)交渉しながら決めていくもの
このように、関係性、時、場所、環境のなかでことばを使いながら、私たちはidentitiesを決定しています(されてしまう場合もある)。だからこそ、英語を学ぶことで、新しい、自分好みのidentitiesを発見し、表現できるはずだと前回の投稿で書きました。
これに関連して、Norton (2013)では非常に重要なコンセプトが議論されているので、今回の投稿ではそれについてまとめていきます。
identityに関連するキーコンセプト
investment
日本語に訳すと「投資」ですね。まさに「自己投資」と同様に、学習者は「自分のidentitiesのために」investするのだといったことをNortonは述べています。例えば、
The construct of investment offers a way to understand learners' variable desires to engage in social interaction and community practices (p. 6).
investmentという概念は、学習者の、社会との交流やコミュニティー内の実践に関わりたいという欲望を理解する方法を提供する
If learners 'invest' in the target language, they do so ... , which will in turn increase the value of their cultural capital and social power (p. 6).
もし学習者が学習している言語にinvestするなら、彼らはそれをするでしょう ... そしてそれは、リターンとして文化資本や社会での力を増強する
日本で英語を勉強する多くの学習者は理解しやすいのではないでしょうか。例えば、学生であれば受験科目の一つとして英語を勉強し、行きたい大学に進学できるようにするためにinvestする人が多いでしょう。社会人であれば、昇進や希望の部署への異動のためにTOEICの勉強にinvestするかもしれません。また、「英語が話せるとかっこいいから」というシンプルな理由で英会話に通うのも一つのinvestの形です。
上記のどのパターンも、学習者は「英語ができるというidentity」を得るため、そして実社会で役立つ何かしらのリターンを得るためにinvestをしているのです。
imagined communities and imagined identities
もう一つ重要なコンセプトは、imagined communities と imagined identities 「想像の共同体」「想像のアイデンティティ」です。この言葉、どこかで聞き覚えありませんか?
そうです、Benedict Andersonのコンセプトであるimagined communities 「想像の共同体」から来ています。Andersonの「想像の共同体」とは、例えば「国家」のことであり、「国家内では大半の人と知り合いになることもないのに、何故かお互い同じ国家で生きていると思える。これは同じ国家に住んでいると思う想像力のなせる技だ」というのが彼の主張です。僕の言葉で乱暴にまとめると、「国家のような共同体は想像なんだ」ということです。何となく納得できるかと思います。
これを踏まえてNorton (2013)では、imagined communitiesを以下のように定義しています。
"groups of people, not immediately tangible and accesible, with whom we connect through the power of the imagination" (p. 6)
(想像の共同体とは、)直ちに触れ合ったり関わったりできない人々の集団であり、その集団と私たちは想像力を通じて繋がっている
そして、このimagined communitiesが私たちのinvestmentに影響を与えるということも、Nortonは示しています。ということは、imagined communitiesはimagined identitiesに深く関わっているのです。
これらのコンセプトを用いて学習者を見てみると
Nortonは、やる気のある生徒が授業にはあまりinvestしなかったという例を用いてこれらのコンセプトを説明しています。なぜその生徒がinvestしなかったかというと、将来オフィス(=imagined community)で働いているという自身のimagined identityと、生徒の過去に焦点を当てた授業の内容がフィットしなかったからだといいます。私たち教員は、このような生徒を見ると、行動だけを見て「やる気がない生徒」だと考えてしまいがちですが、investmentやimagined communities/identitiesを用いて見てみると、「実はやる気がないわけではないんだ。じゃあどうアプローチすれば良いのか?」と、ポジティブな方向に指導していけると思います。
おわりに
英語教員のみなさま
生徒を「やる気がある/ない」で判断せず、彼らのimagined communities/identitiesは何か、そして何にinvestしているのか/しようと思っているのかということをよく観察しましょう。観察だけではわからないこともあるので、生徒と直接話したり、日記や将来のことについての作文をしてもらったり、生徒の周りの大人と話したりするのも大切です。生徒が自身のidentityに最大限investできるよう、サポートしてあげたいものですね。
英語学習者のみなさま
英語学習へのinvestmentは人それぞれです。自分が「やってみたい」と思うことを英語で学べば、必ず英語力はついていきます。例えば村上春樹は、学生時代に学校の英語の勉強はあまりしなかったけれども、洋書を読みあさって英語力をつけたと言っています。ドラマを見てこんなふうに話してみたいと思って英語を学ぶもよし、社会的に必要とされる試験のために勉強するもよしです。自分にあった方法で英語学習にinvestし、理想のidentityを手に入れてください!
参考文献
Norton, B. (2013). Identity and language learning: Extending the conversation. (2nd ed.). Multilingual Matters.