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【生成小説】幕開け

朝焼け前の街を歩くのが、私の日課だった。古いビルの狭間から漏れる淡い光が、まるで舞台照明のように美しい。風に揺られる光を見ていると、それはまるで誰かの魂が踊っているかのよう。この時間帯は、世界が私だけの劇場になる特別な瞬間だ。

高校時代から続けているこの習慣は、当時の私にとって一種の逃避だった。中学で経験した束縛的な友人関係から逃れるように、私は一人の時間に没頭していた。「誰にも期待されないのが一番楽」と自分に言い聞かせながら。あの頃の友情は、まるで鉄の鎖のように重く、私を苦しめた。でも、その時から私には演劇という夢があった。放課後、誰もいない教室で一人芝居をするのが、私だけの密かな喜びだった。

大学の演劇部で、その夢は現実になった。舞台の上で、私は少しずつ自分を解放していった。セリフを覚え、役を演じ、時には演出も手がける。それは苦しいけれど、心が震えるほどの喜びだった。ある公演で演出を任された時、私は完璧を求めすぎていた。舞台裏で足音に耳を澄ませながら、観客の反応を想像する。それは不安であると同時に、この上ない高揚感だった。

「演劇は、人生そのものなんだ」

そう気づいたのは、ある夜の稽古の後だった。セリフの一つ一つに込められた想い、動きの中に表現される感情、照明が作り出す影と光の対比。全てが人生の断片のように思えた。私は次第に、演劇の中に自分の居場所を見つけていった。小さな劇団で、私は演出助手として新しい物語を紡ぐ手伝いをしている。

週末の稽古場。汗を流しながらの練習は、相変わらず楽しい。以前のような完璧主義は捨てた。代わりに見つけたのは、舞台の上で感じる純粋な喜び。観客と共有する感動の瞬間。それこそが、私が求めていたものだった。

今も私は朝の街を歩く。ビルの隙間から漏れる光は、まるで私だけに向けられたスポットライトのよう。もう昔のような重圧は感じない。自分のペースで、演劇を愛しながら生きていく。それでいいのだと、やっと理解できた。光が揺れる隙間の向こうには、また新しい舞台が待っている。そこで私は、永遠に自分の物語を演じ続けるのだろう。

(終)

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