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【生成小説】導き

私は導きの館で見習いとして働いている。
私たちを率いる導師さまは週に一度「共鳴の集い」を開く。
この町では全ての民に導きの声を聴くことが義務付けられている。

私の仕事は、民たちがこの集いに確実に参加できるよう監督することだ。

「これが正しい道。これが幸せへの道筋」

共鳴の集いで届けられる導きの声を頼りに、私たちは日々を生きる。
導師さまは、いつも正しく、私たちの道を示してくれる——そう信じていた。

あの日、市場で見つけた一枚の貼り紙さえなければ。

「『躍動の集い』明日の日没、境界の森にて——」

いつもなら目当てのもの以外は気にも留まらないのに、その日の私は違った。
美しい森が描かれたそのポスターに、私の心は激しく揺れた。
これまで感じたことのない衝動が、体の奥底から湧き上がってきた。

あろうことか私は、次の日の共鳴の集いを欠席していた。
私の足が、導きの館ではなく、境界の森へと、躍動の集いへと向かっていく。
民を導くべき私が共鳴の集いを欠席することに戸惑いを感じながらも、衝動は抑えられなかった。

辿り着いた境界の森で目にした光景には眩暈がした。
色とりどりのテントが立ち並び、様々な香りが漂い、音楽が流れる。
森に集う人々に勧められるがままに食べた見知らぬ食べ物。
人々は自由に交わり、笑い、踊っていた。
導きの館では味わったことのない歓びがそこにあった。

「私たちは自分自身を信じるの」

躍動の集いの主催者らしき女性は、穏やかな笑顔で語りかけた。

「触れて、味わって、香りを嗅いで、音を聴いて、目で見て─その全てが私たちの道しるべになる」

その瞬間、私の中で何かが大きく動いた。
これまで当たり前だと思っていた教えが、急に色あせて見えた。
不安と喜びが入り混じる感情に戸惑いながら、私はこの夜を楽しんだ。

翌日、導師さまから「なぜ集いを欠席したのか」という問いかけが届いた。
自分でも何故だかはわからない。
私は自室に篭り、言葉を探した。
しかし、気持ちがまとまらない。
とんでもないことをしてしまったという後悔と未知の歓びに触れた高揚感。

数日後、私は導きの館から逃げ出した。
導きの館を去る決断は想像以上に勇気が要ったが、一歩踏み出すと不思議と駆け出していた。
あの日、あの森で知った感覚がまた蘇ってくる。
どこからか自信が溢れてくる。

もう、導師さまの声は、私を縛ることはない。
私の人生は私の声が導く。
ここから私の物語が始まる。

(終)

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