《Eine kleine Nachtmusic》嵯峨野小倉山荘色紙和歌異聞~五十九の歌~
《Eine kleine Nachtmusic》原作:赤染衛門
今夜、行くよ……、なんて、嘘。
いつまでも待ってるわ……、なんて、嘘。
嘘と嘘を掛けあわせれば、月の障りが嬉しい。
純白のシーツを女の経血で染め上げて
貴方を呪ってみたい。
<承前六十八の歌>
几帳の奥で式子は後じさった。
「怖い……、嫌です、定家様」
式子は胸を隠し、太腿を閉じて横を向いた。灯明から沈香の匂いがこぼれる。式子の裸体はほの暗い明かりの中でゆらゆらと揺れた。
定家は式子の言葉に驚く。
「怖がらせるつもりはなかったのでございます」
几帳の前で定家は式子を仰ぎ見た。
「やすらはで 寝なましものを 小夜更けて かたぶくまでの 月を見しかな」
謡いながら定家は溜息をもらす。
「月は未だ西の山にはしずんでおりませぬ」
そう応えた裸体の式子は几帳の裾から右足の爪先、足の甲、そして、足首を恥じるようにのぞかせた。
<後続七十の歌>