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みんなの海砂糖 #シロクマ文芸部
海砂糖。
そんな名前の砂糖は知らなかった。
満月の夜に、
潮風の吹く青白く照らされた砂浜で
白砂糖に月光浴をさせると薄い青の砂糖ができる。
それが海砂糖。
そんなおとぎ話のような話が
実際にあるとは知らなかった。
茜は、中学校の書庫の奧に見つけた
薄い青の表紙の本から海砂糖の作り方を知った。
海砂糖はただの砂糖ではない。
なめると境界線という線が消えてしまうのである。
海は、すべての陸とつながっている。
そこには国境という線はない。
ただ塩辛い母なる水が全てをつなげている。
母なる水は多くを養って与えている。
線は人間の中にある。
国と国の線。
人と人の線。
町、地域、県、会社、学校、グループ。
海砂糖が良く効くのが、
対立の線だ。
そう。
難しいことを考えるをやめ、
茜はとりあえず海砂糖を、一口なめて見たくなった。
茜は、海から近い坂の上の
小さな一軒家に住んでいる。
ちょうど今日は満月の夜だった。
茜は、夕飯を食べたあと、
部屋に戻ると窓から抜け出した。
石畳の坂は、青白く光っていて
茜の影を映し出していた。
明かりのもれる家々を抜けると、
青く光る砂浜が見えてくる。
薄い青の砂浜だ。
まるで、南の海の透き通った水の
浅瀬を見ているような錯覚に陥った。
そっと足を砂浜につけて、
ちゃんと歩けることを確認した。
茜は少し歩いて、
海から10メートルぐらい離れたところでしゃがんだ。
小さなショルダーカバンから、
ビニールに入った砂糖と、
ちょっとおしゃれな小さな皿を出した。
皿の上に砂糖をおいて、
じっとそれを見つめていた。
しばらくじっとしていたが、
ふくらはぎが痛くなってきて
思いきって座ることにした。
なかなかあぐらをかいて座ったことが
なかったので、違和感を感じた。
でも、それよりは砂糖を見つめる
ワクワクの方が勝っていた。
どれくらいたったのだろうか?
茜は、まぶたが重くなる感覚が出てきたので
引き上げることにした。
砂糖は、変わりなかった。
茜は、騙されたと少しイラッとして
フンッと立ち上がって家路へ向かった。
部屋は、テーブルライトで照らされていて、
窓は少し空いたままだった。
そっと窓を開けて、
慣れない様子で部屋へ入った。
茜は、机にカバンを置くと
ベットに倒れこみ気を失ったように眠りについた。
すずめの鳴き声で目を覚まし、
ハッと机の上のカバンから砂糖を出した。
砂糖は、薄く青白くそこにあった。
ほんとに薄い青だった。
茜は、ドキドキとワクワクで
ビニール袋からひとつまみ海砂糖を取り出した。
ゴクンと唾をのむ音が回りに広がった。
大胆に海砂糖を口に入れて、
口の中でそれが広がっていくのを感じた。
ふと昨日、香苗さんがいじめられていたのを
思い出した。
何人かの女の子が香苗さんに聞こえるように
悪口を言っていた。
茜は、あの時それに気づいていたけど、
男性アイドルの話で盛り上がっていてあまり
気にも止めなかった。
急に香苗さんが苛められていることを思い
胸がいたくなった。
まるで自分が苛められているような
そんな感じがした。
何人かのいじめた女の子の気持ちも
私の中に入ってきた。
お母さんが妹ばかり可愛がって、寂しさを感じる子。
お母さんもお父さんも帰りが遅く寂しさを感じる子。
児童養護施設で苛められていた子もいた。
それぞれの悲しみや寂しさがダイレクトに
伝わってきて、胸が苦しくなった。
茜は、なにも知らなかった事に驚いて
申し訳ない気持ちになった。
クラス分けしたとき、
みんな仲良かった。
そうだ、みんなでライン交換しあったんだった。
私は早くその胸の痛みを下ろしたくて、
みんなにメッセージを送った。
一言ひと言考えて送った。
時間は違ったが、
その日のうちにすべての返信が届いた。
私の胸の痛みは、
熱い気持ちに変わっていった。
少し涙ぐんだ。
そして、早く明日が来ないかと
机の上にある『みんなの海砂糖』を見ながら
まどろみへと入っていった。