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三話 宿縁2
――文清と山雀は従弟おじと従姉甥の関係にあたる親戚だという。神人たちは文清の兄が宮司を務める神社の神職だった。
数日前、家の掃除をしていたら、十年以上前に死去した文清の祖父、清野の遺言と共に一振りの小刀が見つかった。
小刀は鞘から抜けないよう厳重に紐で巻かれていた。それを解くと、刀の鞘には見たことのない家紋が刻まれていた。
遺言状には黒々とした墨で『小刀見つかることあれば我が故郷に奉じよ』とだけ書かれていた。
「わしは爺様の故郷を知らん。両親もわからぬと言うから、武家に婿入りした伯父、つまりは山雀の祖父にも聞きに行った」
そこで家紋が彼地の領主、嘉賀家のものだと知れた。
伯父はしばらく悩んでから、彼地へ向かうならば一緒に持っていってほしいと、清野が故郷の兄弟と交わしていた手紙たちを読ませてくれた。
その手紙によって、己の家が何百年も昔に彼地から外へ出された家系であること、祖父も五歳のときに彼地から出されたこと、兄弟というのが春清という名前の双子だったことがわかった。
一通りのことを教えてもらい、帰宅しようとしたところで、山雀が文清の家に遊びにいきたいと言いだした。よくあることだったのもあり、伯父の了解を得て連れて帰った。
「帰宅途中、あの神人たちとすれ違った。あいつらは元々素行の悪さが目立っていて、その日も荒んだ目で言葉なく見られたよ。博奕に手を出しているとも言われていたから、もしかすると負けた後だったのかもしれん」
その翌日のことだ。
朝は忙しく、文清は小刀を自室に置いて神社の手伝いをしていた。付いてきた山雀は境内の目が届くところで遊ばせていた。が、気づいたら消えていた。気づくのと同時に鎮守の森から火の気が上がった。
嫌な予感がして、箒を放り投げて走っていた。
一番心配した火は無かった。代わりに、部屋にあるはずの小刀を握った山雀が神人の男たち三人に抑えてられていた。
助けるべく立ち向かうも、神人たちとは培ってきた能力が元より違う。あっさりと殴り倒され、小刀ごと山雀が攫われてしまった。
「必死に探して今日ようやく見つけたんだ」
文清は山雀を抱きしめた。
一方、蝉里は聞き覚えのある名前が出てくる話に面を喰らっていた。
春清は彼地での主の子であると同時に弟分であり、清野は蝉里が彼地の民となるきっかけとなった人物だった。
「大変だったんだな」
「まったくだよ。あの三人組には二度とうちの敷居を跨がせてやらん。山雀も、なんだって小刀を持ち出したりしたのか、刃物を勝手に触ったらいかんぞ」
「だって、火が呼んでるから」
「火?」
蝉里は目を見張った。
「神様の火。刀の中に火が入ってた」
「……合点がいった」
「蝉里?」
彼地の民の宿願達成に必要なものがある。炫智神の欠片と云われる火だ。各地に隠された炫智神の魂であり、この火こそが蝉里を生かした。
「俺が今取り返してきてやる」
「おい? まて」
「またない」
蝉里は夜が訪れようとしている林に向かって駆けだした。駆けだしてすぐ、神人たちが小刀を捨てる可能性を考えた。が、子どもを取り逃がした者たちが唯一手元に残った売れそうな品を手放すことはないだろうと予想した。
林の中はすでに夜の帳に覆われていた。その頭上にはあいかわらず赤気が揺らめいている。
清野は蝉里が九州まで送り届けた人物だった。
蝉里の両親は元々、明の国で旅をしていた。父がヒノハラの国、母が胡人だった。母の目の緑色を受け継いでいるのが、蝉里の自慢の一つだ。
両親は蝉里が九歳の年にヒノハラの国へ渡ってきた。父が母に故郷の島国を見せるためだった。路銀は物々交換や労働、母の胡旋舞で稼いでいた。だから彼地を訪れた際、清野を九州まで運んでくれと頼まれたのも二つ返事で請け負った。小刀はこのときの清野の荷物に入っていたのだろう。
旅の途中、紀州あたりで野盗に襲われた。
野党にしては手練れだった。おそらく武士崩れだったと考えられる。
父は目の前で殺された。母は子どもたちを抱えて川に飛び込んで難を逃れた。しかし無理が祟り、運び清野を届けた先の屋敷で死亡した。
孤独となった蝉里は彼地に引き取られた。そうして彼地の民として十二年間生き、二十一歳のときに事が起きた。
駆け続けると峠の辺りで神人たちに追いついた。が、様子がおかしい。神人三人がひとりを囲んでいる。暗くてよく見えない。
まぁいいかと、小石を拾った。
拾ったならばやることは決まっている。狙いを定めて投げた。
「あ」
「いった?」
しかし石は狙いを外れ、囲まれていた男の背中に当たった。
若い男の声だった。
隙を作れたのならばまぁいいかと蝉里は気にせず、素早く手前の男に飛び蹴りを入れた。勢いのまま横の男に拳を叩きこむ。三人目の男が殴ってくるのを紙一重で避け、伸ばされた腕を掴んで投げた。
神人というだけあって男たちは打たれ強かった。蹴られた男が悪態を吐きながら短刀を抜いた。背中を向けていた蝉里は気づかない。
体を起こした瞬間、振り上げられた凶刃を若い男が自身の刀で弾き飛ばした。その音で背後の様子を把握した。若い男は短刀を持った神人の腕を取って後ろ手に拘束し、刃を首に宛がう。
「死にたい?」
男の悲鳴が林に響いた。その声を合図に神人たちの動きが止まった。
「いいなその脅し。最高だ」
「ありがとう。できればあなたも動かないでほしいのだけれど」
蝉里はわざとらしく服の皺を伸ばしたり、鞘に入ったままの腰の霊刀――人間相手ではただの刀――を撫でたりしながら、若い男の正面の位置に移動した。正面の人物をじっくりと観察する。その顔は夜闇ではっきりと見えない。
「神人たちが盗んだ文清の小刀。それだけ返してくれたら俺はすぐにここを立ち去るよ」
若い男は器用に片眉を上げた。
「奇遇だね。私も文清さんの小刀と、山雀っていう幼子を探していたんだ。その文清さんに頼まれてね」
蝉里はなんだ、と心の内で呟いた。
文清は山雀のことばかり気にして、小刀にはあまりこだわっていなかったように見受けられた。人命優先ぐらいに受け止めていたが、それは半分正解でしかなく、協力者がいたから落ち着いていたのだろう。
蝉里は刀を抜いて、機を窺っている様子の神人の脇に突き付けた。
「あいつの知り合いなら、気軽にせんちゃんって呼んでくれてもいいぞ」
「ははっ、お断りするよ」
「残念。山雀ならもう文清と合流しているよ。俺は成り行きで協力中。せっかくだから俺たちも一緒に向こうへ合流するかい?」
「それもいいね」
「じゃぁさっさとこいつら始末しちゃうおうか」
蝉里は切っ先を変えて神人の首を撫でた。赤い線が一本入る首に、蝉里は薄気味悪い歪んだ笑みを浮かべた。
「止めだ。割に合わない。俺は抜ける」
拘束されていない頭目が隠し持っていた小刀を地面へ投げた。
「五男坊には二度と顔をみせねぇとでも伝えてくれ」
と言って、頭目は足早に夜道に消えていった。
頭目に触発されたふたりが首に当てがわれていた刀を押し退けて後を追っていく。蝉里は手を振って見送った。
さて、と霊刀を納刀した蝉里は素早く小刀を拾った。鞘から抜いて現れた刀身には、揺らめく神火が映っていた。
刀身の神火が辺りを照らしたことによって、ようやく周囲が確認でき、張り詰めさせていた緊張の糸をほどいた。
が、照らされた若い男の顔を見て息が止まった。
「お兄さん?」
眞上常遠。将軍・真上永泰の次男だった男。
同腹の長兄・俊遠をよく立て、控えめかつ品行方正、清廉潔白という評判で有名だった。武にも優れ、都に強襲を仕掛けた蝉里と対峙したのも常遠だった。
その友だった男と、目の前の男は瓜二つだった。