連続小説「88の謎」
第十五話 Ottava
シンゴは佐藤の話を整理しつつ、疑念を抑えられなかった。
(かなり話にムリがある...というかムリしかなくね?どんだけ国土交通省のお役人はバカなんだか...)
IR関連の管轄省庁は国土交通省である。生まれ育った故郷を思い起こして、シンゴは少しの間、感慨に耽った。どう考えても、到底あの地に一大リゾート施設が出来るというイメージが湧かないのだ。ふと視線をグラスに戻し、シンゴは佐藤に尋ねた。
「お話の背景は見えました。それで私に何を期待されているのでしょうか?」
佐藤がシンゴの方へ顔を向け、更にゆっくりと言った。
「ウチのグループに来てください。カジノ関連の新会社を立ち上げます。マーケティングの責任者の椅子を空けておきます。もちろん役員待遇で。」
シンゴは眉をひそめて佐藤を見た。よく考えたら自分が広島で生まれたことは職場でも誰にも話してない。戸籍を調べることは簡単だが、そこまで調べる必要があるのかと...いや、むしろ真剣にヘッドハンティングしたいから、そこを調べたとも言えるが。
「カジノの目玉はポーカーやブラックジャック、ルーレットなどでのディーラーとの駆け引きですが、コンサルティングとして、そこに純日本産のスロットやテーブルゲームを設置しすることを提案してます。生産拠点を四国に作ることで地域貢献をアピールすることも目的の一つです。」
佐藤の提案は想定外だった。だが理にかなっている。シンゴの天邪鬼が目を覚ました。
「まさか私にカジノ向けのマシーンを代理販売しろってわけじゃないですよね?」
佐藤はシンゴを目線で制し、グラスを片手に少し視線を宙に浮かせて言った。
「まあ近いのですが、メーカーの製作段階から関わっていただこうと思ってるんです。日本のパチンコやパチスロメーカーのマーケティングはまだまだザルだ。ヒットしなくてもメーカーは潰れなかった。気楽な商売だったんですよ。どれだけ出玉性能がコントロール出来るかに重きを置いてるし、まだまだキャラクターや版権に頼った製品が多い。」
「確かにそうですね。」
「ええ、でもここ10年で業界の売上は約半分近くに落ち込んでる。そしてカジノの経営ノウハウは確立されていない。メーカーの苦悩を解決しつつ、包括的に事業を成功させるには、人材を早めに抱えなければならない。それが私達の今の課題なんです。」
シンゴは頷いてから完全に冷めた大根を箸で割り、一口だけ噛み締める。
ふと記憶のピースが繋がった。パチスロ大手メーカーのネオユニバースの奥田会長がマニラにカジノを持ってたはずだ。
「佐藤さん、確かオクダマニラってカジノがあるじゃないですか?日本人が唯一経営してるっていう...」
「そうです。その奥田会長からのお声がけがあったんです。」
「ええ!?」
さすかにシンゴは度肝を抜かれた。カジノ施設であるオクダマニラの総工費用は約4,000億円だと聞いていた。そのオーナーの奥田会長からもヘッドハンティングの依頼があったとは...
「次はウチの会社で話をしませんか?COOを2名引き合わせます。悪い話じゃないと思うので。」
シンゴは佐藤と目を合わせて慎重に言葉を選んだ。
「...ええ、一旦考えさせてください。返答はいつまでに?」
「来週中までにご連絡いただけませんか?メールでお願いしたいと思います。」
「分かりました。私用携帯からのメールになりますので…後ほど私から週明けにメールいたします。」
そう言って、あとは二人で昨今のパチンコ業界について雑談レベルの話を重ねていった。
(マジかよ...これホンモノだったらえらいこっちゃだぞ...)
佐藤と別れてから、酒が一気にシンゴの体を駆け巡った。まるで夢物語だと思った。
(共実産業は今や外資系グループだもんな。最高マーケティング責任者で役員待遇と言ったらCMOになるのか...)
「なんかアルファベットの役職かっこええな。」
酔いが回ったせいで、気がつくと偏差値ひと桁台のセリフをシンゴは口走っていた。
妻からの連絡がないか確認しようと携帯を見ると、シンゴの妹からのLINEが来ていた。シンゴは急いでメッセージの内容を確認する。
「お兄ちゃんに相談があるんだけど、手が空いたら連絡してねー。」
動くスタンプ付きのメッセージを読み終え、シンゴは慌ててLINE通話を掛ける。2コールほどで相手が出た。
「ヤッホー!お兄ちゃん元気にしてたー?」
「おおおおー!エリーっ!元気にしてたかーー!?」
シンゴはさっきより1オクターブほど高い声で話し始めた。
「うん、今日も頑張って配信してきた!」
「そうかそうか!変な男に絡まれなかったか!?」
「大丈夫。だってマカちゃんが見守ってくれてるもん。」
「だよなぁー。提督がいるなら安心だよなぁ...」
「なんでマカちゃんのこと『提督』って呼ぶのよ(笑)。それより聞いて!私CMに出れるかもなんだけど。」
「え?なに!?なんの??」
「実はねポコチャのイベントでPrincess U "Chouten"って企画があって...」
携帯を持つシンゴのテンションは最高潮に達している。シンゴが愛する妹からの相談を聞いているうちに、駅前の大時計の短針は22時ちょうどを指した。
「そうか、そしたらまた電話するよ。エリ、元気でな。」
シンゴはようやく電話を切り、ふぅと一息ついた。ひとりで飲み直したい気持ちもあったが、いくつもの夜を語り明かした若い頃とは違う…そう思い直してシンゴは家路に向かった。
大時計は賑やかな週末の街中に、バダジェフスカの名曲「乙女の祈り」を鳴り響びかせていた。
第十六話に続く
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