超短編「椿の花…頭のいい子と褒められた私は」

頭のいい子に憧れた私は…


自作イラスト



小さい頃から成績が悪かった。
かけっこも遅かった。運動も得意ではなかった。口下手で口喧嘩も苦手だった。更に家は貧しくゲームを持たず、また旅行に行くこともほとんどなかった。

母は恵まれた家庭で頭が良かったらしく、いわゆる良家子女の多い大学を卒業した。
しかし日本以外に仕事を求めて世界を放浪するような生活をしながら紀行文を書き、拘束のない仕事をして生業とした。だからなのか、結婚を選ばずに私を生んだ。私の父は未だ明かされていない。
私と祖母はたまに肩身の狭い思いをしながらも、どこかで母の生き方を羨ましくも感じていた。

母は、男に依存する人生はまっぴらだと言っていたが、父もなく祖父も他界した私は身近にいない「男性」に憧れを抱いた。

幸い私の外見は、頭の中身とは裏腹に、異国の見知らぬ父親の血筋から受け継がれた高い鼻と冷ややかな青みがかった瞳で知的な雰囲気に仕立てあげられていた。

昔ほどではないにしろ、今の時代も、異分子の外見は下世話な好奇心に晒される。同級生とは一線を引きたい疎外感を引きずっていた。

その一方で、大人びた外見がそぐう年代になると、取り柄のない私に関心を持つ人々が近寄ってきた。ビジネスの名目でやけに意味深な言葉が飛び交うが、正直よくわからなかった。やはり自分は馬鹿なのかもしれないと再認識した。

近づいてくる「男」が言う。
「頭のいい子だね」「賢いね」
学校時代に言われなかった褒め言葉に舞い上がった。

欲の嗅覚をもっともらしい美辞麗句にすり替える術が、浅はかな私には大人の知恵に見えてしまった。
私の手を握るその手も、祖母の頼りない小さい手とは比べものにならない位に温かで大きなものだった。
お父さんにおんぶされて嬉しそうな顔をしていた友達の姿を思い出した。父を知らない私は、友達のお父さんの広い背中に憧れていた。

"かわいい娘"として受けた抱擁ではないのに、私は頼もしい腕に包まれることに体の力が抜ける安堵を感じた。

底知れぬ渇望は、見え透いた嘘も下心だけの偽善的優しさも区別できなくなっていた。

警戒や躊躇いが薄れてきた頃、神社に救いを求めてお参りした。お稲荷様を囲む生垣には赤い椿の花が溢れ落ちそうな程に咲いていた。活き活きと元気に咲く花が愛おしくなり、思わず携帯の中に画像を納めた。

あまり家に帰らなくなっていた私を祖母がひどく心配していた。憔悴しきった姿に私は胸に詰まる思いを感じた。それなのにその場にいられず家を出た。

胸の鼓動が意味もなく私の耳奥深く響いていた。いたたまれず椿の花が咲いていた神社に行った。

椿の花は全て散っていた。

別の公園にも行ってみたが、咲いてなかった。

日が暮れて仕方なく家に帰ると仏壇に赤い椿の花が飾ってあった。祖母が何も言わずに温かいココアを入れてくれた。

*椿の花の花言葉が日本と西洋と正反対であることを知り 物語を書きたくなりました。


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