超短編「病院で見た父は」

思いがけない場所で思いがけない人に出くわす

■「病院で見た父は」

父は、出張があったり、ふらりと行方知れずになったり、とにかく毎日帰ってくる父親ではなかった。
ある年の秋、例のごとく、何日経っても帰宅しない。気がつけば1か月。そして今、父の顔を見ないまま5年経っていた。

母は変わらずに、毎日仕事に行き、ご飯をつくり洗濯をしていた。
帰らぬ父の悪口を言うこともなかったが、たまに窓から外を見て溜息をついていた。
母の日常は淡々と黙々と、そして堅実なものだったが、怒ることもない代わりに、笑うことも無くなっていた。

母は、溜息の後には、必ずキッチンの掃除をしていた。
流し、台、そして壁。
壁のシミを落として白い状態に戻すことを好んでいた。

ある日突然、うなだれた様子で父が帰ってきた。
キッチンで水を飲むと、いきなり壁に吐血した。
白い壁に大きな赤いシミがついた。
ただならぬ姿に救急車で運ばれてゆき、そのまま入院した。

入院しても、母は変わらず毎日仕事に行き、ご飯をつくり、洗濯をした。

友達の家では、お父さんが入院した時、お母さんが毎日、病院に通い、そのため友達の夕飯は、弁当やカップ麺や粗末なものになったと言っていた。

うちのお母さんは違うんだな、と思った。

ある日、友達と隣町のショッピングモールに行った。帰り道、父の入院する病院が近いので見舞いに寄ることにした。
母が働いているので、お見舞いは週末だけだった。
平日の面会時間は午後7時までだから、少し会えるなと、父も驚くだろなと期待しながら病室に向かった。

病室に入り、父のベッドのある窓際に行くと見知らぬ女性が父に付き添っていた。

父は、かなり驚いた様子で目を丸くし口も開いたままだった。

「よく来たね」と言いながら女性と繋いでいた手を離した。

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