馬をめぐる物語… 超短編「雨の奇跡(後編)
●「雨の奇跡(後編)」 作2024.6.8
男はいつのまにか泥水に浸かってました。けれども自分が汚れようがそんなことはどうでもよくなっていました。
かつて男は水力発電の現場で働いてました。大雨が降ると発電所付近の安全点検をしないといけません。男は2名の仲間と連れ立って点検作業に向かいました。危険が伴うのでヘルメットや防水作業服、安全靴で防備し実施します。しかしながら足を滑らせて転倒し落下してしまいました。それが足に障害の残った事故です。
小さい頃、川でよく遊んだ男は、河原を歩いたり上流まで行ってみたり、水門を見つけた日には、要塞のような雰囲気にロマンを感じるほどでした。学校の社会科見学で発電所に行くと自分の知らない川のことをもっと知りたくなってきました。
水力発電の会社で働き始めた男は、働いて初めて知る世界に心躍る毎日でした。しかし次第に人間関係に疲弊し組織の中で働く生き方に息苦しさを感じるようになりました。
そんな迷いの出てきた頃に事故に見舞われたのです。
あの日、運河から出てきた馬(ジャック)は、水に濡れた体が太陽の光を浴びて眩いばかりに光っていました。神々しく輝いてました。日常の世界を離れた解放感を満喫していたように見えました。
男は馬への関心を深めていきました。馬は足を怪我して自分で立てなくなると安楽死になることも知りました。500キロほどの体重を細い足で支えるのに、走り跳躍していた方が体の重みを負担に思わずにいられるのです。その脚力が細い足でも自力で重い体を支える筋力となり体の自由を可能にします。走る足があってこそ馬自身が生きている証でありました。
馬の世界の宿命を知り男は自分の足を悲観的に考えることをやめました。
そうして、いつしか男は馬の写真家になってました。男の想像する馬の表情を一瞬で映し出す姿を撮るために何時間も待つようになりました。
雨の日、風の日、雪の日、猛暑の日も…。
未知なる馬の姿に知らなかった馬の感情を見出だすことが男の楽しみでした。厩舎で小さな子供がいると、慈しむように見知らぬ人間であれ、守るようなそぶりを見せる、そんな尊い優しさをもった馬もいました。
ジャックと知り合い、20数年たちました。小雨ふる日、ジャックは一仕事を終えてから静かに天に旅立ちました。
その日、レインミラクル(ジャックの現役名)の子、サンダーミラクルが初勝利をあげました。