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超短編「落ちてきたお面〜秋祭〜」


いつも利用するクリーニング屋が閉店していた。
仕方なく別の店を探す。
ほどなく見つけた小さなクリーニング屋に礼服を預けると、帰り道、歩いている人の列を見かけた。こんな住宅街で、日常こんなに人は歩かないだろう。
人の出てくる道を辿る。
その先には、小さな鳥居があった。こんな所に神社があっただろうか。
秋のお祭りだった。演台と思われる小さな舞台にはお面を被った人が何か演じていた。
ヨーロッパのカーニバルみたいな雰囲気だった。
いや、ここは日本だ。薪能になるのだろうか。

小さな池には鴨と鯉。お祭りの前に丁寧に清掃したのだろう。水は透き通り、オレンジ色の鯉は更に色鮮やかに水中に線をひいていた。

池を眺めていたら、目の前を何かが横切り水面に落ちた。

未知瑠の前に落ちたので拾う。風上には少年が立っていた。

古びた紙のお面だった。
少年の視線は紙のお面に向けられていた。その視線のままに、未知瑠は少年に紙のお面を手渡した。

「ありがとうございます」
少年ははっきりとした声で礼を言った。
未知瑠は、笑顔で返した。

そのまま去っていくと思われたが、少年は未知瑠の顔をじっと見ながら動かなかった。首をかしげる未知瑠を一頻り見つめてから、ぺこりと恥ずかしそうに会釈をして走り去っていった。

翌日、未知瑠は、亡くなった祖母の遺品を整理していた。
家の権利書と一緒に骨董品の鑑定書や古い戸籍が、箱にしまわれていた。
昔の戸籍には、未知瑠の知らない名前が幾つかあった。
母が、昔は栄養状態が悪くて生まれても数年で亡くなる子供も多かったと説明してくれた。黄ばんだ紙に旧漢字で書かれた書類を、タイムスリップした気分で一枚一枚未知瑠は眺めていた。

ふと、その中に見覚えのあるものを見つけた。
昨日、神社で少年が持っていた紙のお面だ。
しかも紙のお面の端には、「秋良」と書いてある。
未知瑠は慌てて古い戸籍の中の名前を見直した。

「秋良」という名前があった。

母に訊ねた。

母はしばしの沈黙の後、ぽつりと話してくれた。

祖母は、お嫁にきたけれど、お姑さんと折り合いが悪く辛い結婚生活だった。にも関わらず祖父は出征し、更に家の中で孤立した。
その頃、家計の足しに着物を縫っては売りに行っていた反物屋さんの若旦那さんによくしてもらっていた。いつしか優しい若旦那さんと懇意の仲になった。
…で、身ごもってしまった。お姑さんとの仲は修復しようもないものになったけれど、世間体や子供の事を案じて離縁はしなかった。
でも、妊娠中まともな食事してなかった為に、その子供を生むも3歳で亡くなってしまった。
おそらく祖母は、若旦那さんのことは一番好きだった。
祖父とは家が決めたお見合いだったのだから。

反物屋さんは、あの神社の一番の氏子さんだった。
「秋良」の亡くなった日は10月7日。秋祭りの日だった。

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