季節のない世界-透.3
主な登場人物
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透と知り合ってから4カ月が過ぎた。その間、彼はマメに連絡をよこし続けている。
「まーいさん、おはよう」
透は、ほとんど毎日欠かさず朝の挨拶をする。
「おやすみ、まいさん」
透は、ほとんど毎日欠かさずおやすみの挨拶をする。
「おやすみ」のかわりに、通話をかけてくることも少なくなかった。
2023年4月15日。土曜の夜にスマホが鳴る。
「お、透だな」
いつもだいたい23時ごろにかけてくるので、時間帯だけで透だと判別できた。
お風呂上がりの全身のスキンケアをしながら、イヤホンをセットして通話に出る。
「はろはろー」
「おつかれさまー」
突然の着信にも対応できる私を「なんでいつも出られるねんw」と笑う。
「まいさん、今何してるん?」
「ん?お風呂上がりで体にクリームを塗っていますねぇ」
「そうなんや。これからスプラせぇへん?」
「お、いいよー。あと5分くらい待ってくれる?」
「おっけ。俺も今から飯食うわ。5分で」
「ちゃんと噛んでwww」
「ほとんど丸飲みやでwww」
一連の作業を終えて、クリームでべたべたの手を洗い、Switchを取り出す。
「いま電源つけるー」
「いま食べ終わるからまってー」
互いにスプラを立ち上げて、いざゲームスタートというときに、私の仕事用のスマホが鳴った。
フリーランスという形態だからか、深夜に仕事の連絡が来ることは多くあった。いつもの緊急修正か、と思い「ちょっとまってね、仕事の連絡」と透に伝え通話をミュートにし、もう一つのスマホに手を伸ばす。
その画面にあったのは、元夫の電話番号だった。
私は仕事のために、自分の電話番号をネット上に公開している。今の仕事について誰かに聞いたのだろう。そうして、情報にたどり着きこうして電話してきているのだろう。
元夫とは、残念ながら円満離婚とはいかなかった。彼との結婚生活では互いにボロボロになり、最後は泥沼の離婚劇を繰り広げた。10年の結婚生活で、いい思い出はひとつもないといっても過言ではない。
番号を見た途端に噴き出す冷や汗とけたたましく鳴る心音。とたんに脳は最低な記憶を呼び起こす。
無視することもできたが、「番号を知っているということは、私の情報のすべてに行き着いたかもしれない」という恐怖から、ひとまずその着信に出ることにした。
「もしもし」
「こんな時間にすまん。あと、突然連絡して申し訳ない」
「うん、何かあったの?」
「実は、友達からお前があの時不倫していたって聞いて」
「はー?あの時って、いつ?」
「別居してから」
「それで?」
「いや、なんか俺の方が悪いみたいな感じで終わったべや」
「うん」
「したっけそれ聞いて、一言言わなきゃ気が済まないと思って」
「うん」
「で、どっち?してたのか、してないのか」
「てかさ、別居後の恋愛って不倫にあたらないから」
「は?」
「別居後に彼氏いたのは事実だけど、それは不倫にあたらないから」
「お前、ふざけてんのか?一言謝ることもできないのか?」
「謝る必要がどこにあるの?まったく理解できないんだけど。てか、そっちは別居前から女いたの知ってるんだけど」
「はーー??」
売り言葉に買い言葉、罵倒に次ぐ罵倒が10分ほど続いた後に、透を待たせていることを何とか思い出した。
「てか、明日も早いからもう切る。あともう私とあなたは無関係なんだから二度と電話をかけてこないで!」と無理やり終わらせ、すぐさまその番号を着信拒否にした。
そのあとにハッとした。
「あいつ、家までくるかもしれないじゃん……」
そんな恐怖心で再び動悸が強まる。とにかく、これ以上透を待たせられないと、玄関に向かってチェーンロックを確認しながらミュートを解除した。
「ごめんごめん、長くなった」
「ええんやで。たいへんやなぁーこんな時間にも仕事の連絡くるんやな」
「いやーそれが」
「うん」
「仕事じゃなくて元夫だった。連絡」
「は?きもくね?え?離婚して何年だっけ?」
「29の時に離婚したから、もう7年くらい経つね」
「いや、計算合ってないってwwwどんだけ計算苦手なんwwwじゃなくて、何だったん?」
「んーなんか、別居してるときに男いたんだろっていわれた」
「バカすぎるwwww」
「めちゃくちゃ言われたけど問題はそこじゃなくて」
「うん」
「番号教えてないのに知ってるってことなんだ」
「こわ……」
「ね」
「とりあえず、今日はスプラはやめよう」
「うん、ごめんね」
「ええよん。俺はいつでも空いてるし、また今度やろう」
「うん。でね」
「うん」
「電話番号知ってるってことは、もしかして住所も知ってるかもって思って」
「ああ、それは確かに。怖いなあ」
「そうなの、怖くて」
「じゃあ今日も寝落ち通話しよう。俺、眠り深いタイプやから、変な物音しても気づかれへんかもしれんけど」
「うん、でも人の気配あると少し安心するから。私は眠れないかもしれないけど、透のいびききいておく」
「しんどwwwいびきのことは言うてくれるな」
「www」
「せやけど、まじめな話、実家とかは頼れん系?」
「うん、離婚のゴタゴタに実家巻き込んで以来没交渉」
「まじかー。うーん困ったな」
「うん」
「実はさ」
「うん」
「直前までだまっとって驚かそうおもていうてへんかったんやけど」
「うん」
「来週からまたそっち出張なんよ」
「まじか」
「俺本当にまいさんに手、出さないから。出張の間だけでも見張り番しよか?」
「ええ……」
「あかんか?」
「ええ……」
「まぁええわ。ちょっと考えといて。月曜の夕方にそっちの空港着く。もしOKだったら空港迎えにきてや」
「ええええ……」
「とりあえず寝よかw歯磨いてくるからまっとってー」
「う、うん。わかった……」
これまでのやり取りから、透は本当に私に何かすることはないだろうとは思う。思うけれど、そういう問題じゃないだろう。
心底親切心なのはわかる。私を心配しているのもわかる。でもそれはどうなの。。。と、ぐるぐる考えていると透が戻ってきた。
「まーいさん」
「はい」
「ただいま。あのさ、まいさんいつもSpotifyで音楽きいてるじゃん」
「うん。人の声がないと仕事もできないしねむることもできないから」
「重症やなwww
それでさ、この曲知ってるかな?」
「どれ?」
「ひゃくまんかーいのあいしてーるなんかよーりも」
「知らないwww」
「まじか。またジェネギャか。前に教えたアーティストのさ、『等身大のラブソング』って曲。いま聞いて」
「うん、ちょっとまって」
「見つかった?」
「うん」
「じゃぁさ、歌詞見て」
「うん、開いたよ」
「それ、俺の気持ちだから」
「???
からかってる?」
「俺のまいさんへの気持ちわかるでしょ」
「お、おう……?」
「まぁ、とりあえず寝ようw」
「お、おやすみ」
「おやすみーー!」
今日も透は、そういって1分かそこらでいびきをかきはじめた。
わたしは元夫からの電話と突然の愛の告白?とでメンタルがぐっちゃぐちゃになり全く眠れず、透のいびきを聞き続けて朝を迎えた。