季節のない世界-透.4
主な登場人物
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2023年4月17日 16:00
雪解け水と融雪剤が混じった黒色の汚水がまばらなアスファルトに辟易しながら、私はハンドルを握り空港に向かっていた。
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寝落ち通話の後、目覚めた透が眠そうな声で、ゆったりと話し出した。
「まいさん、おはよう。またいびきすごかった?ごめんね。
昨日俺が言いたかったこと、わかる?
まいさんが大切だから、まいさんが望まないことはしない。でも、自分の手で守りたい。
困ったときには、一番に助けられる存在でありたい。
何言ってんのこいつって思ったと思う。でも、真剣に考えてほしい。本当に心配なんやって……」
「うん」
「自分の家に他人を入れるって、ハードル高いよな」
「うん、それは本当にそう」
「むしろ俺家事もするし、仕事の邪魔もしないから」
「うん」
「ただ、気を付けてほしいことがいっこある」
「うん」
「俺、手を出さないって決めたら本当に手を出さない人間なんやけど。過去に実績もあるし」
「うんうん、前なんか聞いた気がするw」
「そうそうwだけどさ」
「うん」
「どこか一カ所でも触られたら、危ない」
「www」
「たのむから、一緒にいる間は触らんようにしといてw」
「わかった。じゃあ、月曜は何時に空港に行けばいいの?」
「17時ちょっと前にそっち着くねんな」
「わかった。間に合うようにいくね。」
「そろぼち起きるわ。一旦通話切るね。また後で」
「はーい。私も掃除しとかなきゃ……」
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こんなやりとりを経て、私は律義に透を出迎えに行った。
4月の北海道はまだ肌寒い。下手をすると、ゴールデンウィークにだって吹雪く日がある地域だ。
昨夜から今日にかけてちょうど雪が降った。
透は薄着をしすぎていないだろうか?心配になった私は、駐車場に停めた後、車のヒーターを強めに設定してからエンジンを切った。
久しぶりに来る空港は、人でにぎわっている。
ついこの間まで、コロナ禍で活気を失っていた場所も、今はすっかり元通りだ。
外を見ると、ちょうど透の乗っている飛行機が到着するところのようだった。
空港で人を出迎えるなんて、いつぶりの経験だろう。恋人ではないけれど、遠距離恋愛中の人はこんな気持ちで恋人の到着を待つのだろうかと、うっすらと思った。
そうこうしているうちに、大げさなダウンを着込んだ人たちが次々とやってくる。
その中の一人に、透がいた。
透もちょうど私を見つけたようで、こちらを見て大声を出す。
「まいさーん、もうちょっとまってなー!」
ここは田舎の空港、人の視線が痛いほど突き刺さる。私は顔を真っ赤にしながら首をぶんぶん縦にふるのが精いっぱいだった。
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「あーごめんごめん、自分の荷物どれかわからんようなってしもてw時間かかったわー。
まいさん、久しぶりだね」
「うん、ひさしぶり。長旅お疲れさま」
透は、人の目をまっすぐ見てしゃべる。私はそれが恥ずかしくて、下を向いて目線を外した。
「ほんま、北海道遠いわ……まーそれでも直行便あるだけましやけど」
「昨日から今日にかけて雪が降ったから、足元気を付けてね。ちゃんとあったかいかっこしてる?」
「ばっちり!上はちゃんと着込んでるよ!下は夏用だけどwクソ寒いなw」
「www」
「とりあえず、晩飯くいたいわー。あの店いこか?」
「そうだね、再会に乾杯的なあれしようかw」
「よっしゃ。申し訳ないけど最初にまいさんの家に行って、荷物を置いて、飯食う、でいいかな?」
「おっけおっけ。じゃぁ、車こっちだから」
お気に入りの小さなかわいらしい車に、ちょっとがっしりした透が「お邪魔します」といって乗り込む。横幅の小さな軽自動車は、助手席に乗られるとひどく距離が近くなる。
「っと、ついここ座ってもうたけど、助手席でええんかな?」
「後ろに乗られても社長みたいでいやだよね」
「たしかになw」
「荷物後ろにのせたらここしか空いてないし、いいよー」
「触らんようにだけ気をつけてなw」
「今から?wこの車、ひじ掛け運転席にしかついてないから、あと狭くてごめんね」
「俺、自分の車もったことないしよくわからんから、ええよ」
触れそうで触れない車内の距離は、二人のこころの距離と似ていた。透がいる左側の半身が、少しむずがゆい。
駐車券をバッグから取り出して、ゆっくりと発進。広い道路に出たころ合いを見計らって、透が話し始める。
「で、あれから元の旦那さんからなんかアクションあった?」
「あーなんか、実家周辺うろついてるって久しぶりに連絡きた親から報告受けてる」
「まじか、ガチでやばいやん。俺ダメもとでこの提案してよかったわ。怖すぎる」
「そー、離婚してすぐは私を殺すとか見かけたら殴るとか、脅迫してきて」
「いや、男見る目なさすぎるwww」
「www
そのあと、警察とか離婚のときにお世話になった弁護士さんに相談したり、しばらく大変だったよ」
「つか、まいさん」
「はい」
「家、遠くね?w」
「そっか、家知らないもんね。私の家はあのお店からは近いけど、空港は遠いよ」
「あーそこまで考えてなかった、ごめん」
「いいよ」
「燃料代もばかにならへんしな。今日は俺おごるから、遠慮せず飲んでな」
「わーい!ありがとーー!」
無事家についたころには18時を回っていた。
「早くいかな、カウンター埋まるな!」と焦らせる透を横目に、「あ、大将、今日友達と二人で行くから、カウンターのいちばんはしっこ、予約してもいい?」としっかりいつもの席を確保した。