記憶の魔女たち
双子の姉妹は生まれついての魔女だった。
姉は「追憶」の魔女。ぱちりと勝ち気な眼差しが印象的で、頭の回転が速く、機知に富んだ会話で人の心を掴むことに長けていた。
妹は「忘却」の魔女。凛と涼やかな眼差しはいつもどこか憂いの影を帯び、活発な姉とは対照的に、大人しく物静かな性格で、穏やかさゆえにあまり目立つことはなかった。
姉妹は小さな村でひっそりと肩を寄せ合い暮らしていた。能力ゆえか、魔女として注目されることはなかった。ただ、ほんの少し覚えが良かったり、まるで人の心を覗いたかのように察しが良すぎたりする優秀な少女たちだと捉えられていたようだった。
「おかしいな、鍵、たしかにここにしまったと思うんだけど」
「そこにないなら、もしかして、上着のポケットに入れたまま置いてきちゃったんじゃない?」
「えぇ、そんな馬鹿な……。いや、でもシュネーが言うなら見てみよう」
そのしばらく後、鍵は君の言う通り、上着のポケットだったよ。危ないところだった。と青年が笑って言うのを、姉妹は顔を見合わせて微笑むのだった。
記憶の覗き見は姉妹の密かな楽しみだったが、ふたりの間でいたずらに覗き見ないという約束があった。人の記憶を覗き見ていいのは、こうして誰かが困っているときだけだ。
それが、悪い魔女にならないための姉妹の約束だった。
姉妹の住む村は平穏を絵に描いたような平凡な村だった。
姉妹は小さな丘の麓の小さな家に住んでいた。その丘は春になれば花が咲き、夏になれば青々と緑が覆う。秋に敷き詰められた枯れ葉の絨毯は、冬になれば真っ白に染め上げられ、また春の芽吹きを待つ。
丘のてっぺんには風車があって、そこでは大きな石臼がぐるりぐるりと小麦を挽いている。
村の中心にある小さいけれどステンドグラスの綺麗な教会は村人皆の誇りだった。毎日曜日の朝は村中の人間が礼拝に集まる。
礼拝が終わった後、焼き立てのパンを頬張りながら歳の近いこどもたちとお話をして、その後は丘を駆け回るのが姉妹は好きだった。
姉のシュネーはいつだってこどもたちのリーダーで、妹のレーテは幼いこどもたちの良き見本だった。
シュネーがこどもたちを率いて丘を滑り降りたり大人に悪戯したりする間、レーテと同じようにおとなしいこどもたちは木陰で本を読んだり、花冠を作ったりしたりしてすごした。どうしても忘れられない怖い夢や悪い夢を見た時は、レーテに相談すると気持ちが軽くなる。
姉妹が年頃の娘になった頃、村に不吉な知らせがやってきた。
どうやら隣の村に魔女がいて、不作の厄災を振り撒いているらしい。不作の余波は姉妹の住む村にもやってきた。天候に恵まれず、土地は痩せる。
魔女だ。魔女の仕業だ。
誰かが言った。この村にも魔女がいるに違いない、と。
悪い知らせは重なった。隣の村に派遣された魔女殺しは、ついぞ魔女を見つけることは叶わなかった。それゆえ、近隣の村に魔女を探しに来ると。
村人は口々に魔女殺しを讃えた。もし我らの村に恐ろしい魔女がいるなら、魔女殺しが見つけ出して殺してくれるはずだ。そうすれば、きっと作物も元通りになるだろう。
「好き勝手言うわよね」
「……そうね。それだけ、不安なのよ」
「わたしたち、どうしよう。このまま村に留まってはきっと魔女だと知られてしまう。かといって逃げればもっと怪しいわ」
「今、村の人に何を言っても無駄だと思うわ。誰もが血眼で魔女の印を探しているもの」
そうよねぇ、と深くため息を吐いて、シュネーは窓の外を見る。
「ねぇ、見て、わたしたち、あんな人知らない」
レーテを手招いて窓を指す。その先には見知らぬ女性がいた。歳をとっているように見えるが、背筋はまっすぐで歩き方もしゃんとしている。それになにより、ただならぬ気配を放っていた。
「魔女殺し……来てしまったのね」
「ええ、来てしまったのね。でも、まだ来たばかりよ。きっとわたしたちには気がついていないわ。レーテ、逃げ出すなら今よ」
「そうね。一刻も早く……でも、どこへ?」
「わからない。でも、どこか遠くへ。お願い、レーテ、あなたが逃げて」
「シュネー! どうして、わたしたちはいつも一緒なのに!」
レーテは思わずぎゅっとシュネーの手を握る。
「わたしたちはいつも一緒だからよ」
シュネーはしっかりとレーテの手を握り返した。
「わたしたちはいつも一緒だから、わたしが村に残ればわたしたちは村にいる。あなたが逃げれば、わたしたちは逃げ出せる」
「……でも、」
「おねがい、レーテ。わたしたちはこんなところで死にたくない」
「シュネー……」
死にたくない。でも、あなたなしで生きたくもない。
双子の魂は共鳴する。
逃げて、どこか、遠いところへ。誰も知らないところへ。わたしたちがわたしたちでいられる場所へ。
「レーテ、わかるでしょう。残るべきはわたし。逃げるべきはあなた。わたしたちが生き延びるにはそれしかないの」
「わかりたくなんてなかった……」
でも、レーテにはわかってしまった。シュネーの言うことが正しいことを。
「シュネー、少しだけ時間を頂戴。用意ができたら、すぐに出るわ」
「ええ。大丈夫。わたしたちなら上手くやれる」
「そうね。わたしたちなら上手くやれる」
両手をしっかり繋ぎ、額をつけて別れを惜しむ。
「今夜儀式をしましょう。きっと、魔女殺しには魔力を嗅ぎつけられて、すぐにシュネーへたどり着いてしまうわ。その代わり、わたしはそれまでに村を出て遠くへ行けるはずよ」
「レーテ。寂しいわ。わたしたちはふたりでひとつなのに」
「いいのよ、シュネー。元々みんなわたしよりずっとあなたの方が好きなんだから」
そんなこと、と言い募るシュネーに、レーテは柔らかく微笑んで首を横に振る。
「シュネー、辛い役目を押し付けてごめんね」
「それはわたしの台詞。レーテの方がよほど辛いかも」
「わたしたちなら大丈夫」
「……ねぇ、レーテ。わたしたち、魔女殺しを嘲笑ってやろうね」
姉妹は目を合わせて、くすくすと笑う。
魔女を悪の根源と信じてやまない人間にはわかるまい。
わたしたちは魔女殺しからも誰からも気づかれずに逃げおおせる魔女になる。
その夜、レーテは村から消えた。
このSSは『ストリテラ オモテとウラのRPG』のシナリオ『レーテー、君が望まなくても』(真夜中様作)のプレイ後、キャラクターの裏話として制作したものです。
ヘッダーイラストは真夜中様およびアシヤ様より使用許可をいただいてお借りしました。