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学園に眠るグリモワール 第3陣リプレイ

 これはTRPGシステム『ストリテラ オモテとウラのRPG』の自作シナリオ『学園に眠るグリモワール』をシネマティックモードで遊んだ記録を元に作成したリプレイ風SSです。
 ネタバレの存在し得ないシステムなので、もしリプレイを読んで興味がわきましたら、ぜひシナリオにもお目通しください。そして遊んでくださるととっても嬉しいです!!


キャラクター紹介


ディオ(PL:にーる)
オモテ:占術学  ウラ:禁忌を求める天才
飛び級で進級したことを鼻にかけ、なにかと自分の知識を披露したがる少年。天才ゆえに平凡な日常に飽き飽きしており、刺激を求めて魔導書を求めている。

ジャン(PL:式夜)
オモテ:飛行術学 ウラ:恋愛脳
箒レースの選手で人気者だが惚れっぽい。一目惚れしたマドンナを振り向かせるために魔導書を求めている。

アメリア(PL:りりこ)
オモテ:魔法薬学  ウラ:替え玉
魔法使いとして学園に通っているが、実はある魔法使いが娘を模して生み出した自律人形。本物の魔法使いになるために魔導書を求めている。


Opening Chapter

 この学園には、代々受け継がれる伝説がある。
 学園のどこかに隠されているという魔導書を手にした者は、望む全ての魔法を身につけることができる、というものだ。そして、実際、学園は歴史に名を残す大魔法使いを百年に一度の周期で輩出しており、彼らは皆、その魔導書を手にした者だったと伝えられている。
 百年も時が経てば、真偽は揺らぐ。しかし、あなたたちは魔導書の噂は真実だと強く信じていた。
 そんなある夜、あなたたちは同じ夢を見た。
 知らない声が、こう告げる。
 ーー私を探せ。もっとも強く私を求めるものに、私は与えられるだろう。
 目を覚ましたあなたたちは、魔導書が呼んでいるのだと直感した。

 食堂の一角で、ジャンは朝ごはんのミートスパゲッティをもぐもぐと頬張っていた。
 その視界に、ふと思いを寄せているクラスのマドンナが映り込む。
 ……あっ、あそこの席にいるの、あの子では!? あ、すごい、友達と話してる笑顔かわいい……。
 なんて口元を緩めながらそちらをじっと見つめる。
 そういえば、なんか魔導書がどうのって夢あったな……。あれが本当なら、見つけたらあの子とお近づきになれるのかなぁ。
 さらにホットドックにまで手をつけながら、ふと今朝見た夢に思いを馳せる。不埒な動機でも、ジャンは本気なのだ。その本気が長続きするかどうかはさておき、なのだがーー。

 一方、同じ頃、朝食に頼んだクラブハウスサンドからピクルスだけを几帳面に抜きながら、ディオも今朝の夢について考えていた。
 今朝の夢は、夢にしては現実味を帯びすぎている……。さらに、百年に一度といわれる魔導書の現れる時期とも被る。となれば、これは非凡な生活と別れる千載一遇のチャンス!
 夢に曰く、魔導書を手にするためには魔導書を強く求める必要があるらしい。となると、これはもしや一人ではなく、複数人の思いを使った方が効率的なのではないだろうか。
 そんなことを考え、同じ夢を見た生徒がいないか探ることに決めたディオは、クラブハウスサンドから綺麗にピクルスが抜きとれたのを確認して、ひとくちかぶりついた。

 アメリアは朝、目を開ける。これがゆめというものなら、はじめて見たかもしれない。

「魔導書……」

 伝説の魔導書。噂に聞いたことがある。全ての魔法を身につけることができるなら、もしかしたら、わたしも魔法使いになれるかもしれない。もし、魔法使いになれたら、お父様は褒めてくれるかしら。
 そんなことを考えながら、食堂へ降りていって食事の真似事をする。お父様に作られた人形の体に栄養は必要ないけれど、他の魔法使いの真似をすることは、きっと魔法使いになるために必要なことだ。

 様々な想いを胸に、朝食を食べ終えたあなたたちは、午前の授業にむけて準備を始める。
 もしも、本当に今年魔導書が現れるなら、それはいつで、どこにあるのだろう。
 絶対に見つけ出して自分のものにするのだ。あなたたちは密かにそう決意した。


Chapter Ⅰ 〜中庭〜

 学園の中庭は広く、グラウンドに繋がっている。学舎の近くならば生徒達の憩いの場になり、開けた場所ならば飛行術学の授業で飛行訓練に使われることもある。
 放課後、足の向くままに中庭にやってきたアメリアは、ベンチに座って遠目に箒レースの様子を眺めていた。
 魔導書の手がかりは見つからず、噂はしょせん噂なのか、それとも、自身の資質に問題があるのか、などと、妙に落ち込んだ気分になってしまう。
 そんなアメリアの様子を見かけ、ジャンが心配そうに声をかけてきた。

 自力では箒を飛ばすことができず、箒に乗ることもあまり得意ではないアメリアにとって、【箒スポーツ】は縁遠い。レースの様子を遠目に眺めながら、少し思い詰めたような表情でベンチに座る。
 ちょうどその頃、部活動で飛行練習の最中で箒レースをしていたジャンは、遠目に【噴水】近くのベンチにいる一年生がふと目に入り、その寂しそうな雰囲気が気になって箒に乗ったままベンチの側へと降りる。

「ねぇ、キミ一年生? どうしたの、体調悪い?」
「……いえ、そういうわけでは。体調は、だいじょうぶです。ありがとうございます、せんぱい」
「あれ、そっか? キミ、うちの寮の一年生だよね。名前は?」

 近づいてくる影に不思議そうに瞬いたアメリアは、掛けられた声にふる、と頭を振ってからそう答える。そんなアメリアを緊張していると捉えたのか、ジャンはにっこりと人懐っこい笑顔を浮かべて名前を聞く。

「アメリア。アメリア・フィアーレと申します。せんぱいは?」
「アメリアちゃんね。……あ、フィアーレの方がいいかな? 俺は六年生のジャン・フォレスト。よろしく」

 差し出された手を見て、顔を見て、名前と顔を一致させると、ああ、あの【人気者】の、とアメリアは小さく頷く。

「どちらでも、お好きなほうでだいじょうぶです、ジャンせんぱい」
「じゃあ、アメリアちゃんで」

 軽く差し出された手を取って握手をする。

「アメリアちゃんはどうしてこんなところに?」
「……どうして。……どうしてでしょう。……なんとなく、だと思います。今の時間なら、人もあまりいないかと思って」
「何となく……」

 なんとも言えないふんわりとしたアメリアの返答に、ジャンは困ったように首を傾げ、少し考えてから、そうだ、となにかを思いつく。

「アメリアちゃんさ、一年生の間でなにか噂とか知らない? 特に秘密の魔導書についてとかだと嬉しいんだけど!」
「噂……魔導書の噂、ですか? あの、百年に一度現れて、【ひとりだけ選ばれて】どんな魔法でも身につけることができるという伝説の?」
「そうそうそれそれ! いまそれについて調べてるんだけどさ、【飛ぶのが上手くなる】とか【理想の魔法使い】とか、なんでも願いが叶えられるらしいんだけど……アメリアちゃんとか一年生の間で何か知ってたらいいなーって」
「……いえ。ことしが百年目ということくらいしか。ジャンせんぱいは、魔導書を探しているんですか?」
「うん、なんかね、夢で魔導書を探せーとかなんとか言われてさ、【この間読んだ小説でも】なんかそんな伝説が書かれてたなぁって思って、せっかくなら探してみようかなーってね!」
「そう、なんですね。ジャンせんぱいもだと、ちょっと【自信を失くしそう】です。
 ……ゆめ、わたしも、みました。普段はゆめ、みないのに。【お父様なら……あ、いえ、わたしは】……魔導書がほしいと、思います」
「えぇ!? アメリアちゃんも同じ夢見たの!? じゃあこの噂の信憑性が増したね! これはどっちが先に魔導書発見できるか競争だね!」
「競争、ですか。……おてやわらか? に? お願いします」
「アメリアちゃんも魔導書探し頑張ってね。俺はそろそろ練習に戻らないとだけど……」

 箒に跨って飛ぶ準備をしたところで、ふと思い出して口を開く。

「たしか、魔導書を手に入れたらしい歴代卒業生に占星術が得意な人もいたみたいだから、星見の塔とか調べてみるといいよ! じゃあね!」

 そう言い残すと、地面を蹴ったジャンは猛スピードで訓練場へと飛んでいった。


Chapter Ⅱ 〜星見の塔〜

 学園の端には高い塔があり、晴れた夜にはそこから星がよく見える。
 学園に申請し、許可を得た時間内ならば、夜でも学舎に残り、星見の塔から星を観測することができる。
 ある晩、ディオも許可を取って、星見の塔から空を見ていた。満天の星と、澄み切った空気は気分転換にちょうどいい。
 大きく深呼吸をしたところに、アメリアが塔を上がってきた。
 一日かけての校内巡りも大して収穫がなく、ディオは気晴らしも兼ねて星見の塔に設置された【望遠鏡】を覗き込む。ふと、そこから顔を上げると同時に、そこに誰かがいることに気がついた。

「キミは……一年生か。星の勉強でもしに来たのかい?」
「星の勉強。……いいえ、わたしは塔を調べてみるといいと言われたので、塔を調べに来ました。でも、星は綺麗です」

 そう言いながら【星空を見上げて】また視線をディオに戻す。

「せんぱいは、何をしているんですか。【星占い】ですか?」
「ただの気晴らしだよ」

 調べたところによると、歴代の魔導書所持者と噂される魔法使いに占星術師がいたから塔に来たのに、一年生じゃ当てが外れたな。まぁダメ元で聞いてみるか。
 半ば落胆した気持ちを抱えながら、ため息を呑み込んでアメリアへ視線をやる。

「たしかに占術学は得意だけどね。そうだね、星占いだけじゃなくて、夢占いってのもある。君は最近変わった夢を見たりしなかったかい?」
「ゆめ。普段はみないのです。でも、すこし前にゆめをみました。私を探せ、と言われるゆめです。たぶん、魔導書です。ジャンせんぱいも、おなじゆめをみたと言っていました。……せんぱいもですか?」
「……そうだね。ボクもみたよ。とても意味深な夢で興味をそそられて、ちょっと探してみようかと思ってね。普段であればどんな難問も【ボクほどの天才であれば】すぐに解いてみせるんだけど、ヒントが少なすぎてね。キミは【魔導書の行方】を探しているのかい? なにかヒントは見つけられた?」

 ジャンのやつも見たのか……。後で聞かないとな。などと考えながら目の前の少女を見るも、彼女はただふるふると首を横に振る。

「まだです。でも、わたしは【選ばれたい】です。だから、探しています」
「へえ、選ばれたいのか……」

 聞かせない程度に小さな舌打ちをしつつ、顔には笑顔をはりつけて取り繕う。

「せんぱいは、どうですか。魔導書について【未来予知】とか、占いとか、してみましたか?」
「得意の占術で占いを試してはみたけど、【当たるも八卦当たらぬも八卦】というだろう? そんな簡単に見つかるようなものではなかったみたいだ」

 ここに来たのも占いでこの方角に兆しありと出たからだ。おそらくここでもたらされたジャンの情報が手がかりになるのだろうと内心ほくそ笑む。

「そうですか。それは、残念ですね」

 こくりと特に表情を変えることもなくアメリアは頷く。こんな時【お父様なら……ではなく、わたしは】何を言うだろう。
 逸れかけた思考を瞬きと共に切り替えて、ジャンのことを思い出す。

「ジャンせんぱいとも話をしてみたら、なにかヒントをくれるかもしれません。競争だ、って、言っていました」
「なかなかいい気晴らしになったよ。ジャン先輩はいい人だから話を聞いてみるよ」
「はい。ジャンせんぱいはいい人です。それでは、おやすみなさい」

 そう言いかけて、ふと彼の名前を知らないことに気がつく。

「……おやすみなさい、占術が得意なせんぱい」

 しかし、名前を聞くこともなく、印象で勝手にそう呼ぶのを、やはりディオも気に留めた様子なくひらりと手を振って背を向ける。

「ああ、おやすみ。いい夢を」

 その頭の中では得たばかりの情報を反芻しながら、その利用の仕方を考えていた。
 競争……ジャンのやつも魔導書を狙っているのか。……まあ、単純でお人好しなあいつのことだからうまく掌で転がしてやるさ。


Chapter Ⅲ 〜食堂〜

 食事時になれば、食堂は生徒達で混雑する。
 ようやく席を見つけて腰を落ち着けたジャンの隣にディオがやけに距離を詰めて座ってきた。
 今だけは、授業のことも魔導書のことも忘れて、食事を楽しみながらゆったりとした時間を過ご……すはずだったのにーー!?

 夕食時、人で賑わう食堂で、いつもは人に囲まれているジャンもゆっくりと食事を進めていたせいでいつの間にかひとりになっていた。【猫舌】を気遣いながら熱々のグラタンを食べすすめていたところに、不意に隣に人がやってくるなり口を開いた。

「ジャン先輩、お隣失礼します。あ、グラタンおいしそうですね。ボクは【シェフの気まぐれ】サラダにしたんですよ。あ……ジャン先輩って好き嫌いありましたっけ?」
「……!? え、んん、ディオ、君……!?」

 突然の来訪者に、背後に置かれたきゅうりに気づいた猫もかくやとばかりに腰を浮かすほどジャンの身体が跳ねて、大きな丸い目を何度も瞬かせながら隣にやってきてやけにフレンドリーに話しかけてくるディオを見つめる。

「どうしたんですか、そんなに驚いて。あ、オリーブきらいでした? これおいしくないですよね」

 驚くジャンの姿に首を傾げながら、なんでもないようにサラダにのったオリーブをフォークでつつく。

「あ、うん、オリーブ。いや、別に嫌いとかはないけど……」

 突然隣にやってきて、突然普段のクールキャラとはうってかわったフレンドリーさで話しかけられて、しかもなぜオリーブの話をされているのかさっぱりわからないという顔のまましどろもどろと答える。

「よかったです! 最近はフードロスとかで残すとうるさいんですよ。優しい先輩をもってボクうれしいです!」
「えっ、わ、ディオ君ってオリーブ嫌いなの!?」
「ピクルスもオリーブも嫌いですよ。この世から無くなってほしいくらいに……」

 あっという間にチキングラタンの表面がオリーブで埋め尽くされていくのを呆然と眺めながら、ジャンの視線がディオの顔とオリーブとを行き来する。

「ジャン先輩って嫌いな食べ物ないんですか?」
「き、嫌いな食べ物……? 熱いのはちょっと苦手だけど、あー……嫌いな物は思いつかないけど、【好物】なら鶏肉かな?」

 警戒はしつつも、オリーブグラタンと化したものをまた食べすすめる。

「ああ、だからか。他の人なんてもう【デザート】まで食べてるのにまだ食べてるなんてって不思議だったんですよね」
「デザート…………あ、しまった! 【先着順】のデザート忘れてた!!!」

 大事なことを忘れていた、と慌てて立ち上がるも、ちょうど視線の先にデザート終了の看板が立てられて、そのまま硬直。ややあってへろへろと力が抜けて椅子に崩れ落ちる。

「あ、終了しちゃいましたね。だいたいなんで先着順なんですかね。この学食での【毎日の楽しみ】なんて食事のデザートくらいなんだから、全員に行き渡るくらいだせばいいのに。選ばれた人しか手に入れられないなんて……」
「んんん、しょうがないけど、俺がゆっくり食べてて忘れてたからね。……それでえっと、ディオくんはどうして俺の隣に?」
「ふふん、オリーブを食べてもらいたくて! ……というのは冗談で、星見の塔でジャン先輩の話を聞いたんですよ。なんでも魔導書の夢を見たとか?」
「え、俺の話? 星見の塔ってことはアメリアちゃんかな?」

 予想外の相手からの問いに、記憶を遡って、星見の塔に向かうよう進めた少女がいたことを思い出す。首を傾げるジャンにディオは首をすくめる。

「ああ、そういえば名前は聞き忘れましたね。一年生の女子でした。その子が言うには、ジャン先輩が魔導書を手に入れる競争だ! と宣言したとか……ということはかなり魔導書に近づいているということでは? なにかヒントはみつかりました?」

 一年生の女子という言葉に、やはりアメリアのことだろうと確信して、しっかりと頷く。

「……と、いうことはもしかしてディオ君も魔導書の夢を見たってことで良いのかな? それだったら俺が持ってるのは学園の噂話を聞き込みした程度の情報くらいかな」
「察しがよくて助かります。ボクも魔導書の夢をみて情報を集めてみたんですが、なかなか有益な情報がなくて。先輩は交友関係も広そうですし、情報交換しませんか? 先輩も知ってるかと思いますが、【ボクほどの天才にかかれば】ヒントさえあればすぐに魔導書の行方がわかると思うんですよね」
「あ、あぁ、うん、そうだね、あんまり役に立てるかはわからないけど、噂としては魔導書の夢を見るのと、それを手に入れると偉大な魔法使いになれるとか……。
 あ、でも、手に入れる方法とかが全くわからなくて、【前に読んだ小説】では突然枕元に魔導書が置かれてたって書いてあったな」
「……なにも情報はなしか」

 そのくらいの情報なら掴んでいる、と内心舌打ちをするディオも、いや、と思い直して、

「ないこともないのか。唯一の共通点は夢を見ることと、強く求めること……強い願い……。ちなみに、先輩は魔導書を手に入れたら何を願うんですか?」
「え、俺の願い!? え、えへへ、実はね、ちょっとかわいいなーって思う子が居てね、その子と仲良くなれたらなー……って! 言っちゃった!」
「……ハァ!?」

 えへへ、内緒だよ! とそわそわくねくねするジャンにディオの冷たい目が向けられる。
 しかし、そんな視線に気づいていないのか、あるいはものともしないのか、延々と惚気続けるジャンに、もうこれ以上は情報を得られないだろう、と右から左へ聞き流しながらサラダを食べ始める。

「それでね、その子がまた笑顔が可愛くてね、まるでレースに優勝した時に見上げる太陽のような晴れやかさで……」

 こんな惚気話を聞かされながら食べたサラダは、間違いなく【忘れられない味】になりそうだ、ともう抜いたはずのオリーブの味すらする気がして、ディオは眉根を寄せた。


Final Chapter

 探索の最中、あなたたちはこれまで見たこともない部屋を見つける。
 恐る恐る中に入ってみると、そこは少し埃っぽく、様々なものが乱雑に置かれた倉庫のような部屋だった。
 もしや、ここに伝説の魔導書があるのか、と探し始めたアメリアの目の前に、ふっと何かが浮かび上がる。
 それは、一冊の本だった。アメリアにはそれが伝説の魔導書だと一目でわかった。

「……これ、は……もしかして……」

 浮かび上がった魔導書を手に取ってどこか呆然と呟く。
 もしかしなくてもそうだ、と不思議と確信しながらも、どこか信じられない気持ちでもいた。

「え、まさか……これが伝説の魔導書……?」
「なんでボクじゃなくてその女に魔導書が!?」

 そして、アメリアの呟きにそちらへ目を向けた二人が驚愕に目を見開く。

「わたしは選ばれました。きっとそうです。魔導書がそう言っています」
「す、すげぇ! 魔導書は本当にあったんだ! アメリア、何のお願いするんだ!?」
「くだらない願いだったらゆるさないからな!」

 とディオはジャンを睨め付ける。すっかり彼の中ではくだらない願いで魔導書を求めた代表のようだ。

「わたし……わたしは、魔法使いになりたいです」

 魔導書の表紙をそっと撫でながら、胸に秘め続けていた願いを口にする。

「魔法使いになって、ちゃんと、お父様の娘に、なりたいです」
「……え、魔法使いに、なりたい?」
「魔法使い? 今更なにを……禁術を手に入れて世界一の魔法使いの地位を手に入れるつもりか?!」
「わたしは、ずっとうらやましかったのです。みんなが当たり前のように魔法を使うのが。わたしも、魔法使いになって、そうしたらきっと、わたしはお父様の娘になれると思うのです」

 魔法グッズに頼らなければ見せかけの魔法すらもつかえない人形は、意思を持つがゆえに魔法使いに強く憧れた。

「ちょっ、ちょっと待って、アメリアちゃんは魔法学校に入学した魔法使いじゃ……?」
「魔法が使えない人間が学校に入学していただと……」

 二人の言葉に、アメリアは小さく首を傾げた。

「アメリアは、学園に入学するはずの魔法使いでした。でも、……でも、それが、できなくなってしまったから……お父様は悲しんで、わたしを作りました。わたしが、代わりに行けば、アメリアは学園に入学できるからです」

 アメリアという名は、お父様の亡くなった娘の名前だった。だから、アメリアは魔法使いだが、ここにいるアメリアはそうではない。ただの同じ名前で娘を演じる人形だ。

「お、お前……人間じゃないのか」
「は、えぇ、アメリアは、人形で、魔法使いになりたくて??」

 わけがわからないという顔をする二人に、アメリアはどこか嬉しそうに淡く笑みを浮かべる。

「でも、魔導書があれば、きっと、わたしは魔法使いになれます!」
「それは、本当にお前の願いなのか」
「どういういみですか?」
「父親の願いを押し付けられてるだけなんじゃないか」
「えぇぇ、そこはおめでとうじゃないのか?」
「魔導書は願いの強いものに来るはずだ! 本当の願いじゃないやつに渡っていいはずがない!」
「こらディオ! 女の子には優しくしないとだぞ!」

 ジャンの呆れた顔での制止も聞かずにディオはアメリアに食ってかかる。魔導書を奪い取ろうとしても、魔導書が手からすり抜けて、手にできないと思い知ったディオは地団駄を踏んだ。

「でも、でも、わたしは学園のみんながうらやましいのです。一緒に、魔法使いとして……かくしごとをしないで、おともだちがほしいです」
「まあまあディオ、魔導書に選ばれたってことはそういうことなんだろう? だったら俺たちはおめでとうって言ってやろうぜ?」
「ありがとうございます、ジャンせんぱい」
「くっ……ボクほどの天才を差し置いて魔導書に選ばれたんだから、さぞや立派な魔法使いになるんだろうな……」
「はい。立派な魔法使いになります。ありがとうございます。…………ディオせんぱい」

 ふとまだ名前を知らなかったことを思い出して、こて、と首を傾げて考えてから、ジャンの呼び方を真似ることにする。

「今は祝福してあげるよ。りっぱな魔法使いさんは、その魔法の恩恵はもちろんボクたちに与えてくれるんだよね?」
「ほらアメリアちゃん、早速魔導書使ってみなよ。きっと立派な魔法使いになれるよ」
「ありがとうございます。がんばります」

 二人の言葉に頷き、淡く微笑むと魔導書をそっと開く。

「わたしは、魔法使いになりたいです」

 そう願いを口にする。
 魔導書はその願いに応えるように光を放ち、アメリアの姿をその光で包み込む。やがて光が落ち着くと、魔導書も光と共に消えてしまい、全てが収まった後には、アメリアがいたはずの場所には人間の、そして、魔導書と同程度に強大な魔力を秘めた魔法使いの赤ん坊がそこにいた。

「…………えっ」
「はあああああああ?!?!」
「えぇぇぇぇぇぇえええ!!?!?!?!?」

 思わぬ事態に思わず大声を上げるふたり。
 願いを叶えるには代償が必要だという。それが強大なものであればあるほど、代償も大きなものとなるだろう。
 魔法使いになりたい、というアメリアの願いは叶えられた代わりに、その人形の肉体は失われ、魔導書を飲み込むほどの魔力を得た魔法使いとして生まれ変わることになってしまったのだ。
 突然目の前で大きな声を上げられた赤ん坊は、驚いたのと怖がったのとでふぇ、と泣き出しそうな声を上げて顔を歪める。

「やめろ! 泣くな!! ジャンどうにかしろ!!!」
「あ、アメリアちゃん!?!? えっ、待って待って、ほーら怖くないですよー!」

 泣き出しそうな姿を見て、慌ててジャンはアメリアと思しき赤ん坊を抱き上げると、なんとかあやそうと背中をぽんぽんと叩いたり軽く揺らしたりしてみる。
 あやされた赤ん坊は泣き止んで、まるでジャンを知っている人と認識しているかのように手を伸ばしてジャンに触れると機嫌よく笑った。

「どういうことだ……魔導書は偽物だったのか……」
「魔導書もどっかいっちゃったし……どうしよ……」
「この赤子から強い魔力を感じる……アメリアがこんな姿になったのは魔導書のせいだろう。とりあえず、先生のところに行くしかないか」
「そ、そうだな。早く先生のところに行ってどうするか聞かないと……。あー、よちよち、大丈夫だぞアメリアー。ちょっと偉い人に会いに行こうなー」

 言葉を理解できているかのように頷いて大人しく抱っこされるアメリアをなんとかあやしながら部屋を出たジャンとディオは、とりあえず先生に相談しに行くことにしたのであった。

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