凡人と魔女としあわせなお菓子
ーーねぇねぇ、知ってる? 願いが叶うお菓子屋さんの噂。
ーーえ、しあわせになれるお菓子屋さんじゃなかったっけ?
ーーそうだっけ? ま、どっちでもいいじゃん。それよりさ、今近くに来てるんだって!
ーーほんと? あれって実在したんだ!
ーーほんとほんと。ねぇ、行ってみない?
おまじないやジンクス。そういった話題は少女たちの口の端によくのぼる。いつからか、少女たちのそんな話題の中に、あるお菓子屋さんの噂話がよく上がるようになった。
曰く、そのお菓子を食べれば願いが叶う。
曰く、そのお菓子を食べればしあわせが訪れる。
曰く、そのお菓子を食べれば恋が叶う。
しかし、どの噂も一様に、そのお菓子屋さんがいつ、どこに現れるかは誰にもわからないと続くのだった。
「んん〜、今日のお菓子もどれも美味しそうじゃのぅ。さすがオリバーじゃぁ!」
「ありがとう。でも、つまみ食いしちゃダメだよ、キャンディさん?」
「そ、そそ、そんなことせんわい! 食べるならオリバーに言うてからするわ!」
「う、うん……まぁ、それならいいけど……とりあえずお客さんが来る前によだれは拭こうね」
「う、うむ……そうじゃの……」
苦笑いを浮かべるオリバーに、気恥ずかしそうにしたキャンディが口元を拭う。
「あ、あの……!」
不意に、そんなふたりへ少女の声がかけられる。
「おや、お客さんかの? いらっしゃい」
一転、ぱっと表情を華やがせ、キャンディは少女へと向き直る。
「あの、願いが叶うお菓子屋さんって、ここですか?」
「ふふー、そうじゃ! オリバーのおいしいお菓子を食べればきっといいことがあるはずなんじゃ!」
おずおず声をかける少女に、キャンディが自慢げに胸を張る。そうっと窺うように少女の視線が商品の奥へと移ると、目が合ったオリバーは柔く目を細め、彼女の緊張を解こうとするように微笑みを浮かべた。少女はほんのりと頬を染めながら目を逸らし、まるで何かを誤魔化すかのように並ぶお菓子へと視線を移す。
「願いが叶うっていうのは、どのお菓子でも、その、同じですか?」
「そうじゃな。お菓子によって変わるようなことはないぞ」
「うん。……でも、願いならなんでも叶うわけじゃないっていうのは知っていてほしいかな」
「なんでも、叶うわけじゃない……」
「まぁ、あんまり大きなこととかは難しいかのぅ」
そっか。と肩を落とす少女の顔をキャンディが心配そうに覗き込む。
「そう肩を落とすでない。して、お前の願いは一体なんなんじゃ?」
「この間、お友達と大喧嘩しちゃって……だから、仲直り、したいんです」
「ふむ、仲直りか。それくらいなら叶えられるんじゃないかの?」
「本当ですか……!? でも、あれから全然喋ってなくて。こんな喧嘩をしたのなんてはじめてだから、どうやって仲直りしたらいいかもわからないんです」
顔を上げたものの、また顔を伏せてしまう。どこか寂しそうな少女の背をキャンディは優しく叩く。
「もしかしたら、向こうも同じことを思っているかもしれんぞ?」
「そう、でしょうか」
「僕たちが売っているお菓子はね、食べる人の小さなしあわせを願って作っているんだよ。だから、あなたがそう願うなら、仲直りのきっかけくらいは、作ってくれるかもしれないよ」
オリバーの優しい声色に、少女は顔を上げて、おずおずとその手でクッキーを取る。
「……ありがとうございます。じゃあ、これ、ください」
「クッキーじゃな! うむ、いい選択じゃ。オリバーのクッキーは最高じゃぞ!」
楽しそうにクッキーの魅力を語るキャンディの様子に、どこか落ち込んでいた少女も淡く笑みを浮かべて頷く。
店先でさくりとひと口食べると、少女の表情はどこか安堵したようなものにかわる。
「……おいしい」
「そうじゃろう? そうじゃろう?」
まるで自分の手柄のように喜び、自慢げにするキャンディに、オリバーは少し照れたように目を伏せる。
「お口にあったのならよかったよ」
「はい。ありがとうございます。……ちゃんと話をして、謝ってこようと思います」
「うむ! それがよい!」
「うん、頑張って」
ふたりはひらひらと手を振り、去っていく少女の背を見送った。
ーーその数時間後。
「すみません」
「あ、いらっしゃい!」
また別の少女が店を訪れた。彼女もまた、どこか浮かない表情をしているように見える。
「浮かない顔じゃの。どうしたんじゃ?」
「……あの、願いが叶うとか、しあわせになれるとかっていう噂のお菓子屋さんって、ここですか?」
「そうじゃな。どうやらそんな噂もあるらしい」
キャンディはどこか悪戯っぽくそう笑いかけて、オリバーに目配せをする。オリバーもまた、応えるように微笑んだ。
「なにか、悩みごとかの?」
「……はい」
「そうか。うむ。好きな菓子を選ぶがよい!」
「話して気が楽になるなら、僕たちが聞くからね」
「ありがとうございます」
礼儀正しく礼を述べた少女の視線は並べられた焼き菓子の上を行ったり来たりする。しばらく悩んでいるようだったが、やがてクッキーを手に取った。
「……あの、これって、誰かにあげたりしても、その人がちょっとしあわせになったりとかしますか」
「うむ。お主がそう願うならそういうことだってあろうぞ」
「……よかった。じゃあ、これにします」
「誰か、あげたいひとがいるんじゃな?」
「はい。……実は、友達と喧嘩しちゃって……」
そう少女が切り出すと、キャンディとオリバーはおや、と顔を見合わせる。
「最近、なんか気まずくて……全然話しかけられなくて。でも、そろそろ仲直りしたいし。そこで、このお店の噂を聞いたんです」
「ふふ、そうか。そうじゃったか」
「ふふ、うん。このお菓子なら、きっといいきっかけになると思う」
顔を見合わせたまま、ふたりの表情は柔らかいものになる。
「大丈夫。きっと仲直りできるよ。だから、お友達のところに行っておいで」
「は、はい。……ありがとうございます!」
来た時とはうってかわって、明るくなった少女の表情にキャンディも嬉しそうに大きく手を振って見送る。
「よかったのぅ。さすがはオリバーじゃ!」
「僕はなにもしてないよ。むしろ、キャンディさんのおかげじゃないかな。でも、ちゃんと仲直りできそうでよかったね」
「うむ! 仲がいいのはいいことじゃ!」
「そうだね。きっと、あのふたりはこれからもっと仲良くなれるよ」
なにせ、相手のしあわせを願える友達なのだから。
「さて、そろそろ休憩にしようか。キャンディさん、今日のおやつは何がいい?」
このSSは『ストリテラ オモテとウラのRPG』の公式シナリオ『魔女は朱き月の夜に』のプレイ後、キャラクターの裏話として制作したものです。
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