【長編小説】タイムスリップ(人生最期の日)
「喉をならしてビールをのみたい。」
おもいっきり喉で飲むんだ。
氷を入れたバカラグラス。キンキンに冷えたビールを注ぐ。まずは、ゴクゴクッと喉をならせて飲む。その後で、ピーナッツとビールを一気に胃袋に流し込む。
夢だった。
目が覚めたとき、「コツコツ」と廊下を歩く音がしている。
看護師が巡回に来て消灯の時間を告げに来る。私は、寝たふりをしてやり過ごす。
そのあとタブレットをオンにして、読書の続きだ。司馬遼太郎の「街道をゆく」を読むのだ。
この紀行文のように自分の人生は旅のようなものだった。
別れた妻、別れた長男と長女、そして亡くなった母親と父親の顔が回想シーンのように想起される。最近人と話をしたのはいつだったろうか。
ここは、病院の共同部屋だ。
個室はナースステーションの真ん前でソファー付でシャワールームまでついている。
ただ1日あたりの料金は2万円。高すぎる。
私は、みんなと共に過ごす方を選ぼう。
みんなというのは、見ず知らずの他人だ。奇遇にも、この病室には、4人の病人がいる。
隣のベッドの主は、「わしは漁師だ」と言っていた。
夜中に、家族に電話をしている。ガラケーがピロリロリンとかわいい音がする。
「ご飯たべてないんじゃ、わしは腹がへっとるんじゃけー、のりの佃煮とご飯を持ってきてくれーやー。わしはこのまま腹ペコで死ぬで。」
わざわざ、周りにきこえるような声で言うくらい腹が減っているのだろう。
しかし、今は深夜の1時過ぎだ。まわりの迷惑を考えろよ。
さすがに家族も対応に困るだろう。
しかし、夜中ではあったが、家族から差し入れがあったらしい。
看護師さんが、奥様が持ってきてくれたと説明していた。わがままを聞いてくれる奥様がいらっしゃるようでうらやましい。
やがて、彼は疲れて眠ってしまったようだ。静かになった。
病室の静けさは、死へ向かうトンネルの中のようだ。ずっと先に明かりが見える。
まだ、そこに行くには早い。
もう少し生きたい。
そして、家に帰りビールを飲んでピーナッツを食べるのだ。次にウイスキーに炭酸水を入れて、キンキンの氷とハイボールで喉を潤す。
次の日、同じ病室に新しい入院者があらわれた。物静かな青年だ。「BLUE BIRD」とイタリック体でプリントされたパーカーを着ている。彼は、フードを被り、肘のところまで、袖をまくりあげていた
彼には、最後まで身寄りらしき面会者はなかった。細い目は、いつも寂しげに、瞼を閉じているように見える。
どことなく、私の境遇に似ているので親近感がわく。
明日にでも話しかけて見るか。
もう一人の、病人は夜中に叫ぶ。
「あー、うー、あー、うぉー!」何かにうなされているらしい。
かつては、株式会社ドリーム家具の社長だったらしい。しかし、彼の身体には四方八方に管が出ていて、もう長くないのがわかる。
次のは日は、手術前の日。
「BLUE BIRD」の青年に話しかけた。
「夜眠れる?夜叫ぶ声がうるさくてさー。やばいよな。」
「イヤフォン着けてるので大丈夫です。」
「へー、便利なものがあるんだねー。」
彼は、それ以上、会話を続ける意思表示をしなかった。そして、フードを被り直し、どこかに行ってしまった。
いよいよ手術の日、内視鏡検査を受ける。
小腸の中が急カーブをした門に「やつ」はいた。腫瘍だ。直径3センチ。
周りに奇妙なブツブツがついている。股を広げて、肛門の通りをよくして、右足を折り曲げて立てていた。
その足が経過時間とともに自然に閉じる。医者は、足が閉じるたびに尻をたたく。
「バシッ!」「足を曲げて、広げて。」
容赦はない。まるで、壊れた機械でも直すように、内視鏡を覗き込んでいる。
医者が「よし、見つけた、こりゃ長い年月かけて大きくなっとる。血管が固まっとるけん、血がよーけ、出るかもわからんよ。」
彼は、用心深く、先に起こることを告げる。
切った瞬間、レーザーで止血する。
肝臓(レバー)を焼いている臭いがする。モニターで医者は説明する
「血が出すぎたから、後でレバーを食べよう。
差し入れはレバーを焼いたのを持ってきてもらおう。」
血の量を回復させるため、病院食の白菜中心の食事だけでは不充分なのだ。
しかし、悪い腫瘍は腸内の至るところに広がっていた。
医者は言った。
「これは、ダメだ。」
医者は、それ以上何も言わなかった。
助手と看護師に内視鏡をもとに戻すことを告げて、手術は振り出しに戻った。
人は、多かれ少なかれ、遅かれ早かれ最後は立ち上がれず倒れてしまう。
しかしまだ、私は歩くことができるのだが、やり残したことがあるのだが、余命も短いらしい。
【よし、別れた妻だけど電話して、差し入れのレバーを頼んでみるか。月に一度は電話してるからな。大丈夫だろう。】
スマホを手に取り、電話をかけた。
【プルルー、ガチャ】
「久しぶりだね、実は、いま、病院なんだ。うん、そうなんだ。いや、ちがう、だから、差し入れを、」
【プップー(電話が切れる音)】
そりゃそうか、久しぶりに電話しても迷惑がられるだけだ。
ただ、また家に帰っても、一人だし心配してくれる身寄りもいない。
「この病院で死のう。」
彼は、決意した。
そして、手術が終わり、病室に返されて、明日詳しい説明を執刀医から受けることになっている。
夜中、一人で、屋上に上がった。
金網をよじ登り、端っこから下を覗き込むと、光るヘッドライトがいくつか見えた。
後方に気配を感じて振り向くと「BLUE BIRD」のパーカーを着た青年が少し後ろから歩いて来ているのが見えた。
次の瞬間、もう飛び降りていた。
彼は、地面に打ち付けられ、ペシャンコになって、血しぶきが辺り一面に飛び散った。
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その瞬間、意識が弾け、次の映像が変わった。
ぼんやりと目が覚めると、白熱灯の光が見える。
「はやく、起きなさい、学校に遅れるよ。」
何か聞き慣れた声が聞こえる。
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