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練習船(航訓)あるある【商船系高専】【航海科】

商船系高等専門学校を卒業し、三級海技士(航海)および三級海技士(機関)の免許を取得するためには合計12ヵ月の練習船実習を乗り越えねばならない。

この航海実習は各校の練習船ではなく、独立行政法人 海技教育機構が所有する練習船に全国の商船系高専や神戸大学・東京海洋大学等の学生が乗り合わせて行われる。

私は高専の航海科で、日本丸に6ヵ月、銀河丸に3ヵ月乗船した。(コロナ禍のため3ヵ月短縮)

練習船 日本丸
練習船 銀河丸

以下、海技教育機構での練習船実習の日々を振り返る。また私自身は、実習が好きなタイプではなく、結果的に海上職に就いていない身である。そのため多少ネガティブなものが多いかもしれない。

・乗船前日、途方のない絶望感

高専生の場合、航訓での実習は2年生の1ヶ月、4年生の5ヵ月、6年生の6ヵ月に分けて行われる(いわゆるサンドウィッチ教育)。
初めての長期実習は、2年生の1ヵ月実習だ。それまでは学校の2泊3日の練習船実習しか経験していない。何ヵ月も実習に行かねばならないことは知ったうえで入学しているのだが、いざ1ヶ月も船に乗るとなると、途方もなく長い旅に出るように思われる。

4、6年生での乗船時は、前回の実習が終わって意気揚々と下船した事がつい最近のことのように思われ、「もう乗る時期かよ」と悲嘆にくれるのである。

私含め商船生の多くは普段から寮生活を送っている。そのため、長期間親元を離れて集団生活を送ること自体への抵抗感は一般の人よりは小さいかもしれない。しかし、練習船実習は夏休みや春休みが終わったタイミングで始まる。つまり2ヵ月近く実家でのんびりしていた状態で実習に出ることになり、余計に憂鬱感が増幅されるのである。

・乗船場所への移動が大変

大体東京か神戸の港で乗船するため、集合場所まで実家から各自で移動しなければならない。
気分が憂鬱なうえに、数ヶ月分の荷物を持って移動せねばならず、乗船するだけでもかなり疲労が大きい。特に10月〜2月の実習の場合は夏、秋、冬用の服を用意せねばならない。また、スーツケースの持ち込みが禁止されている(床に傷がつくのを防ぐことと、船内には段差が多いため)ので余計に大変である。

個人的には乗船場所へ向かう日に、駅のトイレでゲイらしき不審者に遭遇して余計に気が重くなった思い出がある。ただ新幹線からは友人と合流してだいぶ気が紛れた。

・部屋割りで運命が決まる

1部屋6〜7人
。他所の学校の実習生とも同部屋になる。そのメンバーで数ヶ月過ごさねばさらないし、また課業自体もその座組で行われるから重要である。
乗船すると最初に「舷門名札」を確認して部屋割りを把握するわけだが、先に船に到着した者がLINE等でいち早く部屋割り情報を流し、船に向かう道中で既にメンバーを把握している場合がある。

日本丸の居室(7人の相部屋)

・居室のホワイトボードに「下船まで〇〇日」と書く 

乗船初日から書くと気が遠くなるので、始めの頃は「上陸まで○○日」と書いておき、これを一日の最後に更新することが楽しみである。
半年の実習といっても、10日おきくらいに入港して2、3日の上陸休暇がある。全国各地を巡れるのが練習船実習の楽しみであり醍醐味だと思う。また年末年始を挟む場合には1週間程度の帰省期間がある。

実習終了まで残り1ヵ月をきった辺りからは、ほぼ全ての部屋で「下船まで○○日」「天国まで、あと○○日」「シャバまで〇〇日!」というカウントダウンが行われる。

・乗船日のメインイベント「ボンクメイク」

ボンク」とは船のベッドの事である。シーツが支給されるので敷かねばならないが、中々煩わしい作業である。
また、唯一のプライベート空間であるために、ボンクの整理整頓の状況が、その個人の実習・生活態度を表すと思われている。よって、毛布のたたみ方が違ったり、ボンク内が片付いていないと、巡検時に注意される。あまりに汚いと教官にシーツを剥がされ、1からやり直さねばならない場合もある(ボンク・クラッシュ)。

日本丸のボンク

・「イマーションスーツ」から、先輩たちの置き土産が見つかる

イマーションスーツ」とは、火災時や海面上での救助作業着等に着る防熱・防寒のつなぎである。乗船翌日にイマーションスーツの着脱訓練を行う。その際に、イマーションスーツを収納する袋から漫画本やカップ麺などが出てくる場合がある。
これらは、持ち帰りを面倒に思った先輩方が隠していったものである。

・練習船実習=天測実習

星の高度を六分儀で測り、自船の位置(緯度・経度)を算出する。航海者にとって、現在船位が分からないことは死活問題であり、レーダーやGPSが搭載されている現在においても天文航法は重要な学習事項である。

天測実習

https://x.com/jmetsacjp/status/1390127575834390528?s=46


また、日出没時刻時差も計算によって求める。
日の出のタイミングで六分儀を持ち、正中のタイミングで六分儀を持ち、日没のタイミングで六分儀を持ち、その後、一番星が現れるまで待機して星の高度を六分儀で測る。測定が終わればすぐさま計算。計算が早く終われば、その分早く休憩に入れる。はじめの頃は40分近くかかった挙句に、とてつもない誤差が生じてしまい気が滅入るが、段々とスピード、精度ともに成長してくる。
計算が終われば、教官に点数をつけてもらう。評価の厳しさは教官によってまちまちで、なるべく優しい教官に採点をお願いする。

・「サブワッチ」の回数で揉める

航海実習のメインイベントは船橋(操舵室)での航海当直である。班単位で4時間入直し、一人ひとりに当番が課される。当番は1時間か2時間で交代するのだが、一番大変な当番が「サブワッチ」(航海士役)である。このサブワッチが船橋(ブリッジ)のまとめ役であり、操船指揮を執る。
サブワッチで大変なのは「引き継ぎ」である。特に、4時間当直の「最後のサブワッチ」は次直班のサブワッチに「引き継ぎ」をせねばならない。この引き継ぎがスムーズに終われば次直班とすぐに交代することができるが、船位確認などに手間取り引き継ぎが中々終わらなければ、その分自分の班のメンバーを待たせることになる。
また、出入港時のサブワッチは作業要領が多く、航海実習の中でも1番大変な役割だろう。

当直の当番配置については班長が決めるのだが、班員から不満の声が上がりやすいのが、このサブワッチの回数である。
回数が均等になるようにきっちり回数を数える班長もいれば、ルーレット形式で完全に無作為に配置する班長もいる。

・「ルックアウト」は気持ち良い

私自身は、航海当直の当番の中でも「ルックアウト」(見張り)が1番好きだった。
ウイング(船橋横に張り出した露出部分)で見張りをするため、風が当たって気持ちがいい。また、イルカや「グリーンフラッシュ」を見る事もできた。

・「操舵当番」はイージー

操舵ハンドルを実際に持って操作する当番である。一般の人に「航海士」と言うと、操縦ハンドルを操作する姿を思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし、ある程度の大きさの船では「航海士」が指示を出し、実際にハンドルを操作するのは「操舵手」(クォーターマスター)という甲板部員である。

実習においても、サブワッチから舵角の指示があればそれに応じて変針するが、基本的には現在の針度からズレないようにハンドルで調整することが仕事であり、むしろハンドルを動かすことが少ない方が「優れた操舵手」である。
入学したての頃は「操舵当番」が花形のように感じられるが、ある程度乗船すると操舵当番は最早「休憩」のように感じる。しかし、気の緩みが事故に繋がるし、特に夜航海時は危うく寝てしまわないよう注意していた。
また、保針に失敗して慌てて大角度をとると、船体が激しく揺れてしまう。すると、機関科の学生からも「今の操舵当番誰や!」と目くじらを立てられる羽目になるから油断大敵である。

・意外と「レーダー当番」が忙しい

レーダー画面を見ているだけと言えばそれまでだが、輻輳海域だと画面上にびっしりと映像が現れるから、映っている船の識別が大変である。また、教官やサブワッチからの「あの船どこ向け?」などという急な質問にも対応できるよう、きちんと捕捉して動向を注視しておかねばならない。

航海当直の様子
https://x.com/jmetsacjp/status/1790909255044010011?s=46

・「自由振」は、本当に自由にやって良いのか?

朝と昼に体操をするのだが、ラジオ体操のように運動の順番が決められている。最後の「深呼吸」の前に「自由振」という名前の運動がある。
「自由」というのはおそらく、ひと通り体操を行ったあとに身体をリラックスさせることが目的であるため、特に動きが決まっていないということであろう。
乗船してある程度日数が経った頃には、両腕を軽く動かしたり、軽く膝を曲げ伸ばししたりと、各人思い思いに軽く身体を動かすようになる。しかし乗船間もない頃は、「自由」な動きが怠慢に見えることを恐れて、「上下振」とほぼ同じ動きをする事に皆落ち着く。

・最終船では、部員さんに年下がいる

「部員」とは、「士官」(船長・機関長・航海士・機関士)の部下として、甲板・機関作業に従事する乗組員である。
高専生の最後の実習時の年齢は21歳である。水産高校等を卒業したばかりの部員さんは、実習生よりも年下となる。
当然実習生からすれば、部員さんの方が立場が上である。しかし、中には気を遣って敬語を使って話してくれる部員さんもいた。

・食事が豪華

船の食事は量も多く、かなり豪華である。娯楽の少ない船内生活において、食事の楽しみは大きいから有り難い。
また、次の寄港地までの航海が長引く時には食事がより一層豪華になり、実習生の士気を高めようとしてくれる。
しかし航海が長引く時というのは、船酔いも酷くなる。つまり、ステーキなど豪華なメニューの時に限って、船酔いで食べられないという事態に陥る。

・夕食が早い

晩御飯が16時半からである。「航海当直の時間の都合」だとか「司厨部の勤務時間の関係」だとか耳にしたことはあるが、理由ははっきり分からない。
でも段々と慣れてくるし、そもそも航海中は当直のため、班によって食事時間が異なる。また航海中は夜食も出る。

・「操練アイス」

操練」とは、いわば月1回の船の「避難訓練」である。
船員法施行規則第3条の4において、① 防火操練
② 救命艇等操練③ 救助艇操練④ 防水操練⑤ 非常操舵操練⑥ 密閉区画における救助操練の実施が義務付けられている。

総員退船部署操練
https://x.com/jmetsacjp/status/1878975924076785969?s=46


操練があった日の夕食に、ハーゲンダッツなどのアイスクリームが出されることが恒例となっている。
実習生はこれを「操練アイス」と呼び、航海中の楽しみの1つにしている。

・練習船名物「甲板流し」 

帆船の木甲板は暴露しているために、風雨や海水による汚れが付きやすい。しゃがんだ状態でヤシの実を使い、甲板を汚れをこすり落とす作業を「甲板流し」という。皆で「ワッショイ」と声出しをしながら列になってひたすら磨く。
朝別課(朝掃除)の時間、ホースで水を流しながら裸足で行うため、寒い時期には大変である。

https://x.com/jmetsacjp/status/1848170830834118792?s=46
甲板流し
http://9tabi.net/fukuoka/fukuoka03/fukuoka345.html

・朝別課のお供「ピカール」

手すりや舷窓などの金属部分は、研磨剤「ピカール」で磨いて汚れを落とす。
船内には金属部分が多いから、朝別課や大掃除で手持ち無沙汰になったときには、取り敢えずピカールで何かを拭いていれば「隅々まで偉いね」と教官に褒められる。

真鍮磨き
https://x.com/jmetsacjp/status/1853960244361339102?s=46

・「運動上陸」は「楽しみ6割、面倒くさい4割」

寄港中の休暇上陸とは別に、月に1回程「運動上陸」というものが行われる。運動上陸(通常:うんじょり)とは、航海中の遠足のようなものである。
航海中であるから、陸近くに錨泊し、そこからカッターを漕いで上陸する。大抵、そこから1時間ほど皆で歩いて公園などに行く。その後半日ほど自由行動となる。
上陸自体は楽しいが、本船から陸地まではカッターを漕いで往復するから疲れる。またそれ以上にカッターの降下・揚収作業が大変である。
また、コロナ禍の2021年に淡路島へ上陸した際、島民から機構本部へ「ウイルスを持ち込むな」という旨の苦情が入ったらしく、予定より早く帰船せねばならなくなった。数週間の遠洋航海を終え、発着地・神戸に近づいてきたことで、船長が労いの意味で上陸を企画してくれたのだが、苦い思い出となった(むしろ我々は船から出ていないのだから、ウイルスを持っている可能性は限りなく低い)。
私たちの班は、行きはカッターを漕いで上陸し、帰りは本船搭載のボートに乗って船に戻った。帰りのボートはカッターと違いエンジンで動くため、座って乗っているだけで帰れるのでラッキーだと思っていた。しかし、波が荒くて船酔いが酷かった。また、浸水防止のため閉め切ってあるので、外の空気も入らない。夏場であったため熱中症のような症状も現れる。しまいには一緒に乗船している同級生が、「ごめん…」と言いながら目の前で嘔吐し出した。この帰りのボートが、生きてきた中で最も苦痛な体験である。

・遠洋航海中のレクが楽しい

数週間にわたる遠洋航海中は上陸もできないから、精神的にも疲弊してくる。船という閉鎖的な空間にいるということだけでなく、遠洋海域ともなると周りに船もいなくなるから、ひたすら海と空の青だけしか視界に入らず気が狂ってくる。当然ネットやテレビも見られないから娯楽もほとんどない。
遠洋航海のちょうど折り返しくらいのタイミングで、船内運動会などの催し物が開催される。内容は綱引きなど他愛のないものだが、とても良い息抜き・気分転換となり、すごく盛り上がる。教官も皆、元実習生だから我々の気持ちを察してくれていて、その日ばかりは航海当直を免除(ワッチオフ)してくれたりする。

・「船内休日」が欲しい

10日おきくらいに2、3日の上陸休日が与えられる。「上陸休日」と言えども、上陸するかは本人の自由で、船内で休日を過ごしても構わない。しかし、せっかく日本各地を訪れることができるのだから上陸しなければ勿体ない。良いリフレッシュにはなるが、体力的には中々疲れがとれない。
上陸休日とは別に「船内休日」があれば良いのになと思っていた。
しかも、「知識テスト」が上陸翌日にセッティングされることが多かったのは気のせいだろうか。

・2槽式洗濯機と乾燥室

帆船である日本丸には2槽式洗濯機が設置されている。全自動洗濯機は船の振動で止まってしまう場合があるためである。2槽式の洗濯機を目にしたのは後にも先にも練習船だけである。

洗濯物を干すための「乾燥室」があるが、夏の暑い時期に乾燥室で洗濯物を干す作業は大変である。また100名を超える実習生が干すため、取り込む際に自分の洗濯物を探すのに手間取るときがある。中々見つからずに困っていると、無惨にも床に落ちている場合も多い。

・「実習のまとめ」の消化試合感

課業予定表には、下船2〜3日前から「実習のまとめ」の記載がある。「実習のまとめ」とは名ばかりで、実際は下船のための荷物整理や、貸与品の返却などを行う場合が多い。
数ヶ月に及ぶ海上実習に終わりが見えるこの時期の爽快感はひとしおである。

・なんだかんだで楽しい

合計1年に及ぶ航海実習は大変なことも多い。しかし、陸上では見られない景色や全国各地の上陸など楽しみも多い。海外にも行ける。また大抵の教官は優しいし、気心知れた同級生と過ごすのも苦ではない。船員志望ではなく、毎度乗船時に憂鬱であった自分であっても、実習期間は楽しく過ごすことができた。

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