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英語は楽し! 第11弾完結編 「それどういう意味?「バズる?」「ミニストップ?」・・・


 さぁ、いよいよ完結編です。「へー!」「なるほど!」を連発してください。


buzz ってる!



「バズる」
 ウェブ上で、誰かの意見や写真などが爆発的に大反響を呼ぶことを「バズる」と言いますね。最近よく聞く言葉です。では「バズる」とはどうやって生まれたのでしょうか。
 実はこの「バズる」の「バズ」は英語の buzz のことです。「うるさい音」「ざわめき」という意味です。「ガヤガヤ」「ブンブン」などの擬音語・擬態語を想像してくださればいいです。The crowd buzzed with excitement. で「群衆は興奮でざわめいた」です。要するに、世間が大騒ぎをして騒々しいことを「バズる」と言っているわけです。
 でも、この言葉は日本人にとってさほど新しいものではないんですよ。もう百年も前から日本人も知っている言葉なんです。例えば、デパートでエレベーターに乗ったとします。重量制限がありますね。最後の一人でその重量制限を超えたら何が起こりますか。「ビビーッ!」と大きな警告音が鳴りますね。それを何と言いますか。「ブザー」と言いますね。実は「バズる」はこの「ブザー」と同根なのです。百年も前から知っている言葉でしょ?
 日本人は buzz を正しく「ズ」と発音せず、ローマ字通りに「ズ」と発音したのです。だから「ビビー」という警告音を「ザー」ではなく「ザー」(buzzer)と呼んだのです。
 でもこれで「バズる」と「ブザー」はどちらも buzz という英単語から生じたのだという事実に気が付きましたね。「へえーっ!」の瞬間です。
 日常的に何気なく使っている言葉も、掘り下げてみると、意外な事実に出会うものです。でもそのとき必ず「なるほど!」「へーっ、そうだったんだ!」という感嘆の言葉も口から出てきます。そうやって何気なく使ってきながら単なる記号にすぎなかった言葉が生きた英語として再認識されるのです。そしてその人にとって本物の英語の知識として根付くことになるのです。
 
「 MINI STOP 」
 ご存じ、コンビニの「ミニストップ」です。この MINI もおそらくほとんどの日本人が誤解しているものと思われます。「ミニスカート」「ミニカー」「ミニチュア」の「ミニ」と認識されているはずです。
 実はこれは minute(ミニット) の「ミニ」なのです。 minute は「一分、二分」の「分」という意味です。 そして stop は「立ち止まる」です。すなわち、「一分でいいのでこのお店に立ち寄って、ほっと一息ついていってください」という意味です。「あなたの憩いの場を提供いたします」が MINI  STOP のコンセプトだったのです。
 誰でもそうですが、なじみのない言葉より、すでに知っている言葉で未知のものを理解しようとしますので、このようなこと(思い込み)が起きてしまいます。「ウォシュレット」の「レット」を「トイレット」の「レット」と知らず知らず思い込むのと同じです。正解は「~しましょう」の Let's (レッツ)のもじりでしたね。

 

あなただけの服 UNI QLO


「UNIQLO」
 これは (ユニーク クロウズィング)の前半部分を取ってつけられたものです。「(我々は)唯一無二の衣服をお届けします」というコンセプトから付けられた社名です。
 ただ英語の unique は日本人には少しニュアンスとして誤解されているところがあります。日本語では「面白い」というニュアンスで使われることが多いですが、本来「面白い」の前に、「独自の特長を持っており、そんじょそこいらにはない・無類の」という深い意味なのです。つまり、「ここにしかない素晴らしい服」というのがユニクロという社名の由来です。
 しかしよく見てみると「ユニクロ」の「ク」の」発音に、 C でなく が使われています。さて、なぜでしょうか。
 実はもともとは UNICLO だったのです。ユニクロが香港へ進出する際、相手方の担当者が間違えて でなく Q と書類に記入したものを、ユニクロの日本人責任者が「こっちのほうがいいじゃないか」と判断し、現在のようになったというのが真相です。
 私もまた、 C より のほうがはるかにいいと思います。だって、 というアルファベットを見てください。丸みがあって短い直線(曲線)が右下に突き出していますね。圧倒的に C よりかわいらしいし、存在感があります。まさに「災い転じて福となす」です。
 
Ⅲ終わりに
 英語なのに英語として認識されていない言葉がこの国には無数にあります。ですが逆に言えば、日本人は小さいときからたくさんの英語をすでに身に付けているということです。しかし英語として認識されていない以上、それは英語の知識とは言えないでしょう。私はそれをとても惜しいこと、もったいないことと思っています。私はそんな言葉たちがきちんとした英語であると認識させてやることが英語教師の使命の一つだと信じてやみません。日本人の心の中に眠ってしまっている英語を一度意識上に覚醒させ、それが本物の英語であることを理解させる。そうすることによってその言葉は英語としての真の命を吹き与えられ、その人の本物の英語知識として永遠に記憶される。 
 さらに、その過程で誤解の解決・新しい発見・驚き・感動が生まれ、最終的にその人の成長とより潤いのある人生へとつながる。このサイクルを一人でも多くの日本人に味わってもらいたいと願い、これからもたくさんの寄稿文を掲載していきます。ありがとうございました。
では、また新たなトピックまで  See you around.
 
 

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