古本屋になりたい:50 灯り
洗面台の蛍光灯が、プチッと小さな音を立てて切れた。実際には音は鳴らなかったのかもしれないけれど、徐々にではなく急に切れたので、音が鳴ったように思えた。徐々に暗くなって切れていく蛍光灯っていうのはあるんだっけ?家中ほとんどの灯りをLEDに変えてから、蛍光灯が切れる経験をしなくなった。引っ越してきた時から元々入っていた洗面台の蛍光灯が、4年目にしてようやく切れたのだった。
Amazonで蛍光灯かもしくは代わりになるLED(蛍光灯型の)を探してみるが、どれが合うのかよくわからない。型番を見ようとしても暗くてよく見えないので、スマホのカメラで蛍光灯の端に印字された文字を写真に撮る。
台所の流しの上の灯りもまだ蛍光灯だ。同じサイズなら2本セットとかを買えばいい。そう思い立って、流しの上の灯りのカバーを外して、こっちの方が大きいみたい、と思いながら、向こうを向いている型番を確認するために蛍光灯を外した。やっぱりサイズが違う。まだこっちは点くからな、と蛍光灯を嵌め直すと、もう点かなくなっていた。
枕元の読書灯として買った球体をした灯りを、洗面所に置いた。黄色い灯りが優しすぎて、老眼が始まった目では読書が全くできず、出番がなくなっていたものだ。洗面台の頭より高いところから照らしていた蛍光灯と違って、腰のあたりの高さの台の上に置いた黄色い優しい灯りは、半径30センチくらいをぼんやり照らすくらいの光量しかない。顔まで明るく照らしてはくれないが、ここで化粧をすることもないのでまあいいと思った。
台所には天井の明かりがあるから、流しの上の蛍光灯が無くても暗すぎるということはない。
これで家中の灯りが白熱灯の色になった。
夜の地球を宇宙から撮影すると、日本列島は蛍光灯の灯りで白く浮かび上がり、ヨーロッパは白熱灯の色で黄味がかっているそうだ。なんかヨーロッパの方が良い、と思っていたけれど、本を読むには白熱灯の灯りは暗すぎる。
唯一、デスクライトが調光型で、白い灯りを選ぶことができる。白熱灯の明かりでは見えにくかった文字が、くっきり見える。
本当は白熱灯の元で本を読みたい。白熱灯の穏やかで優しい光の元で、美味しいコーヒーなど飲みながら夏の長い夜を過ごしたい。
しかし現実は、眼鏡をずり下げたり本を遠ざけたり近づけたりしてちょっとイライラし、結局、読めん!と白い灯りに点け変える。
20代の頃、出張で行った東京の遅くまで開いているカフェで、友人の仕事が終わるのを待っていた。私はその友人のことを大学の頃からしょっちゅう待ち続けていて、待ち時間をトータルしたら一年くらいの長さになるんじゃないかと思う。そんな友人も、最近会ったら、寝坊も遅刻もしなくなっていた。そりゃあ老眼が始まるような年齢だもの、大人になったなあとしみじみしたものだ。
その遅くまで開いていたカフェは、オシャレすぎるあまり照明が暗く、この友人と会うなら絶対に2時間以上は待たされるから本読んどこう、と言う私の目論見は外れてしまった。
もう帰る、そろそろ出られる、というメールが来てからもたっぷり1時間は待たされるのにも慣れっこになっていたのだが、それは本を読んで待てば良いからだった。
暗すぎて本が読めない、そんなカフェに何時間も居られない。知り合いの経営するカフェだから長居できる、と言うのがそのカフェで待ち合わせることになった理由だったのだが、何杯もコーヒーばかり飲めないし(しょっちゅうトイレに行った)、時々店員さんに、〇〇さんなかなか来ないですね、と声をかけられて、あはは、と中途半端な笑顔を向けるのにも疲れてしまう。何より、本も読まず無為に過ごす数時間の過ぎて行かないこと。
しかたなく持って来ていた本に目を凝らすのだが、運の悪いことに紙が変色した古い文庫本で、文字が小さく、やっぱりほとんど読めないのだった。
Kindleでも買おうかな、と思ったことがある。スマホにKindleのアプリは入れているが、画面が小さいので1ページあたりの文字量が少なく、やはり紙の本とは感じが違う。何より紙の厚みがないと、本を読んでいる感じがしないのだ。読み始めの右手に数ページ、左手に数百ページの時から、読み進めるにつれて厚みが右に移っていく感じ、三分の一くらい読んだかな、と天から栞の位置を確認してみる感じ、残り少なくなって、左手を離した瞬間開いたページが閉じようとするのを慌てて止めるあの感じ。
近い将来、Kindleのあの真っ白な(色は変えられるのかしら)明るい画面のお世話になる日が来る。本自らが発光している、それは久しぶりに味わう蛍光灯の白さだろう。
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