noteをはじめて二年経った

誰でもない人のまま発信がしたくて、noteのアカウントを作成した。それから二年。
はじめは気が向いた時だけ書いていたし、薬を飲んで酩酊しながらわけのわからない文章を投稿するなんてこともしていたけど、ここ最近は安定して長文が書けている。読みやすいかどうかはしらないけど。
おまけに20週以上連続して投稿し続けている。まさかこんなに筆まめになるとは思わなかった。
匿名のまま発信して、匿名の人に読んでもらい、時々いいねやコメントをもらう。とても気が楽だ。誰も私に期待なんてしていないし、私も繋がりを求めて承認欲求ゾンビになることもない。
いつでも切り離せる場所として存在し続けるからいいのだと思う。
常に事実からは少しだけぼやけた現実を書いているし、私の正体は誰も知らない。それがこんなに心地いいなんて知らなかった。
同人活動をしていると、どうしてもペンネームが付きまとう。
「私はこの人の作品が好き。でもこの人は私の作品を読んでくれない」なんて頭を悩ませなくていいのだ。読むのも自由、ブラウザバックも自由だ。
インターネットなんてこれくらいの温度感でいい。崇拝されることも、信仰することもないくらいの——ごはんを食べたら忘れるくらいの、気楽さ。
リアルタイムで投稿され過ぎるTwitterやInstagramとは違う、ブログのよさというものがある。
バズるのは一度経験して本当に怖い思いをしたので「誰も読んでないなあ」と思う程度が精神にいい。末永く細々と続けていけたらいいなと思う。

一つ前の記事にコメントがついた。あまりに不快だったので気づいてからすぐ消してしまったのだけど、一言で内容を言うと、「猫を動物保護団体に預けろ。無責任な飼い主め」みたいなことが書いてあった。
それって猫の気持ち考えてないよね、と思った。うちの猫は甘えん坊で私にべったり懐いている。寝る時なんか腕枕だし、隙あらばちょっかいをかけてくるし。うっとりとこちらを見つめてくる姿や、帰宅すると駆け寄ってくる姿……ここには書いてない絆がある。
今はだいぶ治ったのだが元々重度の人見知りだったこともあり、動物病院に連れていくのも一苦労だ。そんな繊細な子が見知らぬ人と猫に囲まれたらどうなるだろう? それこそストレスで病気が悪化して痒がるのではないか。
そもそも信頼できる動物保護団体というのを私は知らない。本当にちゃんと愛情持って世話してもらえるのか、動物病院専売の餌だって食べさせてくれるのか、皮膚が少しでも荒れたら多頭の中でも気づいて薬を塗ってくれるのか……。わからない点は多い。
なにより私が猫と離れたくない。私が治療にお金をかけてあげられないと言ってるのはプラスαの治療(かゆみを抑える高価な薬を買うとか、ホームケアでシャンプーしてあげるとか)ができないと言ってるのであって、こまめに動物病院に連れていったり、薬を塗ったりという対処はちゃんとしている。そのために我慢していたり、頑張っていたりもする。
もちろん私の今の立場は褒められたもんじゃない。それはわかってる。ただそれは結果論であり、現状を「結果」にしないために努力もしているつもりだ。例えば資格試験の勉強をするとか、福祉サービス施設に通うとかして再就職に向けて動いている。「生活保護になれたんだから、もう働かなくていいよね!」なんて思っていない。来年には社会復帰したいと思っている。今の取り組みなら不可能ではないだろう。
コメントには「自分を哀れむ暇があったら」という言葉もあったが、余計なお世話である。誰も哀れんでくれないから一人で哀れむための場所がここだよ。土足で上がり込んできてなに的外れなことを言ってるんだ。
Twitterでは言えない話をするためにここがある。自分で自分を愛し慈しむために文章を書いている。

今週末はマンションの断水があるので、5時間くらい外出しなきゃいけない。
ラストマイルを見に行こうかなと思っている。MIU404を3話までしか見ていないし、今週は福祉サービス施設と不動産屋に行く予定があるし、役所の家庭訪問もある。週4で予定が埋まっているので、なんとか合間を縫ってドラマを見進めたい。
資格の勉強も進めなきゃいけない。ソシャゲのストーリーも進めないと夏イベに間に合わない。
やることいっぱいあって通話してる暇なんてないのに、どうして私は通話相手ばかり探してしまうんだろうね。
一番よく通話している相手が最近塩対応で、かつ私の部屋に入らなくなってきたので「ああまたこの現象か……」と萎えている。5回目くらいかな。はは。
悲しかったので同人界隈の繋がりたいタグを使って新しい人間関係を構築した。新しい依存先を見つけなきゃ……。
妖怪みたいだね。


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