能登豪雨でショッキングだったこと

能登豪雨の被災地である輪島市に4日間いた。

土砂崩れがひどかった「塚田川沿いの集落」や
観光名所「千枚田」、
200人以上が孤立していた「七浦地区の孤立集落」にも行った。

そこでショックを受けた出来事が二つある。
いずでも、「高齢者」が絡んでくる。

1つは避難所での出来事。


1人暮らしのおばあちゃんが、職員に「家に帰りたい」と訴えているのだ。
それも20分間も。

おばあちゃん「地震の時も家が壊れて仮設に行って、
       今度はその仮設にも水が来て。
       胸ぐらいまで水が来て、歩けないからおんぶしてもらって
       やっとの思いで逃げてきた」

話を聞いていると、おばあちゃんはどうやら一人暮らし。
なかなか言葉が出てこないし、同じことを何度も繰り返している。
認知症を患っているんだろうなと思った。

それを、ずっと聞いている市の職員。
家に帰りたいというおばあちゃんに対して

職員「でも、おばあちゃんは独り身だし、携帯電話もない。
   一人ではいかせられない。市役所と相談しているから待ってて」

すると、おばあちゃんは再び
「地震の時も家が壊れて仮設に行って・・・」と繰り返すのだ。

市の職員も他の仕事をしたいはず。
おばあちゃん一人だけに、ずっと構っていることはできない。
職員が苛立っているのが見てとれた。
おばあちゃんへの言い方も荒立っている。

それをみていて、まさに「地獄」だなと思った。
二人とも悪くない。
そして、二人とも被災者だ。
2度被災して、さらに避難先でも嫌な思いをしなければいけないのか・・・

2つ目のショックを受けた出来事。


それは、氾濫した川の奥に住む、いわゆる「孤立した家」だ。
家には91歳のおばあちゃんと65歳の娘が住んでいて、
その家から避難するという。
小川は水位は下がったものの、依然として水は流れている。
91歳のおばあちゃんは、両腕を支えられながら
こちら側まで歩いて渡ってきた。
そんな場面に遭遇したのだ。

おばあちゃんに、怖かったでしょうね。大丈夫ですか?と尋ねたら、
認知症なのか、上手く会話ができなかった。

65歳の娘さんに、大丈夫ですか?と尋ねると、
「大丈夫なわけないでしょ。なんで、2度も被災しないといけないの。
 何が総裁選よ。総裁選をやっているなら、今ここにいる私達を助けてよ。」

ぶちギレながら、そう返してきた。

ここに戻るのかと聞いたら、
「インフラが回復したら戻りたい。
 インフラが回復しないと、訪問介護、デイサービス、来れないじゃない。
 母の面倒、誰がみるのよ」

65歳の娘さんは、荒々しく答えた。
そうだよなと思った。
娘さんにしてみたら、「被災したことも大変」なのに、
「91歳の母の面倒もみないといけない」のだ。
私に、ぶちギレるのもよく分かる。

今回、被災地で思い知ったこと。
それは、「高齢者」と、「高齢者を面倒みる側」を、
どうサポートしていくかだ。

被災しても、若い人ならば、歩ける、運転ができる。
すごく大変だけど、なんとか生活の立て直しはできる。

だが、高齢者・・・
病気を患っていたり、認知症だったりする高齢者は、
残念ながら、自分一人ではどうすることもできない。
周囲が面倒をみなければいけないが、介護する側も被災して大変なのだ。

災害大国の日本。
この問題は、もはや他人事ではない。自分事として、考えていかないと。

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