大騒音アパート~深夜に二階でハウス踊る私vs早朝に腹筋ローラーかますお隣vs明け方までパーリーする下の階のガキ~


いつだったか、あまり目立たないようにと心掛けていたサークルの小規模な飲み会的なものにぬるっと参加したとき。

「それは心霊現象でしょ(笑)」

誰かがそう言った。すると続けて、そうなんじゃん?と友人が乗ってきた。



それもそのはず。私の一人暮らしの家は広くて大学から近く、家賃もリーズナブルで、大変喜ばしくはあるのだが、なにぶん古くてガタが来ているうえ、部屋によってはその「ガタ」を放置したまま引き継がれている。なかでも私の部屋は、住みづらさランキングをつけたのなら、ブービー賞に値する。

この四年間で、Wi-Fiの二度にわたる取り付け、カーテンレールの落下(肩への直撃付き)、テレビが夜中に勝手につく、台所のお湯が勝手に出る、電気のひもが切れる、電気のカバーが落下する…などが日常的に起きていた。ただ、こんなことが起きようが、私は一度たりとも心霊現象だなんて思ったことがないから驚きである。幽霊と過ごすなんてワンチャン経験値だし、気づいてた方がおもろいはずなのに、私という人間は平然と8時間眠っている。




あるいは何となく自分の体重が少し重めだからだという結論に、いつもこじつけていた。

中学生の頃、道のコンクリートの端っこを綱渡りの要領でたのしく歩いていただけなのに、突如、ゴンロゴロ音を立ててナマコ一匹分くらいのコンクリートが崩れ落ち、不本意ながら他人様の土地である芝生にあられもない姿で侵入したことだってある。そうであるので、ありえないこともない。カーテンレールは私がどしんどしんと歩くことで日々歪んだのやもしれないし、テレビは寝返りした時にあまりの重さで部屋全体が揺れてどうにかスイッチが付いているのかも分からない。真相は闇の中である。




そんな神経も身体も図太く丈夫な私であるが、4年の間にはさすがにピキっとくることもあった。

たとえば、パリピが私の部屋の扉の前でわざわざタバコ吸ってたり、パリピが私の部屋用の駐車場を無断で2週間使っていたり、部屋のドアノブにキーホルダーとかについてるあのボールチェーンが引っかかっていたり、赤さんの泣き声とヒステリックお母さんの叫び声が聞こえてきたり、あと深夜の眠りが深くなってきたときに必ず踊りたくなる最高のEDM流しだして睡眠妨害してくる謎のJDがいたり、そしてめちゃくちゃ歌が上手いパリピが米津玄師を駐車場で熱唱していて、やたらうまいのもムカついた。


お気づきかもしれないが、私のアパートにいる、とあるパリピは大変活動的である。彼はうちの部屋の真下の階に、私のきた少し後ごろから、ずっといらっしゃる。

ヤニはこまめに摂取し、コロナだろうが複数のご友人と朝までパーリナイし、時にほかの人間が借りてる駐車場ですら侵入してくる。あと何かしらの扉を、私の部屋が地震ぐらい大きく揺れる強さで、間を置かずに三回くらい続けて閉めたりする。(地震というのは不謹慎かもだけれど、本当に揺れるもので、実際に地震が起きたときに、真下のパリピのせいにしたことが何度かある。)毎日扉で顔を挟んで小顔効果でも狙ってるんだろうか。それともトイレの扉は三回続けて閉めないとカカシに変えられてしまう呪いでもかけられたのだろうか。おもしれぇ人間。

余談だが、たまに保護者の方がいらっしゃってて、そのお母様に遭遇するとめっちゃご丁寧に挨拶されるのもめっちゃウケる。お育ちよさげ君、羨ましい。お母様、彼、パーリーなさってますよ。



でも、私は許した。なぜなら私は夜中に上の階でハウスを踊るからだ。




サンドイッチされるように隣の部屋からも様々に音が聞こえてくる。しかし、こちらは4年の間に何度か変わった。

最初は、ある夜にお母さんらしき方が泣き叫んで何かを放り投げる音がして、次の日には居なくなった、赤ちゃんとお母さんのコンビで、次は重低音もばっちりのアンプらしき機材の音が盛大に漏れていて、24時過ぎのaviciiから始まって、深夜2時ともなるとThe chain smokersだったり、ベースのような楽器をかき鳴らして知らない歌を歌っていたりする、破天荒JDで。

その次にきた物静かで、生きてるか死んでるか分からない学生さんは、前例と比べるとかなりありがたいご近所さんであった。時に男子2,3人ぐらいで、数十分おきに「ふっふぉ」と控えめに盛り上がる会合の音がこちらの女子会を邪魔する日もあったが、それも片手で数えて十分足りた。ありがたくはあるものの、今までと比べるとあまりに静かで、誰かに言った「ウチ、壁薄くてまじやってけないんすよ~」が事実ではなかった可能性が出てきたことが少し気になるくらいであった。




しかし、悲しいかな、人間は変化の生き物である。

ある日、お隣から楽しそうに会話をする男女の声が聞こえてきた。

別に、聞き耳を立ててるわけではもちろんないし、むしろひとり寂しい時に楽しく喋る声など聞こえない方が嬉しいのだが、まぁ兎にも角にもお隣さんもやっとこの薄い壁を貫通するほどのデシベルに相当する空間をゲットしたのか、とどこか感慨深い気持ちにはなった。少なくともふっふぉ超えのデシベルではある。


そして、ある朝から、謎の音に悩ませられることとなった。

ぐーるぐるぐる… ごろろろ

ぐーるぐるぐる… ごろろろ

最初は、えらく強くコロコロで掃除をするものだなぁとしか思わなかったし、どこの部屋から聞こえてくるかも分からなかった。


次第に音は増えていった。隣の部屋だと目星はついてきていた。

ぐーるぐるぐる… ごろろろ

ぐーるぐるぐる… ごろろろ

…ッド。  ッッダァァァァァン!!!

ッッダァァァァァン!!!

ここらへんで私は気づいた、彼はきっと柔道か何かを突然やりだす癖があるのだ。


ドカン、ドカン、ドカン

足音まで心なしかうるさくなった。ところで、ぐーるぐるぐるは何なんだろう。

朝とは呼べない時間に起床することも増えた私には辛い時間に、また聞こえてきたその音を、私は夢と現実の境目で査定した。






腹筋ローラー?




そうだ。腹筋ローラーなんじゃないか?回数がだんだん増えてるし、ッダァァァァァンよりも頻繁に聞こえてくるし、往復する時間的にも、これはつじつまがかなり合う予想に思えた。

そうなると時系列的には、気になる女の子ができて?部屋に来てくれて?楽しく喋って?そして体を鍛えて?身なりを整えて?


えっと、お客様、次は結婚して幸せにでもなるんですかね。

私は器が小さいのだろうか。ここまで思考が及んだことによって、はじめて静かなお隣さんにピキッとしたのである。

要約すると、ポエムモンスターが日々美味しいドーナツとか見てほくそ笑むだけのくだらない毎日を送っているそのすぐお隣の部屋で、うっすい壁一枚隔てただけの癖に、まるで天と地とでも言いたげに、順調に青春してる、ってことか。


…いいよいいよ!幸せになればいいさ!そもそもすべては私が知ってはいけない情報だったし。いいもんね。お前が幸せになるのなんか私の人生には関係ないんだからね。



4年である。

もう一度言おう。4年である。



私は何を成し遂げたというのか。

世紀の大恋愛も、アツい友情物語も、無くはないけど、なんかそんな、ね。してなかったかも。少し人間不信になったもので、この4年間は感情抑えめで生きていた、というのは聞き苦しい言い訳でしかないかな。



でも、まぁ、いっか。私は許した。

なぜなら私は夜中に隣の部屋でハウスを踊るからだ。



夜中のハウスがいちばんたのしいのだ。

一瞬、自分の所有物になったかのように錯覚したりしても、

誰も文句は言わなそうな時間に踊るのがいちばんいい。

もっと重心を下げてとか、もっと手を抑えてとか、もっとクールにとか、

気にしなくてよくて、私は私なりに楽しくハウスを踊る。

下の階のパリピも、お隣のリア充も、私の足音に眉をひそめて寝るがいい。

私は夜中に二階でハウスを踊る。

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