トマトと彼女。
「トマトは嫌いなの」
照れたように笑いながらそうやって、ハンバーガーから彼女は朱色のそれを指先でつまんだ。
俺のハンバーガーの上にペッと置かれた彼女のトマト。
トマトだらけのハンバーガー。
俺だってトマトが好きじゃない。
食べられないわけではないけど、入ってないほうがいいのに、と思うぐらい苦手だ。
でも、今は、あのトマトバーガーが懐かしい。
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手先には普通のハンバーガー、3度目のため息。
「で、フラれた原因はなんだったんだよ?」
目の前の席に座るあいりに話しかけられて、彼女のことを考えていた俺は我にかえった。
「いやぁ…………」
「なんだよ、はっきり言えよ」
あいりは、言葉づかいが悪い。
でも口調は仕方ない。今までの人生が彼女を形作っているわけだし、根は優しいやつであることも
知っている。
「俺がよぉ、情けねぇから……だってよ…」
「ふーん。 そういや彼女のどこが好きだったんだよ?」
前言撤回。 あいりは優しいやつなんかじゃない。
まだ別れて1週間の傷心の親友に、そんなこと聞くか??
俺だったら、忖度に次ぐ忖度でそんなこと絶対しない。
しかもそんなにまっすぐな目で聞くなんて。
「どーーこーーが! 好きだったんだよ?」
「そんなに凄むなよ、怖えーよ」
付き合っていた彼女は、とでも物腰の柔らかなふわふわした子だった。
高校の1つ後輩で、俺の卒業式の日に彼女から告白された。
嬉しくて、即OK。
俺は卒業後すぐに働いてたし、彼女は彼女で大学受験があってあまり会えなかったが、1年ほど付き合っていた。
好きだったところ………。
考えたこともなかった。
彼女ができたこと、デートをしていること、そんなことが嬉しくて、彼女自身をあまり見ていなかったのかもしれない。
自己嫌悪でまた落ち込む。
「や、優しいところ…………とか?」
「はぁ? 私に聞くなよ。 私が知りたいんだよ」
「なんとなく彼女ってだけで好きだったのかも……」
「ふーん単純だな、 じゃ彼女って肩書きなら誰でも好きになんのかよ」
「そんな意地悪な言い方………」
「例えば、わた………」
「え?なに?」
「何でもねーよ。ほらハンバーガー食えよ、冷めるぞ」
「いいよ、あいりのが来るの待つ。
にしても、遅いなー」
「んー困らせてんのかもなー」
「困らせる?何で?」
「トマト」
「え??」
思いもよらない単語が、あいりから出てきて手に取ったハンバーガーを落としそうになった。
トマトが苦手なことをあいりに話したことはない。
「トマトなしにできますか? って聞いたんだよ」
「あいり、トマト嫌いなの?」
「え?好きだよ?」
「は?」
考えていることがさっぱりわからない。
付き合っていた彼女は、嫌いなトマトをペッと俺のハンバーガーに置いた。
それなのにあいりは、嫌いじゃないのに、抜いてもらっているなんて。
「じゃ、なんで抜いてもらっているなんて?」
「ーーーーーーーーー亮、トマト嫌いだろ?」
「え」
「いつもトマト食べてる時、ぐって覚悟決める顔すんじゃん?だから、もらってやろうと思って」
「え、、と」
「トマト! もらってやろうと思って。
あ、来た」
あいりの顔ほどのサイズがあるハンバーガーが机に置かれた。
トマトはーーーーーーー抜きだ。
「ほらよ、亮のトマト置いていいから」
「あ、おう」
「これから、一緒にハンバーガー食べる時は、私がトマト食ってやるよ」
なんだか、涙が出てきた。
トマトを食べられない自分に対して、とかそういう単純なものじゃなくて、元カノにトマトは嫌いだと言えなかったこととか、あいりのぶっきらぼうで、なんかズレてる優しさとか、もっといろいろな理由だと思う。
俺が苦手なトマトが挟まれたハンバーガーにあいりは思い切りかぶりついて「うま♡」と笑っている。
「え、亮、泣いてんの? ったく情けねーなー」
「あ、これはその……」
「ま、でも情けないくらい優しいところが亮の好きなところなんだけど」
そう言ってハンバーガーを食べるあいりの頬はトマトみたいに真っ赤で、
なんだか、かわいいなと思った。
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