宇都宮浄人『地域再生の戦略』を読む
出版情報
版元 ちくま新書 1129 筑摩書房
著者 宇都宮 浄人 (関西大学 経済学部教授)
出版年 2015(平成27)年
1 ”交通まちづくり” が必要な理由
”地方の衰退”が問題視されて久しい。
だがそれに対して、短期的に評価できる施策ばかりを、場当たり的に取り組むのでは効果が薄い。地方創生には、政策の基軸がなければならない。
それにあたるものとして宇都宮教授は、本書の副題の通り「交通まちづくり」を挙げている。
すなわち公共交通の見直しと再編により、過度にクルマに依存せざるを得ない現状の改善が、特に優先的に必要と説いている。
というのも、使いやすい公共交通機関の整備は、移動・回遊あるいは社会参加がしやすい街づくりにつながる。そしてこれは、街の魅力向上そのものにもなるからである。
したがって公共政策では、まちの魅力づくりのためにこそ、交通の改良や再編に、重点を置くべしとの考え方である。
公共交通よりクルマで街を訪れた人の方が、足早に立ち去る傾向があるという。無料となる駐車時間の制限を、気にしがちになるためである。
マイカー移動が中心では、中心市街地の人通りもまばらとなり、街は自然とスプロール現象を起こす。このため街並みの魅力が薄れてしまう。
ゆえに住民個々人単位では、どうしても自動車依存度が高め、クルマ社会に適応することを強いられる。例えば、子どもの通学に使えるだけの鉄道やバスがあれば、親世代は専らマイカーで移動を済ませるようになる。
ところで交通弱者というと、未成年や高齢者、障碍者等の、自動車が運転できない人々がよく想像される。
だが現実には、免許も取れる年齢となった大学生などの若者層も、外出に実質的な制約がかかってしまう。
経済的にマイカーは手が出せないが、公共交通も使い勝手が悪く運賃も高ければ、引きこもるより他なくなってしまうためだ。
2 政策の変更とそれを支えた草の根活動
2-1 抜本的に必要とされた「交通通基本法」の制定
よって交通まちづくりすなわち公共交通再生には、法的あるいは政策の改変が必要となる。
このために、従来からの縦割り的な官庁の管轄や、それにより成立してきた法律の垣根を超えた、横断的な取り組みが必須であるとしている。
(例えば道路なら建設・整備のための道路法、交通規則を定めた公安委員会による道路交通法のように、複数の法律と異なる官庁により社会資本は管理されている)
また都市計画法など、これまでの法律では鉄軌道はじめ公共交通が、社会資本として位置づけられず、整備方針が詳細に規定されてこなかった。
そこで国の法律に、交通事業と地域社会の関連付けを確実とする機能を、付け加える必要が出た。
独立採算を前提とする民間事業を監督するとの性質から、持続的な交通事業そのものを保証する、基本的・総合的な枠組みを定める法律をつくるべき―。
このことは民主党への政権交代以降、与野党の別を超えて議論されてきた。その末に平成25(2013)年、『交通基本法』が制定された。
2-2 有志市民の奮闘と成果
特筆すべきは市井の人々も、国会での立法につながる動きに参画していたことである。
「全国路面電車サミット」は、趣味的な会合を母体とするが、のちに運輸省や建設省、専門家の講演・協力を取り付けた。これを岡山市で開いた市民が、平成7(1995)年にRACDAを結成した。
RACDAの岡將男会長の関与もあって、超党派で発足したLRT推進議連は、持続的な整備と維持のためのLRT促進法案を作成した。
それは、国による次世代型路面電車の整備基本計画を軸に、市町村による協議会が、具体的な計画を練るとするものである。
そしてこの素案は、『地域公共交通活性化再生法』の骨子となった。
これにより交通基本法に密接に関連する同法は、平成19(2007)年に制定された。
またRACDAの活動は、貴志川、高岡、ひたちなかといった他地域での活動とも交流を深め、存続の危機に瀕していた路線の起死回生を主翼を担ってきた。
3 交通まちづくりに立ちはだかる壁
一方、現実に交通まちづくりを実現するための難関は多い。
例えば初期費用の高さを理由に、新潟市のBRT構想は市民オンブズマンに反対された。宇都宮市におけるライトレール建設では、同じく多額にして膨張した公費が投じられたことから、市長選でその是非が問われるまでに至った。
また同市でバス事業を展開する関東自動車は、自社の乗客離れを懸念して、当初LRTに反対していた。
”車社会になれた市民は、いまさら公共交通など利用しない”との一般からの声も根強い。(おそらく半世紀余り、地方の公共交通は全体的に衰退が基調であった故であろう)民主的な手続きのために、念入りな説明も求められてくる。
4 公共交通再生の意義:地域への見返り
4-1”社会的便益”の大きさ
これだけの外部の苦労を重ねてでも、(適切な自助努力があってなお)巨額の整備費用や赤字の経営を生じる公共交通を残さねばならない理由に、社会的便益*の大きさが挙げられる。
交通事業者が直接回収できない、地域社会にもたらしている経済的な貢献を指す。たとえば沿線の道路渋滞が緩和され移動が円滑になったり、地価が向上したりする等の効果が挙げられる。
だからこそ、公共財として街づくりのなかに、交通の整備を組み込む必要がある。
わが国ではかつて、本来独立採算が成り立たないはずの鉄道事業が、民間事業者主導により成立していた。しかしこれは、都市部への人口集中や、経済発展によりもたらされたていた。
そのためにこれからは行政が、調整を主導的に買って出る必要性があるとしている。
例えば民営化により、バスの時刻を競合他社にわざと合わせ、乗客の奪い合いをするといった不毛な競争になってしまった前例などを、避けるためである。
4-2 測り知れない社会関係資本の促進効果
社会的便益の具体的項目は、国交省が作成した『鉄道プロジェクトの評価手法マニュアル』に示されている。だがその中には、計測が難しい項目もある。
そのひとつに著者は「社会関係資本」の増大を挙げている。
これは平たく云えば、相手が自分のためなることをしてくれ、自分もまた相手のためになることをするという、ギブアンドテイクのやりとりを通じて、相互に信頼関係が築かれることである。
となると社会関係資本は増やすためには、各々が自由に外出・移動して、交流・接触の機会を増やす必要がある。それに公共交通の充実が大きくかかわると、著者は自らの調査結果に基づき主張している。
著者は富山ライトレール(現・富山地鉄富山港線)において、富山市との合同調査を実施した。(宇都宮教授は統計が専門分野でもある)
その結果、JR富山港線がLRT化され利便性が高まり、家族や友人、知人などに会う回数が増えた人々が、全回答の約3割に達したと報告している。また折に触れて外出の機会が据えたとの回答が、全体での23%に及んでいたという。
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