『それはスポットライトではない』
公園を散策していると大いに活気づいている一角があったので行ってみると、柵で丸く囲われたドッグランがあった。小型から大型まで様々な犬種で賑わっており、柵の外からその様子を興味深く眺めていた。
そのうち、大型犬を連れた調教師と思しき壮年の男性と、近所からやって来たであろう中年の女性がすぐ近くで話し始め、自然とその会話に耳を傾ける。女性が大型犬を撫でて良いかと尋ねると、行儀の良い子なんで大丈夫ですよ、と応じる。そこから二人の犬談議が始まり、その交歓を背景に、こちらも柵内の多様な犬種に目移りしながら過ごしていた。
突然、短く鋭い女性の悲鳴と興奮した犬の鳴き声に反射的に目を遣ると、その様子からどうも先程の大型犬が件の女性の手を噛んでしまったらしい。しゃがみ込んでいる女性を中心に人だかりが出来て、交わしている言葉の端々からどうやら出血しているらしい。飼い主という連帯意識なのか、皆分担してテキパキと動いている。自分は何も出来ずに柵の外からその様子を見守っている。ほどなくして救急車が少し向こうの公園入り口に到着する。
すると輪の中心にいた当事者である二人が立ち上がり、男性が女性の怪我をした手を取り、おそらく止血のためだろう、高く掲げた所で手を添えて救急車に向かって歩き出した。その緊迫した空気も作用して、焦燥気味に歩き出した二人の後姿を皆心配そうに見守っていた。けれど柵の外にいた自分には全く違って見えた。
いつしか日も暮れて辺りを薄闇が覆っている。人々が見守る中、柵の扉を開け、ヘッドライトと赤いカクテルライトの眩い光へ向かって、高々と手を取り合ってキビキビとした動きで歩み出す男女。当事者、世話をした人々、それ以外の柵の中の人々、柵の外の人。中心から遠ざかるほど具体性は失われていく。柵の外から見た光に包まれてゆく逆光の二人は美しかった。それは紛うことなき『魅惑のタンゴダンサーのグランドフィナーレ』だった。
その後の補償や治療の問題があり、一度親しくなったが故の余分に難しいやりとりがあるだろう。けれど具体性の柵の外の自分はその後姿を見送りながら、名もなき路傍の演出家として、より劇的になるように、二人が遠ざかるにつれてこちらも緩やかに焦点をぼやかせていった。二人のシルエットは光の滲みに侵食され、やがてその光に包まれて消えて行った。そしてその作用の所為だろう、この事を思い出す時、どうやってもスローモーションになっている。