『Spin The Black Circle』

全周とまではいかないまでも、大きく弧を描いて上っていく急坂があり、いつも単車で通る際にはアクセルを開けて勢いをつけて、一筆書きのような感覚ですべらかに一息で上るのが気持ち良い。
いつも通り坂に差し掛かった或る日、半ば自動的に速度が上がり始めた所で、視界に入った一点で目が留まる。車椅子の男性がウンウンとかぶりを振りながら必死に両腕を動かして坂を登っている。
単車とはいえ停める所はなく、多くはないがそこそこ車も通る。現にその時も何台かの後続があり、咄嗟の逡巡はいつもよりごく僅かな減速に表れた程度であった。

上り切った所で信号に捕まる。気になってサイドミラーを見遣る。すると若い男性二人に介添えされた先程の車椅子の男性がミラーの端から現れた。そこに小さく映る様子からでも車椅子の男性は後ろを振り返り振り返り、感謝の身振りと口振りで、若者二人も気恥ずかしそうにしながらも、その感情に当てられて、又、幸せそうであった。その様子にこちらも嬉しくなり、信号は青に変わり、安堵とともに進み始める。
暫く後、心に一粒の疑問が滴下され、波紋がいつしかさざ波になる。磁極を描く砂鉄の様に黒く、重はばったいものがいつの間にか集塵して渦を巻き始める。先程まで晴れやかだったのに、いつしか真っ暗な中を佇んでいる。
「何を彼らと同じくした感情にあずかっているのだ。お前は最後まで行動を起こす決心がついていなかったにもかかわらず。その前に他の人が助けていたから?いや、先程の安堵の明細がこちらには届いている。決心がつく前に自分以外の都合の良い誰かヽヽヽヽヽヽヽが理想を形にしてくれたことへの安堵がその成分中に含まれているぞ。それは利己的なもので、当事者の男性の幸せに向けられたものとは別の性質だ。お前はそれを巧みに「安堵」という一括りの言葉に紛れ込ませて自分のために使っている」
我がうちに宿す、厳粛な内務者。裁くも裁かれるも自分であるから、一切の申し開きが徹底的だ。
黒い渦はもう見渡す限りを取り囲み、どこにも逃げ場はない。


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