『手のひらの中』
中学入学して早々の、体力測定に充てられた体育の授業中。呼ばれた者から一人ずつ召集される走り幅跳びを待つ間、我々の話題は下品な話に終始した。計測前のこちら側は制御する者のいない子供の国。中学へ上がったというだけで、皆暗示にでもかけられた様に一様に性を意識し始め、思い返すと笑ってしまうくらいに仮初の "大人びた" 雰囲気をまとうのに躍起になっていた。少なくとも自分を取り囲む世界はそうだった。
計測を前にして一人が言う、「昨日あんまり寝てないから体調が万全じゃないわ」。この発言自体、今思うと微笑ましい子供らしさがあるが、それに応じて「お?何?昨日、コレ、やり過ぎちゃった?」と、拳を中空にして握り、棒状のものを握った様な形でそれを上下に振る仕草をする。「まぁな」などとしたり顔で応じたのか、否定したのか、そこは覚えていない。返答がどうであるかなどは皆興味がなく、肝心なのは、そうした露悪的でより下劣な言葉を交わすことこそが目的になっていたのだ。車座になった者は皆、そうした知識の展示会の如く、自己満足的に次々と過激さや下品さを競う様に話を紡いでいく。
その中で、一人キョトンとした目で一座に加わっている友人がいたが、その時は会話の流れもあり、それを心の端で認めた程度だった。そうしている間にも計測は滞りなく進み、子供の国の人口は一人また一人と減ってゆき、いつしか件の友人と二人きりになった。入学早々で、仲間内では会話をするけれど、まだ直接的には親しい間柄でもない彼と、話す事に困っていたのと、二人きりならまだ初な事を尋ねても恥をかかせることはないだろうと思い、先ほどの懸念を蒸し返してみた。すると彼は先ほどの仕草の意味を、半ばほどだけ合点がいったような反応をした後、「え?こうじゃないの?」と、指先全体で何か繊細なものを摘み上げるような動きを、クラゲの傘の様に、とても滑らかで、柔らかな動きで、フワッフワッと浮遊感をもって、繰り返した。その仕草を残した後、彼は名前を呼ばれ、いなくなった。
私は驚きと、それ以上に自分の無知が顕わになる怖れで、曖昧な薄ら笑いを浮かべたまま、一座の最後の者として取り残された。