ある日の日記

秋口のある昼下がり、所用で外出の折に駐輪場へ向かうと普段通り、一階の吹き抜けの柱の陰で涼をとっている階下の住人の女性。こちらもいつも通り挨拶とともに少し雑談を始める。この建物の管理人も務めているらしい彼女とはゴミ出しや清掃時に出くわしたりの際に一言二言交わすだけだったのが、ここ数年の厭世感に覆われた自分にとって存外大切な人だったのだと自覚する。
去年だったろうか。一つ前の寒い頃だったぼんやりした記憶がある。声をかけるとひどく声がかすれている。どうやら喉だけでなく、肺などの呼吸器系にも疾患があるようだ。こちらが申し訳なくなるような苦しそうな嗄声しゃがれごえで説明してくれた覚がある。そこから幾分かは持ち直したみたいだが、随分と長患いしている。今日も苦しそうに話す。申し訳なさを感じながら、体の調子を尋ねる。肺がんだという。
他に肺気腫というのも併せており、近所へ買い物に行くのも息絶え絶えになる、もう間も無く死ぬんだろう、私を見なくなったらそういうことだと思って、と。息を継ぐのも苦しそうなのに、こちらの言を差し挟むのを拒むように続けざまに「でも同情して欲しいわけじゃ無いの。ただあるべきことを伝えただけだから」と女性は言った。
何も言えず、彼女にそれ以上長口上させる訳にもいかず、季節外れの夏の道路を二人でしばらく眺めていた。

#ある日の日記
#走馬灯の様な記憶の備忘録


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