帰省中、父に言われた2つの言葉
3日間だけの帰省。
父との会話の中で、2つ印象深い言葉があった。
ボケたら大変だ、という趣旨の会話から、父が切り出した。
「ナツにはつらい思いさせちゃったなと思って」
私が母の最期の数週間を、在宅で看ていたときのことを言っている。
母は脳にもがんが転移したことで、アルツハイマーのような状態になっていた。私はそうなっていく過程を日々見守り、看護師と相談し、母を騙すように飲み物に精神安定剤を混ぜたりしながら父にアラートを上げ続けたが、1日、また1日、母の症状が悪化していく中、単身赴任先から帰ってこなかった。
症状が悪化すると、関係性が薄い人に対してはニコニコしながら、近しい人に一番強く当たるようになる。母の場合、もちろん対象は私だった。
父が突然こちらを見てそういったことで、自分の目が熱をもったのを感じた。
ずっと父にわかって欲しかった。父がわかってくれさえすれば、他の人はわかってくれなくてもよかったのかもしれない。
目の熱が鼻に降りてくるような気がして、「そうだよ」なんて言ったら泣いてしまう気がして言えなかった。慌てて真顔を作った。
「認知症の人ってみんな同じような表情をするんだな〜って最近思うよ」
と少し話をそらした。
YouTubeでそういった患者の介護をしている動画をみたりすると、
みんな同じような表情をしている。目に表情がなくなり、虚空を見つめているのだ。母もこうだった。
「きっと魂が体を抜け出した後、自分が娘にした発言を客観的に理解したんじゃないかな。ごめんね、ごめんねって思ってるだろうよ」と言うと
父も、絶対そうだよ、と苦しそうな悲しそうな顔をした。
母が死んでから、私も父に少しきついことをいった。
傷つけ、ずっと後悔しろ、と思ってわざと言葉を選んだ。
それを謝りたいと思うこともある。
父も父で、介護をしている私に八つ当たりしたり「ナツにはわからない」と突き放したりした。そのことかどうかはわからないが、私に謝りたいことがあるのだろう。
面と向かって素直にお互い謝ることの難しさを感じた。
もう一つ。
「子供に言われるのが、一番ハッとするもんだよ」
父が、うちに泊まりに来た友人のLさん(前職時代の同期女性)と私の三人で会話しているときに、Lさんにあててそう言った。
どうもLさんの旦那は「女のくせに」などハラスメントまがいの発言を日々こぼし、長女が泣くまで詰めまくり、ちょっと機嫌を損ねるとキレて家族の予定をドタキャンし、酒ばかり飲んでいる・・という、やや問題ありのオジサンらしい。
これを昭和のオジサン、というと他の昭和のオジサンに失礼かもしれない。
「私がパパに何言ってもなんにもならないんだけどね」なんてLさんが諦め顔で話すのに対して、父が先の発言をしていた。
(尚、Lさんは私からすると受け流しのプロで、父から子供を守りつつもそんなにストレスを溜めていないように見受けられた。それでも子供が独立すれば「解散」も考えているようだが)
父が先のような発言をしたことは今までになかった。
私や弟から言われた言葉を、後になって振り返ったり噛み締めたり、認識し直す機会がどこかであったのかもしれない。
寝たきりの母のそばで父と口論になった際、父はその場に同席していた私のパートナーに「○○くんも大変だね」とこぼした。
いきなり話を振られてびっくりしただろうが、当の彼は笑いながら「まあ、最後にはナツが正しいなと思うことも多いですよ」なんて返してくれた。私は、それが嬉しかったことを思い出した。私の正しさがどう、ではなく、咄嗟に私を擁護してくれたことが嬉しかった。
時間が経って、父を許せていると思うものの、お互いまだ言葉にできない感情を抱え続けているのだと思う。
いざ死を目の前にしないと、私たちは腹の中をさらけ出すことができないのかもしれない。
父には苦しんでほしくないな、突然死のほうがいいんじゃないかな、とたびたび考えるのだけど、いきなり事切れてしまっては、謝罪することも感謝することもできないのだなと気づく。
生きているうちに言わないとな。
そうやってみんな思いつつ、永遠の別れになってしまって、後悔する。
私もそれを母の死を通して、たくさん知っているのにも関わらず
つい、まだ先のことだろうと油断してしまうのだ。