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ADHDの私が服薬を始めた話④

心療内科で医師にADHDの可能性が非常に高いと指摘されてしまった私。

正直、社会人になった直後から、自分がADHDである可能性には薄々は気がついていたんだと思う。

しかし、

「診断がついてしまえば私はもう一般の枠で仕事が出来なくなるかも知れない。」

「将来、交際する人にはそれを打ち明け、受け入れてもらわなければ結婚は難しいかも知れない。」

「そもそも、私は本当は発達障害などではなく、生活が上手くいかない事を早々に病気と呼び楽になりたいだけなのでは無いか?」

そんな心持ちで社会人生活を続け、見て見ぬふりをしていたが、ようやく向き合う時が来たのかもしれない。

医師の説明(要約)

ADHDの可能性が非常に高い。
しかし、成人のADHDの診断には、脳のMRI撮影や、両親を呼んで幼少期の話を聞く事や、通知表の持参が必要となり、金銭面、時間面でもかなりの労力になるため、患者さんは暫定ADHDとして治療を始める事が多い(姉が通っている病院とは流れが異なる様なので病院によって差がある可能性あり。)
気分の浮き沈みが激しいのもADHDの症状である可能性が高い。
もし、服薬で改善が見られないようであれば双極性障害の可能性もあるため、まずはADHDの治療、改善されなければ双極性障害の治療も同時並行で必要になる。


この話を聞いて考えていたのは、

「姉は変わった子だったと言われていたけれど、両親から私の幼少期について変わった子だった言われたことは無いなぁ。」という事。

気になったので、その旨を医師に質問してみた所、意外な答えが返ってきた。

「お姉さんが極端に変わっている子だったから、すてらさんが普通に見えていた、または、ADHDは遺伝的要因があるため、ご両親にもADHDの傾向があり、すてらさんのADHD傾向に気がつかなかったものと思います。」との事だった。

医師によるとADHDの症状はグラデーションのようで、人によって濃度が異なるため、姉の方がその濃度が高く気が付きやすかったのではないかという見解だった。

今後は投薬治療で様子を見てみる事になった。

服薬開始

そんな経緯でまずは14日間、ストラテラ(アトモキセチン)という薬を服用する事になった。

続く


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